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ボクと沙都子の家は、神社の集会所の裏手にある。
普段なら大したことないその距離も、今のボクには遠く感じられた。
自分では足を急がせているつもりなのだけど、思ったようには足が動いてくれない。

多分、身体はわかっているのだろう。
着いてもボクの望む結果にはならないことを……

どうせ鍵はかかっている。さっきも言った通り沙都子が出て行くときにも鍵はかけるのだ…かかっていないわけない。
……頭でもそうわかってる。

……だけどきっとボクの心だけはまだ信じているのかもしれない。鍵はかかってなくて、ボクの記憶が正しいことを、……ボクがおかしくないことを…………

そんな甘い幻想にすがりながら歩かせる心を、身体が止めているのだろう。
行っても何もいいことないよ……って、
だって身体は知っているのだから、知らないのは心だけだ。でもその心の幻想が今のボクを支えているのもまた事実で、だから余計に身体が止めようとする。

それなら、行かずに幻想のまま留めておいた方がいいのかもしれない、そうすればまだ自分は大丈夫だと信じていられる。
こうして立っていることもできる。
このまま学校に行けば、普段通りに過ごせる。

……でも今知らなくても、結局いつかは知ってしまう。学校に行けば沙都子もいるし、ボクはつい聞いてしまうだろう。沙都子はボクと一緒に住んでいますですか?って、それを聞かなくてもきっと圭一のことを聞いてしまう。
そしたら……
……そのあとは考えたくない。

……気づいたら、また足を止めていたらしい、…行かないと……ボクは再びのろのろと足を進め始める。



しばらく歩いて角を曲がると、目の前に人影がたっているのが見えた。
薄い紫の髪と巫女服の女の子…………羽入だ。
朝からいなくなっていたのに、今になって戻ってきたらしい。
羽入の顔は少し暗いけど、少しの決意がかいまみえる。きっと悩みを言うつもりになったのだろう。
だけど……今はまだ正直会いたくない。もし羽入があの日々を覚えてなければ、それで、決まってしまう。
ボクがおかしいことが、わかってしまう。
まだそんな心の準備は出来ていない。
家まででだって出来るかどうかわからなかったのに、こんな早く出来るわけない。
……だから、しばらくどこかに行ってもらいたかった。

「みー…羽入、朝からどこに行ってたのですか?ボクは羽入がいないあいだに、とても……とても綺麗な石をみつけたのです……祭具殿の裏に隠したから見に行ってくださいです」

少し声は震えたけど、そう言って精一杯の笑顔を浮かべてみる。
羽入がどうとるかはわからないけど、素直に行ってくれればいいな……と思う。

「……梨花、僕が朝から」
「みー、話は後で聞くので今は祭具殿に見に行って欲しいのです」

ボクは羽入の言葉を遮る。今度はちゃんと笑顔になってたかは自信がない。
羽入はボクの言葉に少し動揺したのだろう。続きを言いづらそうにしてる。
……だけど、素直に行く気はないみたいだった。
羽入は変なところで頑固だから、自分の悩みを言うまで動かないつもりなのかもしれない。
……でもボクまでそれに付き合う必要はないのだ。

「ボクは羽入には言えない用があるので先に行きますです。話はあとでちゃんと聞くから安心してほしいのですよ……」

そう言って歩きだすと、羽入が狼狽したのがわかった。もしかしたらそれが覚悟を決める後押しになったのかもしれない。
ボクが羽入の横を通りすぎようとしたとき、羽入は意を決したように言った。

「……鍵を見に行く必要はないのです」
「……え?」
言われたことがわからず、思わず足を止めてしまう。
「ごめんなさい、実は朝からずっと梨花の様子を見ていましたのです」

「……それは……ボクの様子が変だったからなのですか……?」
羽入がボクの疑問に答えようと口を開くのが見えた。あわてて遮る。……やっぱり聞きたくない。
「みーみー!やっぱりいいのです。今はまだ聞きたくないのです。も、もう本当はボクだってわかっていますですよ。……だから、ほっといてほしいのです。……ほっといてほしいのですよ」
「梨花は聞きたくないようだから、単刀直入にいいます」
……そんなこと羽入の口から聞きたくないのです……思わずしゃがんで両耳をふさぐ。
そんなボクには構わず羽入は続ける。
「梨花の記憶は正しいのです。安心していいのですよ」
…………………………………………………………………………………み?
「……みぃ?」
「もう一度いいますです。梨花の記憶は正しいのです。沙都子と住んでいたことも、圭一が引っ越して来ることも……全部あったことなのですよ」

噛んで含めるようにそう言うと、羽入はボクを安心させるために、にっこりと微笑む。
その笑顔に感化されたのか、それとも言葉にほだされたのか、思考が回りはじめる。

……羽入はボクの記憶が正しいと言っているのはわかるけど……どうして?
こういうのも変だけど、……ボク自身朝からのことで、自分の記憶に自信がなくなっている。
ボクの記憶がおかしいって言われた方がしっくりくるのだ。
……羽入から、せっかくボクはおかしくないと言われたのに、意外すぎて信じられない、ちょうど自分では悪い点数だと思ってたテストに百点がついてたような気分、喜んでいいのか、冗談に違いないと疑うべきなのか……

多分、ボクがよっぽどキョトンとしていたのだろう。
羽入が心配そうに覗きこむ。

「まだ信じられませんか…?でも少し考えてほしいのです。もし梨花の記憶が偽物なら、僕が圭一の名前を知っているわけないのですよ」

……確かにそうだけど……
「羽入……それなら、朝ボクはなぜ古手家で寝てたのですか?それに、ランドセルに入れた鍵はどこに行ってしまったのですか」

「はい、そういう疑問は、あとで全部答えますのです。知ってしまえば至って簡単なことなのですよ」

そう言って微笑むと羽入はボクに手を伸ばす。多分立たせようとしてくれてるのだろう。
でも、あいにく羽入の手は掴めない。
だから、ボクは掴んだふりをして、ゆっくりと立ち上がる。羽入のその自信が、ボクの自信にもなる気がした。

「出来ればあとでじゃなく、今教えてほしいのですよ」
「今はぜーったいダメなのです。梨花、ランドセルを取りに行ってください。学校に行きながら教えますです。もう時間的には遅刻ですが、これ以上遅くなるとお母さんの心労がまた増えてしまって大変なのです」

……そうだ。ボクの記憶が正しいとなると、お母さんの記憶が間違ってることになる。
となれば、いつか母に知らせないといけない。……記憶が変なことと、お父さんの死を……自分の記憶がおかしいと知るのは、想像以上に恐ろしいこと。さっきなりかけたボクにはわかる。自分の生に信頼が持てない恐怖。どこからが現実で、どこまでが夢かわからない怖さ。
母の場合その上に父の死も知ることになるのだ。それは一体どれくらいの苦しみだろう、考えるだけでとても心が痛んだ。

「羽入……お母さんにはなんて伝えれば……」

羽入はそれだけでボクの言いたいことを察してくれたみたいだった。
「その心配は無用なのです。お母さんの言ってることも正しいのですから、それもあとでちゃんと説明しますのです。だから、ランドセルを早く持ってくるのですよ。あと2年生の教科書も入れてください」
「……2年のもなのですか?」
「そうなのです。早く聞きたいなら、チャッチャッと持ってくるのです。時間は待ってはくれないのですよ」

羽入に急かされるまま、急いでランドセルを取りにいく、羽入のペースに押されて何がなんだかよくわからないままだったけど、とりあえず不安は今は特になくなっていた。
逆に羽入からどんな話が聞けるのか楽しみですらあった。




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