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古手本家に入ると、ボクは羽入を探す前に自分の部屋に行き、昨日準備した入院セット…布の手提げカバンに入院に必要な物を詰めただけ…を手に取る。
短期の入院になることを願い、手提げカバンの中身を減らそうとして…それをやめる。
自分を偽るのはやめよう…今日は発症を沙都子に伝えないよう入江に頼むのだから、沙都子が発症してると思っているのと何も変わらない……みー…ひどいやつなのです。

落ち込みつつ手提げカバンを肩に掛ける。それにしても、羽入の姿がさっきから見えない。
……多分ボクにお仕置きされるのが怖くて隠れているのだろう…もっとも、お仕置きは辛いものを食べるだけだから隠れても防ぐことはできないのだけど、羽入の反応が見れない分、ボクがお仕置きをしにくくなるのも事実だ。
そういう理由から、羽入は隠れているにちがいない。それもとても近くで…ボクの様子を窺いながら…

「羽入〜!お仕置きしないから出てきてくださいです」

シーン…………………

「は〜にゅ〜う!お仕置きしないから出てきてくださいです!」

「ぁぅぁぅ…?本当にお仕置きしませんか…?」
背中の壁からおめおめと羽入が現れる。案の定隠れ潜んでいたらしい…ボクはいい笑顔を羽入に向ける。

「…ウソなのです」

「はにゅ?」

「ぜーんぶ真っ赤なウソなのです。容赦なくお仕置きしてしまうのですよ。にぱ〜〜☆」

「はにゅはにゅんっ!?ひどいのですよ梨花っ!僕を騙したのですか!?」

「みぃ〜〜、羽入はボクを慰めなかったから、おあいこ様なのです」

「やめてやめてやめてっ!やめてくださいですっ!辛いのは嫌なのですっ!」

抗議する羽入を無視して、ボクは部屋からでて台所にある冷蔵庫を開ける。今は両親は居ないから、辛いものを食べたい放題だ。
といっても、お見舞いがあるし、キムチは口に匂いがつくからやめて、タバスコのキャップを開ける。
……これは、辛いから…一滴…みぃ…でもお仕置きだから二滴…
手のひらの上に垂らし、ペロッと舐める。
……やっぱり辛い…

「〜〜〜〜〜〜っ!?口がっ!口が溶けていくのですっ!はぅあぅあぅあぅっ!?」

羽入は顔を真っ赤にしながら口を抑え、涙を溜める、みぃ〜〜〜☆コレだからお仕置きはやめられないのです。
もう一滴垂らして舐めてあげると、羽入はじたばたともがきながら、地面に倒れこんでしまう。みぃ〜お仕置き終了なのです。
その様子を楽しく見学したあと、タバスコを仕舞って、廊下に向かう。

廊下で受話器を取り、悟史に電話を掛け、診療所に行く旨を伝えてから、外に出た。



ボクが入江診療所の敷地に着くと、すでに悟史は自転車から降りて、駐車場内にある駐輪所でボクを待っていた。少し待たせてしまったらしい……やっぱり自転車のスピードを出せなかったのがいけなかったかも……魅ぃのスピードがちょっとしたトラウマになって、ついスピードを緩めてしまうのだ。
悟史はボクを見つけると笑顔で手を振ってくれる。

「やぁ梨花ちゃん」

「みーごめんなさい、遅くなりましたのです」

ボクは悟史に謝りつつ、悟史の自転車の隣に自転車を停める。駐輪所には、ボクたちの自転車の他に二台の自転車が停まっていた。多分村の人の自転車なのだろう。

「ううん、そんなに待ってないから大丈夫だよ」

ボクを安心させようと微笑む悟史の手には、黄色い大きな紙袋が握られていた。
紙袋はそれなりに膨らんでいて、沙都子の着替えが入っているのが容易に想像できた。
よく見ると、黄色い紙袋の隣にもう一つ黒い紙袋がくっついている……こちらはぺしゃんこで中に何も入ってなさそう…
ちょっと疑問に思ったけど、多分沙都子のつかった着替えを入れるものだと目星をつける。おおよそ、あの袋に入れて持って帰り洗濯するのだろう。

