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「ん、なに?」

悟史は走り始めの自転車を止めボクの方を振り向く……呼び止められた理由がわからないらしく、ちょっと不思議そうにボクを見る。
でも、ボク自身何で呼び止めたのかわからない……何か言わないといけないような気がするのに、その言葉が出てこない……考えても考えてもどうしても出てこなくて、仕方なくボクは笑顔を作り誤魔化すことにする。

「何でもないのです。ちょっと呼んでみただけなのですよ。にぱ〜〜☆」

ボクの言葉に悟史は苦笑して、梨花ちゃんはこれだからな〜、とぼやいてから、じゃあまたね、と言って前を向き自転車を漕ぎ出す。

悟史の遠ざかっていく背から視線を外し、ボクも自転車を進めようとして……ふと、さっき言いたかったことが分かる。
慌てて、悟史の遠くなった背中に声を張り上げる。

「さとしーーっ」

悟史はボクの声が聞こえたらしく、振り返り苦笑いしつつ片手を軽く振る……今回は自転車を漕いだまま…さっきのようには引っ掛からないよ、ということなのだろう。
……でも、ボクはそのまま悟史に言葉を続ける。

「確かにボクはお見舞いには行きません。でも、これからもボクは沙都子と悟史の味方なのですっ!それは絶対に変わらないので、安心してくださーい!!」

悟史は嬉しそうな笑顔を見せると、返事はせずにボクに背を向け走り去っていった。
……ちゃんと伝わった…?少しだけ不安だったけど、笑顔も見せてくれたし伝わったと思うことにする。
悟史が見えなくなるまで見送ったあと、ボクもペダルを漕いで帰途につく。

……漕ぎ始めてすぐに、風が強くなって、ボクの向かいから吹き付ける……自転車がよたよたしてしまうほどの強風……ヒュウヒュウと風が唸り…遠くの木々もはためいて、野良仕事をしていた人たちも手を止めて風の状態を確かめ始める。
自転車は風をかき分けながら進み、ボクの髪をパタパタ揺らした。……さっきまでは向かい風じゃなかったし風もここまで強くなかったのに……
風のせいでペダルを漕ぐのにとても力が必要になり、スピードもどんどん遅くなった。
そんなボクとは対象的に隣の羽入は、どこ吹く風そのままの様子でふわふわと飛んでいる。
……風の影響を受けないせいか、苦労して風をかき分けるボクを後目に気楽そうに浮かんで、「梨花、風なんかやっつけてしまうのです。がんばるのですよ」と応援していた。
……それが、何だかいつか羽入の言っていた。
戦うことを選んだボクと傍観者の羽入の関係を見せられているみたいで、あまり気分がよくない。
……この風を人生に置き換えてみると、まるで今からボクの人生には向かい風が吹いて、とても苦労をし、羽入は横から応援をする……そういう未来を暗示されてるような気がどうしてもしてしまう。

「……羽入」

「あう?何ですか?」

風で聞こえにくいのか、羽入は体ごと顔を近づける。

「ボクの未来はこの風のように、険しくなるのですか…?前の世界みたいに……」

「……それは、僕にも分からないのです。未来が変えられるのかさえ……」

「みー…」

「ただ、梨花」

「み?」

「無責任な励ましですが、もし梨花の例えたようにこの風が梨花の未来なのだとしたら、そう悲嘆したものでもないのですよ」

パタパタと耳をうつ風音と赤と橙色の景色の中、羽入が言葉を発した。羽入の声が聞こえた瞬間、一段と強い風が吹き、ハンドルが取られ倒れてしまいそうになる……これが人生だったらとても大変そうで……とてもじゃないけど、いいようには思えない。

「どうしてなのですか?……進むのも…大変なのですよ」「あう、風は確かに大変なのです。ですが……この風が何のために吹いているかわかりますか?」

風が何のために……?理由なんて無さそうだけど……もし理由があるなら……ボクは顔に吹き付ける風を見据える……真っ正面からだと目が開けづらくて、思わず顔を背け、もう一度羽入に視線を移す。

