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「それは、雛見沢症候群に発症してることを沙都子に内緒にすること……なのです」

発症を内緒に……羽入の言葉に触発され、ボクは前の世界の沙都子の様子を脳裏に甦らせる。

前の世界の沙都子は、退院する前…入江から雛見沢症候群の存在…及び沙都子自身の発症を教えられた。
症状を抑えるために、日に三本注射を打たねばならないことも、今のところは完全な治療法がなく、抑えることしかできないことも含めて全てを。
沙都子は始めの内こそ何でもないように振る舞っていたけど、何ヵ月か後には、雛見沢症候群に対して極度の恐れを持つようになっていた。
その気持ちは沙都子ではないボクにはよくわからない、それでもあえて述べるとすれば、自分がまた発症しているのではないかという怯え…疑い…恐怖…そういった感情だろうと思う。
……その感情は、沙都子がどんなに注射を打っても、ボクが大丈夫と宥めても、入江に太鼓判を押してもらっても一向に拭い去ることは出来ず、ずーっと沙都子の心に貼り付いていた。
例えば、沙都子が前の日に叔母に怒鳴られ叩かれたとする……普通の人だったら、虐められたことに何らかのリアクションを返す、落ち込んだり、怒ったり、泣いたり、隠したり……しばらくの間は沙都子もそうだった。
でも、雛見沢症候群に怯え始めてからは違う……怒られた次の日にボクに聞くのだ……
「わたくし昨日叔母に叩かれたんですけれど、梨花には叩かれた跡がちゃんと見えます…?」と…
その時、ちゃんと見えますよと答えれば、「そうですの、幻覚じゃなかったですのね」という感じに少しは安心してくれる。
でも、叩かれたからって毎回毎回必ず跡ができるわけじゃない、一度だけ全く痕跡が見えなかった時に迂闊にも、いいえと答えてしまったことがある。
その時の沙都子の怯えようは、筆舌に尽くしがたい、悟史に知られないよう泣きわめきこそしなかったけど、学校にいる間、体を震わせたりソワソワと自分の手をみたり、目を何度も擦ってみたり……とにかく不安そうにしていた。
そして学校が終わるやいなや脱兎の如く駆け出していき、入江診療所で何度も簡易検査を頼みこんだ。結果が大丈夫にも関わらず何度も何度も……その時は入江とボクで必死に宥めて何とか落ち着いてくれたけど……
……それ以外にもそういうことがたびたびあって正直見ているのがとても辛かった……

そして、もう一つ……これは沙都子と一緒に住みはじめてから気づいたのだけど、沙都子は夜、寝ている時にとても苦しそうにうなされる。それは本当に苦しそうな呻きで、聞こえたらボクはすぐに体を揺する。
沙都子が小さな声で「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ!」と言っているのはわかるのに、ボクは大丈夫ですよと何度も声を掛けながら起きるのを待つことしかできない。そんな悲痛な時間がすぎる……
沙都子はそうして起こされたあとは、しばらく布団を被って丸まり、体を震わせ続ける……そういうことが何日か置きに繰り返されるのだ。

……羽入から聞いた話だとこのうなされるのも雛見沢症候群に関係しているらしいのだけど、沙都子がうなされる理由は今でも良く分からない……

そこまで考えて、羽入の言いたいことが腑に落ちる。
沙都子が雛見沢症候群にかかっていることを知らなければ、少なくとも、そういう苦しみからは逃れることができるかもしれない……それなら内緒にしてあげればいい。

「羽入とてもいい案だと思いますです。でも沙都子に言うのはボクじゃなく入江なのですよ?何か手はあるのですか?」

「あぅそこは、梨花が入江に頼みこむと言うことで……」

手段は考えていないらしく、羽入は困ったような曖昧な笑みをする。
頼りにはならないけど、アイデアを出してくれただけいいとしよう。
「みー、わかりました頑張りますです」

「それはそうと梨花…」

「到着〜!ちょっと待ってね、今開けさせるから」

突然の魅ぃの言葉に、羽入はほうっておいて、ボクは辺りに視線を走らせる。目の前にはボクの倍以上の高さのある、大きく立派な門が堂々たる威風をみせて佇んでいた。いつのまにやら魅ぃの家に着いていたみたいだ。
魅ぃは門の扉の前に立つと、妙子さ〜ん開〜け〜て〜!!と大きく叫んだ。

