酸素行方不明
昨日は久々に誰かと食事したと思う
いつ振りだっただろうか、そんなことも忘れてしまうくらい昔の事になってしまった。悲しいことなのかよくわからない。
リビングへ行くと既に朝食が用意されていて、トーストを焼くいい匂いが鼻を擽る。
[おはよう、良く眠れたか?]
「うん。久々にゆっくり寝た」
[そうか、それはよかった]
昨日、夜遅くなってしまったので新羅さんとセルティのマンションに泊まる事になり現在に至る。
[しばらく家に泊まったらどうだ?]
「え?!だめだよ!新羅さんに申し訳ないし」
「私はべつに構わないよ、なんせ愛しのセルティの大切な友人だし」
[な?歩くのも大変だし]
「いや、嬉しいけど…」
それは出来ない。
迷惑は掛けられないし、(邪魔しちゃ悪い)新羅さんはちょっとだけ苦手だし(セルティの好きな人なら好きになろうと努力した結果だ)
それに"あいつら"に私の事がばれればセルティも新羅さんも危ない
――その言葉は言えなかった。
「明後日は学校もあるし、今日は帰る」
[本当に大丈夫なのか?]
「大丈夫だよ」
心配症の彼女は何度も確認する。大丈夫、私なら大丈夫だよ。
セルティと同じように何度も大丈夫と言ってようやく了解してもらい、家に送って行ってもらう様に頼んだ
―
本当に松葉杖は不便だ。歩きにくいったらないし脇が痛くなる。
[じゃあ行くぞ、しっかり掴まって]
「うん。」
セルティに言われ通り掴まると少し安心した。そしてゆっくりと走りだすセルティの愛馬
「セルティ、返事しなくていいから聞いて」
しばらく走り出してから切り出した私の声に何かを感じたのか、何も言わずヘルメットを僅かに縦に揺らした。
「私、前に人間が大嫌いって話したよね。それはいまでも変わらないし、これからもきっとそうだと思う。だからこんな仕事も出来る。それに人を殺してるって言う背徳感もない。憎まれたって、怨まれたって私は平気。周りに誰もいなくても全然平気……。」
ただね、ただ――
「セルティだけは……」
そこまで言って気付いた。
何を、何を自分は言っているのだろうか
[…名前]
「…ごめん、ここでいいや」
家まではまだまだ距離があるけどあえて歩く方を選択した。もちろんセルティは嫌がったが私も頑固で、結果セルティが折れた
[いつも家を教えてくれないじゃないか]
「教えるといつも来るでしょ。セルティのことだし」
[もう何年の付き合いになるんだ]
「8年くらいだと思う」
[もっと長いよ]
「そうだっけ」
[そうだ。9年は超えてる]
「覚えてない」
[覚えてなくてもいい。だけど、]
少し考えながらPDAに打ち込んで私に見せた
[だが、付き合いが長いからといっても私達に言えないこともあるだろう。名前の事を否定するわけでもない。仕事に関してはできればやめて欲しいが……でも名前は名前だ。私がこの町にきて、わかったようにきっと名前にもその時が来る。私はそう思ってる。]
[だけど、一人で抱え込むな。私や新羅もいる、だからいつでも連絡してくれ、頼む]
珍しくセルティの切羽詰まった感じが伝わってきて少しだけ焦った。
「…セルティ、」
[な?頼む。約束してくれ]
「……うん、ありがとう」
そう言ってセルティと別れた。最期まで心配してくれてなんだか申し訳なかった
(私は私…か)
言われたことを思案しながら歩いてやっとこさ自宅アパートの前に着いたとき私は倒れそうになった。
「…家が」
そこに、
私の住んでいたぼろいアパートは更地になっていた。
酸素行方不明
(いったい何があったのか…)
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