「みー、きっとボクを進めなくするためなのです。風の精はイジワルが大好きなのですよ」

ボクの拗ねたような口調に羽入は、大ハズレなのです。と苦笑しながら、夕焼けの澄んだ空を指差す。夕日はもうそろそろ沈みかけていたから、空は青や紫の混ざった紺の世界と、紅い朱色の世界が、美しく調和し、描きわけられていた。一つの空に広がる2つの世界……一枚の絵画みたいに綺麗な空……雲一つない純粋な色の芸術。
風のせいで上を向くのも大変だけど、思わず見とれてしまうほど綺麗な空。

「梨花、夕焼けの空はとても綺麗だと思いませんか?」

「みー」

ボクは空を見ながら素直に頷く……風は少し弱まったのか、ペダルがちょっとだけ軽くなる。羽入は空を味わうように言葉を風に乗せる。

「この鮮やかな夕焼けは、風たちが描いたものなのです……」

「みー?風なのですか?太陽ではなく?」

羽入なりの例えなのだろうけど、夕焼けの色をだすのは太陽なのだから、風よりも太陽という気がする……

「ええ、風たちです。太陽は絵具と同じで、色を付けるだけ…太陽だけでは、雲という白紙に邪魔をされて、こんなに美しく描けないのです」

「絵具……」

羽入は夕焼けに染まりながらフワリと微笑む。

「はい……風たちは綺麗な夕焼けを創造するために、白紙の雲たちをキャンバスの外に流していくのです。人が絵筆で白紙をなくしていくように、力強く繊細に……鮮やかな太陽を絵具だとするのなら、色のない風たちはさながら絵筆と同じ、完成した絵には絵筆は映らなくても、絵を描くことで想いを乗せているのです」

羽入の言葉にボクは漕ぐのを止めて、空に描かれた夕焼けを見上げる。色の澄みわたる空には白一つなくて、羽入の言った、風は絵筆という意味がなんとなくわかる……ボクの髪を靡かせ、パタパタと耳をうつ風が、空の上で雲たちを流していくのだろう、羽入の言ったそのままで想像するなら、夕焼けの空を創るため一生懸命に……
風の描いた一つの絵画……そう思うと夕焼けの空が神秘的に感じられて、少し嬉しい。
……でも、それがボクの未来……強い向かい風とどんな関係があるの…?風のせいで考えるのも大変だから、そのまま聞くことにする。

「羽入……それはわかったのですが、それが何で悲嘆しなくていい理由になるのですか?」

「……わかりませんか?では、この空を梨花の人生だと思ってみてください……強い風が吹かなければ夕焼けを綺麗には描けないのだとしたら……」

羽入はそこで言葉を切った、考えてってことかな…、ボクは続きを考えて言葉に乗せる。

「み…向かい風でも……それさえ越えれば美しい空が広がる……?」

「はい、そうなのです。それに、夕焼けの次の日は晴天の空。風が吹くのも悪いことばかりではないのですよ」

羽入は嬉しそうな笑顔で答える。
……羽入の言葉は何の根拠もない、ただの言葉遊び……それはわかってるけど、でも、心の奥の不安が少しだけ消えて、軽くなる。
ボクはペダルをまた漕ぎ出しながら、羽入にお礼をする。

「何だかちょっとだけ元気が湧いてきたのです…羽入、ありがとうなのですよ」

「あうあう☆その調子で向かい風とも戦ってくださいです。梨花は戦うことを選んだのですから」

「……みぃー、まずは、沙都子の未来を変える……それが最初なのです」

改めて決意をしてみたけど、やっぱり少し怖い……それはさしずめ未来が変えられるかどうかの試金石……これが変えられないなら、この先も変えられないのだから……例えば…お母さんやお父さんの死……そこまで考えたとき自転車のスピードがのってないせいか、風でよたよたし始める。ボクは考えるのをやめ、ペダルに力を込め……そしてふと思い出す。

「羽入……」

「あぅ?」








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あきゅろす。
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