14 ちょっと照れてしまって、何て言えばいいかわからなくなる。ボクは視線をスカートの方に戻すと、涙を拭いていたハンカチをそっと内側に折り畳んで制服のスカートのポケットに入れる。 ……この後どうしよう…みー困ってしまうのです…… 「落ち着いたならこれを飲んで」 目の前に、オレンジジュースの入った紙コップが差し出される。泣いてる間に溢さないよう悟史が持っていったらしい……それにも気づかないほど我を忘れて泣いていたのか……ますます恥ずかしくなる。 …そういえば…目、腫れてないかな……鏡見たいな…… 悟史の方に振り向けなくて、膝上のオレンジジュースに集中するフリをして、下を向いたままお礼をする。 「……ありがとうなのです」 「あはははっ、やっぱり梨花ちゃんと沙都子は仲がいいね」 「みー?」 明るい笑い声に視線だけ悟史に向けた……悟史は嬉しそうにボクを見てる。 「うん、泣いてる沙都子をあやした後もそんな反応するんだ。顔を真っ赤にして、照れ隠しに顔を背けてさ」 あやした後…?思わず顔を上げて悟史を見る。 「悟史はボ、ボクをあやしていたのですかっ」 「うん……あ、ごめん、何か気に障ったかな」 「みぃーっ」 子供みたいにあやされていたなんて、目の腫れを気にしたボクが馬鹿みたいなのですっ……何となく不満で、ボクはオレンジジュースを両手で持って一息に飲み干す。 悟史からみたら子供かもしれないけど、精神的には年上なのにっ…… 「梨花ちゃん、もしかして怒ってる…?」 「悟史もオレンジジュース飲んだら早く行きましょうです。あやしてくれてありがとうなのですよ。みぃ〜〜っ!」 「むぅ……やっぱり怒ってる」 悟史は困ったように、目を瞑って眉間にシワを寄せると、オレンジジュースを一息に飲み干し、ボクを見てまた微笑む。 「でもまぁ、とにかく梨花ちゃんが泣き止んでくれて良かったよ」 みー、そうやって気楽に微笑まれると、怒るに怒れなくなる……仕方なくボクは椅子から立ち上がって、悟史に、行きましょうです。と拗ねた声を掛ける。 「うんわかった、行こうか」 悟史は笑顔で立ち上がって、相手にもしてくれない……みーこれじゃ本当に子供みたいなのです。 ……ちょっと自分の幼さに嫌気が差す。だけど、気分は中々変えられず、悟史を置いていくため早足で廊下を歩く……すぐに追いつかれてしまったけど…頑張って早足にする。 ……結局悟史は置いていかれるどころか、逆にボクのペースに合わせるように歩調を弛め、ボクの隣を歩き続けた。 入江の居る診察室の前に来たときボクと悟史は足を止める。 「じゃあ、監督にお礼を言って帰ろう」 悟史がそう言いつつ診察室のドアに近付く、ボクは慌てて悟史の服の裾を引っ張る……沙都子のことは悟史が居たら入江に頼めない。 「悟史…ボクは入江に大事な話があるので、先に帰っててほしいのです」 ボクの言葉に悟史は少し驚いたように振り向き、心配そうな顔をする。 「もしかして体の何処かが悪いの?」 「みーどこも悪くないのです」 「ならいいんだけど……」 悟史はまだ心配そうだ……心配して附いて来られても困るから、少し強めに言うことにする。 「とにかく大丈夫だから、先に帰っててくださいです。他の人にはあまり聞かれたくない話なのですよ……」 「わかったよ、じゃあ僕の代わりに監督にお礼だけ伝えといてくれないかな」 「お礼……?」 「さっきの飲み物は監督に貰ったんだ。だからお礼だけは言っておきたくて」 「わかりました。伝えますです」 悟史はじゃあお願いするよ、と微笑み診察室から離れ出口の方に去っていく。 ボクはしばらくそれを見送ってから、ドアのノブに手を掛けそっと息を吸い込む。 ……これからが本番、入江に雛見沢症候群を伝えないように頼む……未来が変えられるなら、多分上手くいくはずだけど……でも、そもそもどうやって頼めばいいのか…… 考えると、ドアを開ける勇気がちょっとずつなくなっていく……みー。 「梨花……とにかくやってみるしかないのです……これは、僕にも他の人にも出来ない、梨花にしかできないことなのです。その梨花が動かなければ、変えられるものも変えられなくなりますです。座して死を待つのに比べたら、とりあえずチャレンジしてみた方が遥かに可能性は高いのですよ」 「それはそうなのですが……」 「沙都子は梨花の助けを待っているのですよ。勇気を出すのです」 「みー」 羽入のよくわからない発破に、しぶしぶと勇気を奮い起たせる。 手に力を込めゆっくりとドアを開いた。 診療室の中では入江が灰色の丸椅子に座り机に向かって何やら書き物をしていた。 そんなに集中して書いていたわけではないらしく、ボクが入ってきたのに気づくと、ペンを置いて、気軽に声を掛けてくれる。 「おや、梨花ちゃん。沙都子ちゃんのお見舞いは終わったんですか」 どうしよう……いきなりは切り出しづらいから、まず悟史のお礼を言って気持ちを整えることにする…… 「みー終わりました、あとオレンジジュースありがとうございましたです。悟史もお礼を言ってましたです」 ボクがペコリとお礼をすると、入江は、いやいいんですよ、と言いながら少しだけ不思議そうな顔をする……多分、悟史のお礼をボクが伝えたことを疑問にでも思っているのだろう。悟史なら自分の口で伝えにくるはずだから疑問に思うのも無理はない。入江はほんの僅か間を置き、答えが出たらしく笑顔になる。 「悟史くんはまだ沙都子ちゃんのお見舞いですか?いやぁ、悟史くんの妹思いには頭が下がります。私もご主人様として見習わないといけませんねぇ〜、まずは沙都子ちゃんのすべすべのお肌を献身的に……あぁいいですねぇ、すべすべ、すべすべ〜☆」 そう言って、入江はうっとりした顔をしながら天を仰ぐ……みぃ危険な男なのです…… でも今は入江の軽口に付き合う気にはなれなくて、……どう切り出すか頭の中で反芻する……ストレートに伝えるか、まず入江が沙都子に伝えるか確認してからにするか……ちょっと答えはでない… 「みぃ……」 気が重くなって、ついため息をついてしまう。ボクの表情を見ると、入江は軽口をやめ、少しだけ真剣な顔をする。 「どうしました?何処か体調が悪いところでも?」 [*前へ][次へ#] [戻る] |