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場が…シン…とする。
母は予想外の言葉に驚いたのか、目を少しだけ見開きそのまま固まる。
ゆっくりと今の言葉の意味を咀嚼してるに違いない。
……お母さんはやっぱり……お父さんが死んだこと知らなかったんだ…
勢いに任せて言っていいことではないのに……母の気持ちも考えずそのまま言ってしまった。
後悔が胸を苛む…母の反応を見るのが辛い。
「…ごめんなさいです。だけど本当のことなのです」

恐る恐る母の様子を伺う。
母は意味を理解したのか、唇がだんだんと震え始める。
多分大きなショックを受けているのだろう
…やはり今言うべきじゃなかった。
自分の口を呪う…なぜこうも簡単に言ってしまったのか……
見ていられなくて、つい視線を下に落とす。
その反応につられるように母はボクに声をかけた。

「…梨花!今日の梨花は変よ!」

……みぃ?…ボクが変…?
慌て見るといつの間にかまた母の形相が変わっていた。
悲しみに………ではない。
怒りにだ。
それもさっきまでよりも激しい怒り。
そのままガッと両肩を捕まれる。

「朝泣いて起きてきたかと思えば、私が二年間帰って来なかったっていうし、学校には行きたくない、挙げ句にお父さんは死んだ!?嘘も休み休みいいなさい!そんなこと誰に吹き込まれたの!?早く教えなさい!梨花!」
……え……え…?
「一体誰に!言いなさい!」
ボクは混乱した頭のまま、首を左右にふる。
「言えないの!?言えるでしょう、言いなさい!」

捕まれた肩が痛い、お母さんはさっきから何を言っているのだろう…お父さんの死が信じられないから、現実を否定したい…?

「嘘じゃないのです。残酷ですが本当のことなのです!村の人も皆知っています。診療所には記録が残ってますです。二年前お父さんは死んでしまったのですよ……もう帰って来ないのです…」

…涙がでそうになる。何でボクは父の死をこんなに力説しなければならないのだろう……まるで死んでいてほしいかのように。

「また二年前…!お父さんは昨日も梨花と会ったじゃない、梨花は昨日までの記憶を忘れてしまったの!?変よ、今日の梨花は変…!一体何があったの!梨花答えて!」

肩をもつ母の手が震えていた。不思議なことに今の母の雰囲気は現実逃避という感じがしない、何か事実が伝わらないことを嘆くような……まるでボクの方が間違えていてそれを諭すみたいに…もはや母に怒りの色はなくなっていて、変わりに浮かぶのは戸惑いや心配…?

「き、昨日までのことはよく覚えていますです。ボクは沙都子と一緒に集会所の裏の倉庫部屋に住んで…」
母は首を横に振る…
「やっぱり違う、違うのよ梨花」
「みぃ…?」

「よく聞いて梨花…!倉庫は一週間位前からずっと鍵がかかってるの。今日もよ、それに鍵はお父さんが管理してるから、誰も住めるわけないわ」

「え…そんなはずないのです」

「黙りなさい!いいから自分の目で見て、現実を知るの!
夢かも誰から聞かされたのかも今はいいわ、だけどお父さんは死んでないし、梨花は倉庫に住んだりしてない…それを自分で見て聞いて知りなさい!…その後は学校に行って頭を冷やして……元通りになって帰ってきて、お願い梨花…」

母の言葉はもはや哀願に近い…目にはうっすらと涙の粒がたまっていた。
だけど、ボクは戸惑うしかない。
何でお母さんはこんなに自信があるのだろう…?お母さんには今日までここにいた記憶があるのだろうか…二年間いなかったのに…

だけどボクにも昨日までの確かな記憶がある、この記憶は、偽物ではないはず。
ちゃんとはっきりと覚えてる。
でも……この記憶が本物とするなら……ボクの中にあるもう1つの記憶は…なに?
…朝からうっすらとだけど、まとわりついてくるこの記憶は…?

