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 学校の校門を出て、診療所へと続く道を上機嫌で歩いていく、辺りにはちらほら、藁葺きの家と藁葺きじゃない家、畑や電灯、木々、草花、そういったものが散見し、昼下がりから少し時間のたった日の光を浴びて、明るくちょっとだけ眠たそうに佇んでいた。そんな、いつもと変わらない風景……
でも、今はうきうきとした気分のせいか、それさえ明るく爽やかに目に映える。
ボクは自分で抱えた花束を見て、それから隣を歩く悟史に笑顔を向ける。

「沙都子に会うのがとても楽しみなのですよ」

「やっと退院したからね……長いこと面会謝絶だったし僕も久しぶりかな」

そう言って微笑む悟史からは、少しだけ疲れているような印象を受ける……面会謝絶の期間が長かったから、内心とても心配していたのだろう。
 ボクも前の世界の時は、沙都子が退院するまで、夜は眠れず、食事は喉に通らず、物も手につかなくて生きた心地がしなかった。面会謝絶だけならまだしも、絶対に治らない末期発症だと知っていたのだから、その不安や絶望は悟史の比ではなく、逆に悟史に慰められるような有り様だった……悟史にひどいことたくさん言ったっけ……

他の人と話して笑顔を見せる悟史に『どうしてこんなときに笑えるのですかっ』と食って掛かったり、慰めてくれる悟史に『お前なんか沙都子のにーにーじゃないのです』と物を投げたり……
悟史は末期発症のことを知らないから、どうしてもボクと温度差があって、同じように沙都子の心配しているのに悟史の表情には少しゆとりが感じられ、それが許せなくて……とにかく罵倒し、胸の絶望をぶつけた。周りが止めるくらいに……
そのせいで退院してからも悟史はボクに怯えを持ってしまって、表面には出さなかったけど、ふとした折りにピクリと体を震わせることがあった。今思い出しても悟史には本当に悪いことをしたと思う……
それはこの世界のことではないのだけれど、少しでも罪悪感を薄れさせたくて、この世界の悟史にでも謝りたくなる……悟史に許して貰いたいというより、自分の胸の内を軽くするため……それにこの悟史はそのことを知らないから謝りやすいという、ずるい謝り……

「悟史……この前はごめんなさいです」

「え?ごめん謝られる理由がよく分からないんだけど……」

「みー、悟史には……」

わからないことなのですよ、と続けようとしてふと思い出す……そういえばこの世界の人にも前の世界の記憶が眠ってるって羽入が言ってたっけ……。
ボクは後に続く言葉を前の世界の悟史に伝えるように変える。

「悟史はもう知っていることなのですよ。沙都子が退院するまで、いじわるを言ってごめんなさいです」

「むぅ……知ってるって言われても、全然心あたりがないんだけど……何かあったかな」

そう言って悟史は困った顔をする……からかっているみたいで、何となく楽しい。

「今の悟史にはわからないことなのですよ。だから本当は悟史に謝る意味はないのです。それでも、許してほしいから謝っているだけ……ただのボクのわがままに過ぎません」

「僕にはわからない…?知ってるってさっき言わなかった…?」

「言いました。どちらも本当のことなのです」

「むぅ……何が何やら…でもとりあえず許してあげればいいんだね?」

ボクの支離滅裂な話に悟史は困ったような呆れ顔でボクをみる。……この悟史から許しを貰う意味はないのだけど、それでも許してほしくてボクはコクンと頷く。

「みぃ」

「じゃあ、よく分からないけど、一応梨花ちゃんを許すよ。……これでいい?」

「みぃ〜〜☆それで充分です」

思っていた以上に心のつかえが取れて、ボクは悟史に笑顔を向ける。
前の世界でも何回か謝ったりしたけど、結局悟史の怯えは取れなくて、心につかえは残ったままだったのだ。
怯えと言っても、ボクを見たら後退りするとか笑顔が強張るとかそういうものではなく……ふとした折りにピクリと身を竦ませるくらいのもので、丁度、ボールが急に飛んできたときの反応が近い、それの弱くなったようなものだと思えば理解はしやすい、理由を聞いたとき悟史本人も「ごめん体が勝手に動くんだ」と戸惑っていたから多分反射的なものなのだろう。
前の世界の悟史も許してくれていたし、普段はちゃんと友達だったけど、それでも、時折、そういう反応を見せられると、自分のしたことの重さを感じて、心のつかえが取れなかったのだ。
でも、今の悟史はそんな反応はしないし、謝まって許して貰えたから、やっと本当の意味で許された気がする……
だから、ボクは笑顔を解いて心からお礼を言う。

「ありがとうなのです悟史。お陰で胸のつかえが取れてスーッと楽になったのですよ」

「そう?ならいいんだけど……」

理由がわからないせいか、悟史は戸惑いながら言葉を発し、そのまま、「むぅ何かあったかな」と考え始める。
そんな悟史は微笑ましいから放っておいて、ボクは道を歩きながら抱えた花束を見つめる。
沙都子に贈る退院祝い……洒落たものが思いつかなくて、ただの花束だけだけど、前の世界ではそれも上手く渡せなかったのだから、きっと今回の方が沙都子も喜んでくれるにちがいない。
その様子を想像しボクがみぃ〜とにやけていると、羽入がスッと現れる。

「梨花ぁ、ただいまなのです」

ボクは悟史に聞こえないよう小声で羽入に話しかける。

「用事は終わったのですか?」

「あうあう☆バッチリ終わりましたのです」

羽入の嬉しそうな様子を見る分にどうやら、今日も日課のストーキングをしてきたらしい……沙都子の退院の日くらい静かに待ってればいいのに…

「みぃ〜、また誰かの観察をしてきたのですか…?…今日くらいゆっくりしていてほしかったのですよ」

ボクの言葉に、羽入はいたずらっぽく笑う。

「あうあう、前の世界のこの時期は梨花が心配でオチオチ離れることもできなかったので、その分見学しているのですよ……なんといっても、今回の梨花は花束も潰しそうにありませんし」

「みっ!」

羽入のからかうような口調に一瞬硬直する……花束を潰す、それはボクにとって今すぐにでも忘れ去りたい記憶っ
ボクは慌てて声を出し羽入の口を塞ぐ。

「みぃーっ羽入っ!それ以上言ってはダメなのです。思い出したくないのですよ」








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あきゅろす。
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