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「沙都子ちゃんに検査をして、その結果を梨花ちゃんに伝えるというのは?」

「今すぐにですか…?」

「いえ、準備も必要なので、検査が終わり次第、日を改めてお伝えします」

「みー?検査に準備…?」

「ええ……検査には様々な…」

そのまま入江はボクの問いに今検査が出来ない理由を律儀に説明してくれた……でもその説明は精密検査のもので正直ボクにはよくわからない。
簡易検査ならすぐにできるのに……ボクが不思議そうな顔をしていたからか、羽入がそっと耳打ちする。

「梨花……多分この世界ではまだ簡易検査は出来ていないのだと思います……出来るようになるのは、きっともう少し後なのですよ」

なるほどそういうことか……みぃー……不便な話なのです。
とりあえず、理由がわかったから入江の説明を打ちきることにする。

「みーとにかく、今日出来ないのはわかりました。それなら検査が終わったらでいいのです」

「ええ、では結果が出たら梨花ちゃんに一番に教えます。それでいいですか?」

「みぃ、入江、ありがとうなのです」

ボクがお礼をしたとき、急に診察室のドアが開く。
ボクと入江が同時に振り向くと、そこには、ウメさんとヨネさんの二人が立っていた。
ウメさんは腰を屈めて顔を歪めとても苦しそうな様子、ヨネさんはその隣で心配そうに声を掛けながら背中を擦っていた。悟史にあんな態度とった人とはいえ、苦しんでる人をみるのは何だか忍びない。

「どうしました?」

入江は立ち上がって、駆け寄りながら声をかける。
ウメさんは話すのも辛そうで、ヨネさんは代わりに、腹痛で苦しみ始めたことを入江に告げていた。……心配になってボクも椅子から立ち上がる。ウメさんはその間に入江に支えられながら、診察室のベッドの方に向かっていた。羽入もウメさんを心配そうに見ながらボクに呟く。

「梨花……今日は帰りましょう」

「みー、でも……」

「今ここに居ても邪魔になるだけなのです。入江にも何か頼める雰囲気ではありませんし……」

……入江は急いでウメさんを座らせると問診を開始する……確かにボクが手伝える余地はなさそう、仕方なくボクは入江に近づいて、別れの挨拶を告げる。

「入江……今日は帰りますです」

入江は頷くだけでボクに答える……ヨネさんにも挨拶をし、ウメさんに軽くお辞儀をしてから、ボクは診察室から出た。

診察室から出てすぐの待ち合い室は、いつの間にか西日の射し込む時間になっていて、蛍光灯が白く照らしていた。座席には誰もいない。
……イナバさんやトメさんはもう帰ったのかな……付き添いもしてなかったし……
不思議に思って軽く廊下の方に視線を走らせても、誰の姿もない、やっぱり帰ったのかもしれない……そのまま待ち合い室を通り、ドアを押し開け、外に出た。


 診療所の外は夕焼けで赤く染まっていて、地も木々も草も紅く染め上げ、空までも紅く橙色に染めていた……その紅さがボクの心を少しだけ揺さぶる。
……あの雰囲気だと入江が発症を沙都子にちゃんと秘密にするかちょっと怪しい…入江は沙都子の発症のことだけに意識がいっていたみたいだし……自然に不安が口から零れる。

「みー……これで大丈夫でしょうか。ちょっと心配なのです」

ボクのポツリとした不安に、羽入はふわふわと浮かびながら、落ち着いた様子。

「頼めるのは別に今日が終わりではないのです。検査が終わってから、また頼みに行けばいいのですよ」

「みー」

……確かに、頼むチャンスはまだある、検査の結果をすぐ沙都子に教えるわけじゃないだろうし、それなら今日ので足りない分は後ですればいい……うん、それできっと大丈夫。
ちょっと安心して、羽入に笑みを返し、駐輪所にいく、そこには悟史が自転車の隣で佇んでいて、ボクを見ると、やあ梨花ちゃん、と声を掛けてくれる……どうやらずっと待っていてくれたらしい。
嬉しかったけど、それを伝えるのは少し恥ずかしくて、ちょっと口が悪くなる。

「先に帰っていてもよかったのですよ?ボク一人でもちゃんと帰れるのです」

「うん、でも僕が待ちたかったんだ。じゃ一緒に帰ろ?」

悟史は軽く受け流しながら、自転車のスタンドを外し、駐輪所から自転車を取り出していく。
ボクも同じように自転車を取りつつ「みぃー…それならしょうがないのです」と返事をする。


二人とも自転車に跨がり、ペダルを漕いで診療所の敷地から、帰途につく。
ボクは自転車のスピードがだせないから、辺りの景色はスローペースでゆったりと流れていく。
二人で並んで走っていると、悟史がちょっと躊躇いながら口を開いた。

「僕は明日も沙都子のお見舞いに行くけど、梨花ちゃんも行く?」

悟史の言葉に、思わず言葉に詰まる。

「みー、ボクは……」

……沙都子のお見舞いには行きたいとは思う……でも心の奥に今日の沙都子の視線がちらついて離れない……友達ではないと言われてるような、沙都子の視線が離れない……

「悟史、ごめんなのです。ボクは沙都子が退院するまで、お見舞いには……」

行かないのです…そう続けようとしたとき、悟史の声が明るく割り込む。

「うんわかった。沙都子には何か理由を言っておくから安心して」

悟史はボクが診療所で泣いた理由を沙都子に関係があると推察しているのか、流れていく景色の中、どこか切なそうに微笑む……
ボクも出来るだけ切なさを混ぜないように、悟史に小さく微笑み……そっと呟く。

「みー……ありがとうなのです」

夕焼けの染める橙色の道を、髪を靡かせ、穏やかに走る……緩やかに流れていく木々や畑、家、電灯…そういった景色がゆっくりと進み心を染めていく……
ボクも悟史もそれから羽入も…皆、口を開かずそんな穏やかな橙色の景色を味わい、自転車を進ませる。
流れる景色の中、ボクの心を染めるのは、不安、切なさ、悲しみ、恐れ、そして期待……それらが少しずつ混ざった不思議な色合い。
沈む直前の夕焼けみたいに、幾種類かの色の混ざったその思いは、ただ静かにボクの心に沈みこんで、夕焼けの空にひっそりと同化していた。

ボクたちは自転車を静かに止める。
いつの間にか、悟史と別れる地点についていて、軽く手を振りあう。

「それじゃあ、梨花ちゃん、また明日学校で」

「みー……また明日なのです」

悟史は、うんじゃあまたね、と言ってボクに背を向けると、ペダルを漕いで自転車を進ませていく……なんとなく、声を掛けないといけないような気がして、その背に言葉を紡ぐ。

「悟史…っ」







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