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死神の日常 U

「隊長、反抗勢力の制圧、完了いたしました」

 敵は、大多数が相手国の兵士崩れらしかった。
 戦場から逃げたかあるいは味方に見捨てられたかは知らないが、明確な国境のない荒野の村にあって、ほとんど山賊と化したようなかなり大規模な集団のなかには、同国の出身のものもいたようだが、死神はその名にふさわしく例外はつくらなかった。
 正規軍に刃を向けた時点で彼らはすでに敵だ。
 国軍に対する抵抗は、すなわち国への反抗。
 それはすでに、国に対する反逆である、と。
 そして、反逆者は即時断罪も已むなし。
 それが、戦場においてまかり通っている暗黙のルール。
 その考え方にもろ手を挙げて賛同はしかねるが、死神もまた同じ意見ではあった。

 なにより、彼らは民を虐げたのだから。

 ほぼ鎮圧が完了した段階で前線を離れ、燃え上がる家をじっと見つめていた死神に、副官から声がかかった。
 振り返れば、戦闘の終結を察したらしい生き残りの村人が、ちらほらと視界に映る。
 凛とした声に視線をやれば、いかがいたしますかと眼で問われる。
 その戦場に似つかわしくない白い頬にも赤い粘液がべったりと付着していて。
 
 ふと、自分が切り伏せた敵の目を思い出した。
 憎しみと怒りと恐怖と苦痛と悲しみとが入り乱れ、混沌とした。
 あんな眼をしているのだろうかと思う。
 自分も。
 あんなにも光のない眼を。

「……被害は」
「負傷者多数。死者はいません」
 副官は戦闘終了後、「損害は」ではなく「被害は」と尋ねるこの上官に、好感を持っていた。
 彼女は、壊れれば替えればいいだけの単なる駒ではなく、

 兵士を、ちゃんと人間扱いしてくれているから。

「今夜はこの地で野営する。帰還は明日早朝」
「了解」
「それと、きみ」
「は」
 上官からの命令をすぐさま伝令へと伝えようとしていた有能な補佐官は、同じように有能かつ寡黙な上司が、きみ、などと自分を呼ぶことにかすかな戸惑いを感じながら振り向いた。
「え、」
 予想外に近い場所にその姿があることに驚き、その手が伸びてきたところで反射的に眼をつむる。
 殴られると思ったのだ。
 血の気の多い軍の人間には、感情に任せて部下を殴りつけるような粗野な輩も、決して少なくはない。
 目の前の上官がそのたぐいの人間でないということは十二分に承知していたが、それでも咄嗟の反応を責めることはできないだろう。
 なんらかの衝撃を覚悟して歯を食いしばった補佐官の、白い頬がぐいっと擦られた。
「え…あ、あの、隊長!」
 用は済んだとばかりにさっさと馬首を返そうとしている上官を呼びとめる。
 頬に伸びた手は、ほとんど地肌に近い感覚に触れていた。
 先ほどまでの、生ぬるい血液の不快な感覚は、ない。
「なんだ」
「い、え………あの、」
 赤い髪と、紅い瞳。
 彼女を構成する要素の、もっとも鮮烈な二か所の色に加え、いまはその軍服の袖口に、赤黒いシミが見て取れる。
 先ほどまで、ほとんど汚れていなかったその服のなかで、そこだけがひどく浮いて見えた。
「も、申し訳ありません…」
「………なにがだ?」
「いえ、ですから、その……隊長の服を汚してしまって……」
「ああ。気にするな、支給品だ」
 そういう問題なのだろうか。
 二の句が継げない副官に、彼女は、ふと太陽を見るように目を細めた。
「それに――きみの頬が汚れていたほうが目立つ」
 一瞬、なにが起きたのかわからなかった。
 するりと頬をなでていった指先は、死神と恐れられる剣士のものとは思えぬほどなめらかで。
「急がないと日が暮れるぞ」
「は…はっ、申し訳ありません!」
 副官は、あわてて背筋を伸ばした。
 敬礼はしない。目の前の人は、その形式的な行為をなぜかひどく嫌うから。

 あわただしく去る副官の足音を背後に聞きながら、彼女は再び燃え盛る炎へと目を向けた。
 その火勢は衰えることを知らず、見る者に、そのうちに飲み込んだものを跡形もなく噛み砕くまで止まることはないであろうということを、やすやすとうかがわせた。
 その前に呆然とたたずむのは、家主だろうか。
 ちいさな子どもを抱き締めて肩を震わせている。
 そんな光景があちらこちらで繰り広げられ、その合間にはごろごろとかつて人であったものが転がっている。
 荒れた大地は流された血を吸い、どす黒く変色していた。
 命があっただけましだと、心の底からそう思える日は、彼らにとってはまだ遠い未来の話だろう。
 死神は緩く息を吐いた。
 それがためいきだと副官が知ったら、どれほどの驚愕を表すことだろう。

 こんな光景ばかりを、もう何度となく見てきた。


(血と肉の焦げる匂い。戦場における日常という名の非日常)


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