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「前に羽入が言っていた。ボクが戦うのを忘れていることって……」

……魅ぃの家で羽入が言っていたヒント。沙都子のこと以外でボクが未来と戦うことを忘れていること……それは、ボクのお父さんやお母さんの死のことなのかもしれない。
……確かにさっきまで露ほども思い出せなかった。何で忘れていたんだろう?……とても大切なことなのに、未来が前の世界と同じになるとわかった時にすぐにでも考えそうなものなのに……
何故忘れていたのかはわからないけど、思い出しても、あんまり悲しくないみたい……ただ事実として知った……そんな感じ。
戦う意志もなにも特に湧かず、あぁそうなんだ、とどこか納得してる。

「慌てなくても、思い出したときでいいのですよ」

羽入はちょっと困ったように言う、あまり思い出させたくはないらしい、でももう思い出したのだからその心配に意味はない……その間に自転車は林道の中に入る。風が木で遮られるのか、強風は木々をバタバタ揺らすだけでボクには届かず、重かったペダルがグッと軽くなる。家まではあと少しの距離だ。ボクはスピードを怖くない程度まであげてから、羽入を見る。

「みー羽入の言いたいのは、お父さんとお母さんの死のことではないのですか?」

そんなに気負わずサラリと口から零せる。

「あぅ、その通りなのです」

……やっぱり……でも、どうして忘れてたんだろう?
羽入の少し驚いたような顔を見ると、改めて不思議な気持ちになる……普通なら忘れるようなことじゃないのに。
ボクの思考をよそに羽入が言葉を続ける。

「梨花、それで……何ともありませんか?」

「みー?」

「その、心が痛かったり悲しかったりしませんか?」

羽入は隣を飛びながら心配そうに聞く。

「心配しなくていいのですよ、悲しくも何ともないのです」

「そうなのですか?」

ボクがあっさりとしてるのが不思議なのか、羽入はよく分からないといった様子で、ボクを眺めまわす。
……羽入の反応を見る分に、普通は何も悲しくないなんて変なのかもしれない……心の奥に不安が湧く。

「みーそうなのです」

頷きつつ右隣を飛ぶ、羽入の様子を窺う……羽入は「ぁぅ」と言いながら、視線を正面に戻し考え始めた。
その羽入の態度に余計に不安が掻き立てられる。

「羽入……悲しまないボクは変なのですか?心が冷たいのですか…?」

「そんなことはないと思うのですが……」

羽入は考えこむのをやめ、言葉を濁してから、誤魔化すように微笑を浮かべ言葉を続ける。

「とりあえず、思い出してくれてよかったのですよ。ヒントをあげた甲斐がありましたのです」

「みぃーっ話を逸らさないでくださいですっ」

「あうぅ……」
羽入は微笑むのをやめ、困ったようにボクを見る。
……『言いたくないのに突っ込んで聞かないでほしいのです』…そう思っているのが、羽入とずっと一緒にいるボクにはよくわかった。
……言いにくいということは、ボクの心が冷たいと羽入は思ってるのかな……
しゅんとしかけたけど、意を決して尋ねることにする。

「ボクが冷たいと思ってるならそう言ってください、羽入に秘密にされるのは嫌なのですよ……」

「あぅそうは思ってないのです。正直僕にもよく分からないのですよ……ただ」

羽入はそこでボクの目の奥を覗き込む、自転車で横を向いてるのは危ないし、覗き込まれるのは好きではなくて、前を向いて羽入の瞳から逃れる……横から羽入の声が聞こえる。

「ただ…梨花は梨花の心が感じたことに正直になればいいと思います。悩む必要なんてないのですよ」

「心が感じたこと…?ちょっと難しいのです。つまりどういうことなのですか?」

「簡単に言えば、梨花はそのままが一番ということなのですよ。あうあう☆」

今のままが一番……?数ヶ月後の両親の死が悲しくないのに……?
意味はわかったけど、何だかよく分からない、適当なこと言って誤魔化そうとしている?
そう思って、チラリと様子を確認しても、羽入は嬉しそうに浮かんでいて、その本心を読むことは難しい……羽入お得意のポーカーフェイス……かな…?
仕方なく揺さぶりのため、思ったことを投げ掛けてみる。

「それは、ボクの心が冷たくても……なのですか?」

「あう☆冷たくてもなのです」

あっさり同意されてしまった……さすがに心が冷たくていい訳はないと思う……やっぱり誤魔化すつもりなのかもしれない。ボクは少しだけ唇を尖らせる。

「みー、納得できないのです」

「それならそれでいいのですよ。ほら、家が近づいてきました。話はここまでにしましょうです」

羽入の声に道の先を確認する。古手神社の鳥居と石の階段が見えてきて、ボクは少し自転車を走らせたあと、自転車置き場に停める。置いてあるのはボクの自転車だけ……風はいつの間にやらやんでいて、あたりは暗くなり始めていたけど、姿を消した夕日の微かな残り火で微かに赤橙色にそまっていた。
自転車から降りて、羽入にさっきの続きを聞いてみる。でも、もう答える気は無いらしく、のらりくらりと受け流されてしまう。

……お母さんとお父さんの死……改めて考えてみても何も悲しみはわかず、胸の中に悲しみの欠片さえ浮かんではこなかった……もしかして、お母さんと仲があんまり良くないから悲しくないのかな……
死んでも悲しくないということは、ボクはお母さんが死んでほしいほど嫌い……?そこまで嫌いになった覚えはないけど、そう考えると理由に一応の説明はついてしまって、自分が人でなしになったような錯覚をしてしまう。

……両親の未来の死では悲しめないのに、自分が人でなしなのではないかと思うと……不思議と悲しみが湧いた。
悲しみがなくなってるわけじゃないみたいだ。
自分のことならちゃんと悲しめる……それが、余計に自分の心の冷たさを映しているように思えて、切なくなる。

お母さんとお父さんの死を悲しむことで、胸の切なさを取り除こうとしたけど、結局いくら悲しもうとしても悲しめなくて、余計に悲しみが募った。
仕方なく、そのことは考えるのをやめ、ボクは近い目標に気持ちを切り替える……まずは沙都子の未来を変える……それを頑張ろう。
そうそっと決意をし、ボクは足を踏み出した……









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あきゅろす。
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