「どうしたの?」

悟史は紙袋を凝視していたのを疑問に思ったらしく、紙袋に視線を移してから、不思議そうにボクを見る。

「みぃー、何でもないのです。悟史はいい兄だと思っただけなのですよ」

「むぅ、そう急に褒められると……」

「特に深い意味はないので、素直に受け取ってくださいです。ただ褒めたくなっただけなのですよ」

「そ、そう?梨花ちゃんは気まぐれだからなぁ」

「みぃ〜☆そうなのです。ボクは気まぐれ猫さんなのです。ですが悟史…?」

「ん?何?」

「褒めてもらったら、喜ぶかお礼をするものなのですよ?むぅ…なんて唸られたら褒めた気がしないのです」

そう言ってちょっとむくれてみせる。悟史はそんなボクの様子に困ったように微笑むと、唐突にボクの髪に手を伸ばす。
みっ
すぐにくしゃくしゃと髪を優しく撫でられる感触……
み……ぃ…こういうときどうすればいいのですか……

「ありがとう、梨花ちゃん」

「…み」

悟史の手が離れる…イヤではないけど、ちょっと複雑な心境。
ボクは、指先を自分のほっぺたに当ててみる……いつもの暖かさくらい…?よかった、多分赤くはなっていない。
胸をホッと撫で下ろす、沙都子のにーにーに甘い気持ちなんて持ちたくはない。

「悟史…そういうのはやめた方がいいのですよ。するのは沙都子だけにしてくださいです……」

「あ、ごめん、嫌だった?」

そういう意味ではないのだけど、わざわざ説明するのも何だか馬鹿らしい……
もう何回か注意したことはあるし……
仕方ないから、説明するのはやめて、ボクの身だけでも守ることにする。

「……そうなのです。撫でられると子供扱いされたみたいで、ボクはとてもとてもイヤな気持ちになるのです。できればやめてほしいのですよ…」

ボクが頬を膨らませて抗議すると、悟史はしゅんと肩を落とし、項垂れてしまう。……ちょっとは効いたかな…?

「…むぅ、ごめん気を付けるよ」

「みぃ〜そうしてくださいです」

ボクは消沈した様子の悟史を眺めやる……これで少しは効果があるといいけど……悟史の場合癖みたいなものらしく、なかなか直らない…多分忘れた頃にまた撫でようとするにちがいない…
今度は撫でられないようにもっと警戒しておこう……そっと決意を固め、てくてくと歩き出す。後ろから、すぐに悟史の足音も聞こえてきた。


悟史を連れて、ボクは診療所に足を踏み入れる。
入ってすぐの待ち合い室には六人掛けの長椅子が四列ならんでいて、その内の二列には、村のお年寄りが四人ほど腰掛け談笑していた。全員女性……というよりお婆さんと言った方が正しい…彼女たちの場合病気うんぬんではなく、ただ診療所に話しに来ているだけ……日曜日来た時にも時々見かける顔だ。名前は、トメさんと、ウメさん、ヨネさん、イナバさん、の四人、そんなに親しいわけではないから、フルネームまでは知らない。

ボクを見つけると、四人とも嬉しそうに笑顔を向け、軽く挨拶をしてくれる。
……ただ挨拶の途中に、二人がボクの後ろの悟史に気づいたのか、一瞬誰か確認するように覗き込むと、瞬時に笑顔を凍らせ、憎々しげな顔をする。そのあともう二人に声を掛け悟史を見て頷きあったあと、改めて笑顔を作ってボクに挨拶をする。
あまりにもあからさまな態度の変化……悟史もその雰囲気を察したらしく、曖昧に微笑みを作り深々と一礼をした……
お年寄りたちは、悟史の礼をまるっきり無視をして、ボクの反応を待っている……それがボクには許せない。
だから、ボクは挨拶は返さず悟史の袖を引く。

「……早く沙都子のお見舞いに行きましょうです」





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あきゅろす。
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