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現照し編1




 沙都子がレナに泣きつくと、いつものように魅音がレナにぶっ飛ばされ、机を4つほどなぎ倒し停止する。「ぼぐぐろっしゃぁぺげ!」……ちょうど俺の真横だ。
 魅音の格好は正に大の字、両手両足を投げ出し、教室の床の上で気楽そうに目を回している。
 俺は、すぐに魅音が目を醒ませるよう、優しーく上履きの爪先でつつく「おい、起きろ。魅音、おーきーろ」何度かそうやって魅音はやっと目を見開くと、焦点を俺に合わせ唇を尖らせる。

「……そーいや、圭ちゃんさー」

「なんだよ」

「わたしの顔見てなーんにも思わないわけ?」
 いきなりだな。…………確かに、魅音の目の付近にはでかでかとした青アザがあって、思わず笑いたくなる。いや笑っちゃ悪いよな。
 だが、なぜ急に?青アザを笑ってほしいのか?そこでピンとする。
 さっき俺は沙都子からデリカシーがないって注意されていた。……そして魅音のこの質問だ。その意味するところは明白!魅音流のデリカシーの試験に違いない!!
わかったぜ魅音!俺は今日からデリカシーを持った男になる。「デリカシーが大事だよな」
「は?だから圭ちゃん、この青アザ見てなんか思わないわけ?」 青アザか……こういうときいつもの俺なら、まず間違いなく笑う。大口開けて、お腹の底から!!
 でも、よくよく考えれば、魅音だって女の子なんだ。容姿を笑うのは不味い。デリカシーデリカシー。
 親父が言うには……女の子は容姿を褒められると喜び、そして、欠点を指摘されるのを嫌うらしい。
 ということは、青アザには触れないのがベスト!「ちょっと圭ちゃん聞いてる?」
 ……だが本当にそれだけか?魅音がそんな簡単な問題をだすわけがねえ!!
 魅音の左目についたでっかい青アザ!!
どう見ても、この青アザを指摘しないのはおかしい。魅音だって、それをわかった上で聞いているからなおさらに。……となると、そのことには触れなきゃアウトってとこか。くそっやってくれるぜ。「おーい圭ちゃんー」
 じゃあどうする?どうすれば傷つけずにすむ?青アザに触れたらアウトなのに、青アザに触れなきゃおかしいんだぞ?……悩んだ末俺が出した結論は完璧なものだった。

「青アザがよく似合ってるぞ魅音、正直いつもより可愛い。 青アザ最高!」「へ?」
 完璧だった……!完璧に最高でこれ以上ないほどのデリカシーに満ちた答え!! わかってる欠点を無視して、褒め言葉なんて言った日にゃ、空々しいやつとか、キザなやつとか、評価は下がること請け合い。
 もし今の魅音のように、女の子が欠点を指摘されたくないのにも関わらず、欠点を強調してきた場合はどうするのか?
 そういう時は、誉めろ!その欠点を徹底的に誉めて誉めて誉め続けてやれ!それが正しい!それこそがデリカシー!「よかったな、魅音、お前綺麗になったぜ」ボグっ!!!ぐおおぉおおぉっ!?「圭ちゃんのバカーー!!」



「ったく圭ちゃんはこれだからなー」

「うーいてて、急に殴りかかってきやがって、褒めたじゃないかよー」「……バカっ」
 魅音はもう一度俺の頭を軽くはたいて、話題を変える。
「まあそれはそれとしてさ、あれ見てよ」「あれ?」
「レナだよ。レナ!」
 促されるまま、教室のすみではしゃぐレナに視線を移す。
 レナになんかあんのか?よくわからず、目を皿のように凝らしてみる。
 レナはいつものように、梨花ちゃんや沙都子をお持ち帰りしようとして、舌を伸ばし、沙都子を捕食している。
 変には変だが、いつものレナだ。特に変わった様子は見えない。沙都子が逃げて……あっさり捕食……ぎゅうぎゅう抱きしめて…、おっ沙都子ごとクルクル回り始めた。

「レナがどうかしたのか?」
 ……魅音は頷き、ちょいちょいと自分の青アザを指し示しながら神妙な表情で続ける。
「圭ちゃんも見てたでしょ、レナがわたしを殴り飛ばしたとこ」
 何を言いたいんだ?よくわからん。
「にしても、お前、毎回いい悲鳴あげるよなー。今回は『ぼぐぐろっしゃぁぺげ!』だったか」
「わわわたしの悲鳴なんていいの!!忘れて忘れて!ぜったい忘れてよね!」

