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今の沙都子は、楽しそうにボクや悟史と話している時も、ボクからは決して視線を外さない……というより、視界から外さないといった方が正しいか…
沙都子が別の所を見ていたとしても、視界の隅では絶えずボクに注目していて、ボクが少し身じろぎする度にチラリとボクに視線を走らせる。
膝からほんの僅かに手を浮かせる程度でも……必ず。
だから、ボクがスポーツバックから漫画を取り出した時などは、強張った笑顔のまま、ボクの手を凝視し続けていて、それは悟史にバックを渡すまで離れることはなかった。

「羽入……何だかとても切ないのです。ボクは沙都子の親友ではないのでしょうか?」

「ぁぅ……きっとこの世界の沙都子とは、まだ信頼度が足りてないのです。前の世界の沙都子なら全然OKなのですよ」

「みー……」

羽入は慰めようと明るく言ってくれたけど、それは今の沙都子とは親友じゃないということで、何も慰めにもなっていなかった。
……ボクはただ、そうじゃないよと羽入に否定して貰いたかっただけなのに……本当のこと言わなくても…親友じゃない…その言葉が胸に響いて余計に悲しくなる。
……その後も、沙都子は事あるごとに疑いの視線をボクに向けた。ボクが席で動く度、悟史や沙都子に振り向く度、バックから何か取ろうとする度……その度にチラリともしくはジッと…
その視線を受ける度、知りたくもない現実を突きつけられ、だんだんと笑顔を浮かべているのも辛くなってしまう。
何時しか、ボクが半分泣いたような笑みを作り始めたころ、その気配を察した悟史が、今日はもう帰るね、と言って席を立った、ボクもそれに倣う。
……沙都子は残念そうにボクに言葉を掛けてくれたけど、その声には安堵の響きがあって、ボクの心はますます乱れ、笑顔を保てなくなる。

ボクと悟史は廊下に出て病室のドアを閉める。

「梨花ちゃん大丈夫?何処か具合でも悪いの…?」

悟史はしゃがんでボクの目の高さに合わせ、正面から心配そうにボクの顔を覗きこむ、さっきの沙都子と違って、心から心配する響き……雛見沢症候群に掛かってないから当然と言えば当然なんだけど、今のボクは優しさに弱い、それだけで涙が出そうになってしまう……今すぐ泣いて誰かに慰めてほしい気持ち。

……事実、目が潤んで口が震えて泣きそうになったけど……でも、その思いを頑張って抑える…悟史に雛見沢症候群のことは話してはダメ……
声を出したら泣いてしまいそうだったから、ボクは、声を出さずに首を横に振って意思を伝える。
……顔は赤かったと思うし、涙は溢れかけていたから、とても大丈夫なようには見えなかったかもしれない、だけど、大丈夫という意思だけは伝える。

悟史は少しの間、ボクに問いかけた後、ボクが理由を告げる気がないのに気付いたのか、むぅ、と困ったように呻き、さっきより真剣な顔をする。

「梨花ちゃん、これだけは本当のことを言って、体の何処かが痛いとか苦しいの?」

「み…ぃ…ちがいます…」

悟史は安心したように息を吐くと、立ち上がってボクの手を掴む……みー…?
悟史はそのままボクの手を曳いて、沙都子の病室から離れた廊下の長椅子にボクを座らせる。……何だかよくわからない…でも涙を抑えるのに精一杯だったから、黙って従ってしまう…
悟史は腰を屈めボクに顔を近付けると、安心させるように微笑んで、優しく声をかける。

「ちょっと待っててすぐに戻るから」

そう言って立ち上がると階段のある方に歩いていってしまった。
悟史が居なくなると、少しの間だけ羽入と取り残される。

「あぅあぅあぅ……梨花、そんなに悲しまないでください…沙都子は雛見沢症候群であんな態度をとってるだけなのですよ…治れば元通りになりますです」

羽入がボクの顔色を伺うように声を掛ける、ボクはそれに少しの怒りを覚えた……何をいまさら…!

「……はにゅうがいったのですよ…今の沙都子とは親友じゃないって!ボクが一方的にそう思ってるだけだって!……かなしくないわけないのです……」

自分で言うと悲しくて、目から涙が自然に零れる、羽入はボクの涙を持て余したかのように、ぁぅぁぅと戸惑う。

「…梨花……その…ごめんなさいです……」

「…み…ぃ」

「あぅ、悟史が来たのですよ……」

羽入の言葉に振り向くと、廊下の奥から悟史が歩いて来てるのが見えた。手には2つ白い紙コップを握っていた。
ボクは泣くのを堪え、手で涙を拭く。

悟史はボクの隣に座ると微笑み、手に持っていた紙コップを差しだしてくれる。

「はい、これ飲んで」

「み…ぃ」

中を見ないで紙コップを両手で持って、ゆっくりと口を付ける……口内に甘酸っぱい味が広がる…おれんじ…ジュース…なのです…

胸の奥に甘さや酸っぱさが入ると、なぜか胸の中が余計に切なくなって、涙が出ようとする……ボクは紙コップに口を付けたまま、少しだけ下を向いて懸命に堪える……
その時、髪に暖かい感触が走る。後ろ髪の上から下に流すように……悟史に撫でられてる…?
そう気づくと、心で塞き止めていた何かが、余計に溢れそうになって、ボクは紙コップを膝の辺りまで降ろして真下を向き、必死に涙を堪える……
「……ぅ…」

涙の粒が少しだけ膝に落ち、喉から泣き声が出ようとして……ボクはそれを抑える。

「ねぇ、梨花ちゃん…僕には理由はわからないけど、とても辛かったんだね?」

つら…かった…?ボクは下を向いたままコクンと頷く……涙の粒がスカートに落ちる。

「でも、沙都子のために堪えてくれてたんだね…?」

「…ぁ……ぅ」
優しい声が心に届く…な…んで…わかるの…?聞きたかったけど…声を出すことは出来なくて……下を見たまま目に溜まった涙を拭う…左手で抑えても涙は止まらずポタポタと落ち…膝の上で右手が支えているオレンジジュースがポチャリと揺れる。

「沙都子のために堪えてくれてありがとう……沙都子は本当にいい友達をもったよ…もちろん僕にとってもね」

…い…い…友達…?心に言の葉が触れると、視界が涙で覆われてポタポタと雫を溢し、口は震えながら、なきごえをあげる…抑えようとしても、自然に流れて止められない…

「…ぅっ…うぅぅ…うぐうぅぅっ…」

泣いちゃダメなのですっ……泣いたら沙都子に………
「うぅぅうぐぅぅぅっ……うぅぅぅっ…」

下唇を噛んで必死に涙を押し隠すボクを……悟史はただ静かに撫で続けていた……



「み…ぃ…もう平気なのです」
しばらく泣いた後ボクはおずおずと顔をあげ悟史を見る……泣くのを見られたのは何だか恥ずかしい……








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