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World Maker
傭兵の日常

 剣を抜く。振り下ろす。あるいは振り上げる。
 バックステップ。あるいはサイドステップ。
 突く。あるいは薙ぐ。
 無意識的な呼吸を意識的に繰り返す。
 肌の感覚に身を任せる。
 無言。そして無表情。
 さらになんの思考もないまま、ただ身体的反応というセミオートで、命を奪う。人を殺す。
 己の立つ場が死体で埋まる前に軽やかにも見える足取りで立ち位置を変える。
 舞うように戦う。繰り返す。

 それはもはや戦闘ではないと、刈られる命を諦めたように眺めながら殺された兵士は殺される寸前に思った。

 それはもはや、――殺戮だ。

 隙などない。容赦などない。意味などない。
 飽くこともなくただ命だけが奪われていく。

 傭兵だと、そいつは言った。
 戦士でもなく兵士でもない。
 ゆえに名誉に興味はなく、この戦いに誇りもないと。

 そいつは言った。
 嘲笑うかのように無表情に、そいつは言った。
 傭兵だと。
 それはつまり、仕事だということだ。
 戦うことが仕事。人を殺すことが仕事。
 命を奪うことで生活の糧を得、また義務のように人を殺す。
 それはおそらく作業でしかないのだ。
 その傭兵にとっては。
 漁師が魚をとるように。大工が家を建てるように。花屋が花を売るように。王が国を動かすように。

 傭兵は、人を殺すのだ。

 そこには、なんの感慨も苦悩も誇りも、そして罪悪もない。
 こんな人間に殺されるのか。
 それは、酷く屈辱的なことに思えた。
 機械的な作業のように、自分は未来も夢も命もすべてを奪われるなど、そんな現実なんて受け入れることはできなかった。

 だから剣を握った。

 殺すことが傭兵の仕事だというのなら、兵士たる自分の仕事は、戦うことだ。
 戦って、国を守ることだ。

 白銀のきらめきを、金色の光をにらむ。
 それが同時に、無色の死に見据えられることであろうと構わない。

 自分は、兵士だ。
 この仕事を、誇りに思う。


「………」

 最後の最後まで無言で息一つ乱さず、剣を抜いてから一度として止まることなく動き続けた傭兵は、ようやく動きを止めた。
 それは疲れたとかそんな理由ではなく、単にもう動く必要がなくなったからだった。
 逃げたのか帰ったのか勝ったのか負けたのか。
 そんなことは知らないし興味もないが。

 視界にはいる範囲で意志をもって動いているものはもう自身だけだった。

 ばたばたと空しく風に翻っていた敵だか味方だかの旗を裂いて、剣に付着した血糊を拭う。
 大した感慨も達成感もなく、ただ仕事を終えた傭兵は、すこし眉をひそめて自身の頬に指を滑らせた。
 いままで剣以外に着くことのなかった色が、指先に移る。

 鮮やかな真紅に、傭兵はじっと、足元に転がる死体を見遣った。

 おそらくは最後の。
 避けたと思うでもなく動いた身体は、しかしどうやらその距離を見誤っていたらしい。
 あるいは素人丸出しの動きでありながら、初心者が抱く恐れだけが、その踏み込みにはなかったからかもしれない。
 久しぶりに見た己の血と、久しぶりに感じるすこしの痛みに。

 傭兵は頓着せずに、ただ静かに踵を返した。


(きっと、誇り高き死などその人は認めないだろう)






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あきゅろす。
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