すぐに門が開き、ボクたちは妙子さんにお礼を言いながら魅ぃの家の中に入る。
家の中とはいっても、庭が相当広いため、まだたどり着くことはできず、庭の中と言った方が適切かもしれない。庭は純和風の庭園でよく手入れが行き届いていて、ボクの密かなお気に入りの場所でもある。

「それで、羽入さっき何か言おうとしてませんでしたか?」

「あぅ……やっぱり今はいいのですよ」

「みぃー?そうやって止められると小骨が刺さったみたいで嫌なのですよ。言ってみてくださいです」

「あぅあぅ…言いたいのは山々なのですが、僕もさっきの魅ぃの言葉で躊躇しましたのです」

「躊躇……?」

「はい、だから今は梨花にヒントだけ……未来と戦う……のは沙都子のことだけなのですか?もう一つ梨花が目を背けていることがあるのではないですか?」

羽入はオドオドとした目でボクの様子を窺う……目を背けていること……?なんだろう…?よくわからなくてボクは首を傾げる。

「みー?」

「あぅ……今のヒントはもうほとんど答えだったのですが……これで気づかないとなると…向かいあったときの梨花の反応が少し怖いのです」

羽入の表情がオドオドから泣きそうな顔に変わる。
……未来と戦う…沙都子のこと以外……?
何かあったかな?一瞬脳裏に何かが過りかけ慌てて考えるのをやめる……ほんの一瞬だったはずなのに、悲しさが胸の奥に残った。

ボクは、頭をプルプル振って、その悲しさを追い出し今の状況を確認する。
もうすでに庭を歩くのは終わっていて、魅ぃが玄関の引き戸を開けているところだった。……マンガをかりないと…
ボクは開いた引き戸を通り、玄関に魅ぃと一緒に上がり込み、一礼する。

「おじゃましますのです」

「挨拶なんていいっていいって、今日は婆っちゃいないし、ほら、あがってあがって」

魅ぃは片手を振りながらそう言うと、ヒョイヒョイと靴を脱ぎ、早足で家の中に入る。
それを見ながらボクも急いで靴を脱ぐ。

ボクが靴を脱いで家に上がったときには、魅ぃはもう廊下にいて、梨花ちゃんこっちこっち〜と手招きしている。
……ちょっと、急ぎすぎなのです。
急いでいくのも癪だから、ボクはみーみーとゆっくり歩いて魅ぃのところにむかうことにする。

魅ぃが指し示した部屋に一歩入ると、すぐに大量のマンガ本が視界に映った。
畳敷きの部屋のなかには、部屋の入り口から見て左側に、二個の木製の大きな本棚が並んでいた。本棚には扉が付いていたけど、扉はガラスで出来ていたから、チラッと見ただけで、マンガでびっしり埋められているのがわかる。本棚の高さは魅ぃが手を上に伸ばしてギリギリ届くくらいの高さだ。
その本棚に入りきらない分は、入り口の向かって正面の壁に付けてある。ボクの膝ほどの高さの本棚に綺麗に収められていた。
高さは膝ほどしかないとは言っても横幅は相当なもので、ほぼ部屋の隅から隅に届くくらいの長さがあった、その本棚だけでも、悠に数百冊は収められるにちがいない……二個の大きな本棚の分まで合わせると……その量はちょっと想像できない……すごいというより、正直呆れてしまう。

「魅ぃ……これ全部マンガなのですか?」

「そりゃそうだよ、難しい本なんておじさんが買うわけないって!ぜーんぶマンガ!」

魅ぃは楽しそうに宣言する、羽入はため息をつきつつぼやいた。

「そんなに明るく言うようなことじゃないと思うのですよ。少しは小説とかも…」

ボクも頷きつつ羽入に答える。

「でも羽入、それが魅ぃのいいところなのです。本を読み耽るより、魅ぃにはマンガの方が似合いますですよ。自分らしさが大切なのです」

「あうぅ……なんだか納得できないのです」
羽入の声を遮るように、魅ぃの声が耳に聞こえる。

「それじゃあ、ここにあるマンガ好きなだけ持ってっていいよ、返すのは沙都子が退院した後でいいから」





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あきゅろす。
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