 魅音の言いたいことがわからないから、さっさと先を促す。
「わかったわかった。…でなんだよ?それだっていつものことだろ?」
「そうなんだけど……」
 魅音は、憂いを帯びた瞳で俺を見る。
「なんかさー、私思うんだけど、近頃レナの拳の威力あがってない?」
 レナの拳の威力……。
「……そうかぁ?」
「ぜったいそうだって、わたし今、机4つもなぎ倒したんだよ?! いくらなんでもふっ飛びすぎー、昔はさ、ボカっ、パタ。くらいだったのに、今はグギャアアァ!、ドンガラガッシャアァン!!だもん桁が違うよ。 圭ちゃんだってわかるでしょ?」
 ボカっ、パタ……から、グギャアアァ!、ドンガラガッシャアァンか……うお、なんかそう聞くと、威力が上がってる気がするな。
 確かに近頃、青アザもでかくなったし、気絶もしやすくなった。
「それだけじゃないよ、飛ぶ距離だって三メートルくらいのびた」
 三メートルか、そりゃ確かに威力があがっている。 ……魅音の話に徐々に興味がもたげはじめる、魅音は何か重要なことを言おうとしている?
 俺の目に真剣な光が宿ったのがわかったのか、……魅音はズイッと顔を近づける。前髪が額とふれ合う。
「わたし、この頃、レナがちょっと怖いんだ」「お前がか?」
「うん……、いい? これ、圭ちゃんにだから言うんだからね? 他の誰にも言っちゃダメだからね?」
「ああ言わない。お前がレナの悪口言うとも思えないしな。 ……魅音は何かレナのことで悩んでいる。 ……そしてそれは今のやり取りに関係してる。 そうなんだろ?青アザとか、レナの拳に」

「うん、そしてそれは、きっと圭ちゃんにも関係があること、言ってみれば神速の恐怖ってとこかな」
 神速で、俺にも関係があるか……やっぱりな、おそらくレナのパンチだ……。俺は魅音の答えを先回りする。
「なあ、魅音、青アザの次はどうなるんだろうな…」「え?」「それがお前の悩みだろ?レナの威力が上がること、上がってること」
「あ、うん……、そう。わたしさ……レナの威力がこれ以上あがったら、死ぬんじゃないかって……不安なんだ」
「おいおい」
「レナは顔面だからね、眼底骨折ならまだ良い方、最悪、首の骨が折れかねない。……今だって首痛いもん」
 もし、グギャアアァ!からあがったら……。考えただけでゾッとする。このままレナの威力があがっていけば、俺たちは、ほのぼのとした日常の中で死にかねないのだ。
 魅音の瞳を強く見据える。
「……俺もよく、レナにぶっ飛ばされる」「わたしはたまにだけど、この頃は受け身もとれない」
「拳が見えないから、避けられないしな」「わたしも……でも、レナが傷つくからやめてなんて言いたくない」「俺は、男としてレナから逃げたくない」
「じゃああれだね、レナの説得は無しでいいね」「ああ、となりゃ」
「死なないためには」「……避けるしかない」
 ゴクリと生唾を飲み込み。二人でぱしっと手を取り合う。お互いの顔は冷や汗にまみれてはいたものの、でも強がりの笑みを浮かべる。
「おい魅音」「なぁに?圭ちゃん」
「俺たちでレナを超えようってんだな?」「レナをじゃなくて、レナの拳ね。少なくとも反応してダメージを減らせるくらいまで、そうすれば、しばらく安心でしょ?」
「修行は多分厳しいぜ?なんたって相手は光速だ」「望むところ」「よぉーし決まりだ。景気づけに掛け声いくか!」「くっくっく、レナって三回唱えよっか、わけわかんないけど」「そんくらいが丁度いいだろ!せーの!」
『レーナ!レーナ!レナああぁああぁーっ!』





「ねえ、圭一くん、大丈夫かな?かな?」

「ずびばせんでしたぁあ……」
 ダム工事現場のごみ山、俺の三週間の特訓の成果……それは、ここに脆くも崩れ去った。 拳が見えねえぇえ……ちなみに魅音は、もう死んでもいいやって一週間目に諦めた。
 俺は一週間特訓したあと、二週間突撃を繰り返し……、そして今日ついに白旗をあげた。 レナの拳が額にぶつかって、ごみ山を転げ落ち……夕焼けの空が視界いっぱいに広がる。鮮やかすぎる茜色と、ポツポツとした綿雲……それに、空へとのびるガラクタの山
 レナはその山の頂上から、いそいそと降りて来て、未だボロクズみたいに伸びてる俺に近づくと、ちょこんとしゃがんで、優しく手当てしてくれる。
 湿布とかはないから、文字通り、手当てだ。スクラップに座って、心配そうに、俺の額に手のひらを載せてくれる。「ごめんね圭一くん」って……
 暖かくて、でもひんやりと冷たくて、心地いい。そんな手……。
こんな華奢な手が、あんな神速の破壊兵器になるんだもんな……。
 レナは夕焼けを隠すように、俺の顔を覗きこむと、不安げに瞳を揺らめかせる。

「……痛くない?ちょっと強くしすぎちゃったね……」

「……なあ、レナ、聞いてもいいか?」

「え…?何かな?かな?」






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