…その記憶は実感が全然ともなわない、ちょうど歴史上の人物の人生を本で読んだような記憶。
この記憶には実感がないから、自分のことじゃないみたいに思えて、今まで気にしなかったけど…
この記憶なら母の言っていることに矛盾がなくなる…なくなってしまう。それに朝からのちょっとした違和感もある程度説明がつく。
じゃあ正しいのはこっち…?
…でも、そうなると沙都子とか圭一とかと過ごしたあの日々はボクの夢か妄想ということになる……それはさすがに考えたくない…

急に自分の記憶が蜃気楼のように見えて怖くなる。木の床だと思っていたら、雲でできていると知らされる感覚…足場が急になくなる恐怖。そんなボクの様子をどう受け取ったかはわからないけど、母は肩から手を離すと、ボクを外に行くように手振りをする。

「…遅刻するわ、早く行きなさい…何でこんな日に会合があるのよ…」

そう母に促され食堂から追いだされる。とりあえず歯を磨いた後、自然と足は沙都子と過ごしていた。あの倉庫部屋に向かう。

…何がなんだかわからない、また、今日の出来事を考えようとしたけど、朝から色々なことがありすぎて、もうボクには考える力が残っていなかった。
いや、それよりも、何も考えたくなかったと言った方が正しいのか、イマイチ自分でもよくわからない。
ただ一つ言えることは、お母さんかボクのどちらかが間違っていて、それは倉庫部屋にいけば分かるということだけ。
鍵がかかっていれば母が正しく、いなければボクが正しい……それだけのこと……

……あ、でも沙都子は学校行くときに鍵をかける。そうなると鍵がかかっていてもどちらかわからない。
慌て、ランドセルを取りにいく、ボクの沙都子と住んでる方の記憶が正しいなら、昨日の夜ランドセルに鍵をいれたからだ。

部屋についてすぐにランドセルを確認する…鍵をいれたのはランドセルの小さいポケットだ。

がさがさがさ………あれ…ないのです…
手を入れたり、逆さまにしても影も形もない……
でもそんなはずはない。
記憶では昨日確かに入れたのだから。

それで一応ランドセルの他の場所も何度も何度も探してみたけど、やっぱり鍵は見つからなかった……
何で何で…?確かに入れたのに……

ふと母の言葉を思い出す。
鍵はお父さんが管理しているから……

…………父が管理してるということは父がどこかに閉まっているということだ、母の言ったことが正しいなら、鍵がボクのランドセルに入ってないのは極めてアタリマエの結果で……
……ということは…………どういうこと?
……もしかして……
……記憶がおかしいのは……そんなアタリマエのことを覚えてないのは……
お母さんじゃなくて……
……ボクの方……?

そう認識した途端、急に身体が震えだす
見ると手も足も震えてるみたいだ……
震えるのも当然なのかもしれない……
と、他人事のように考える。
……だってボクの記憶はニセモノで、頭が変なのはボクだとわかってしまったのだから、震えるのはアタリマエだ……
でもそれももう一つの記憶と同じで実感が何も湧かなかった、まるで自分のことじゃないみたいに。
……誰がおかしいのかは……わかった……。
わかったから、つぎは学校に行かないといけない……遅刻したら知恵に怒られる……ランドセルを閉めて……それから……お母さんはなんて言ったっけ……そうだ……学校に行って、頭を冷やして……元通りになってって言ってた……元通りに……
カチャカチャ………金具がはまらないからランドセルの蓋が上手くしめれない……カチャカチャカチャ……
身体が震えてるから……しょうがないけど……
…カチャカチャ……あまりにも閉まらなくていやになる……これじゃ学校に行けない……元通りになれない……
…………そういえばまだ倉庫部屋は確認してない……まだボクがおかしいと決まったわけじゃない……
…………カチ
やっと蓋を閉めれる、まだ少し身体は震えていたけど、ランドセルを置き部屋をでて倉庫部屋まで歩いて行くことにした。




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あきゅろす。
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