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知恵に見せるためのページを作りおえ、時計をみると、2戦目の始まる時刻の10数秒前。何とか間に合ったみたいだ。

すでに悟史は教科書をもって移動し、魅ぃの左側の椅子に座って、教えているように見せかけながら始まるのを待っている。
魅ぃは机の上に真っ直ぐに右腕を置き、肘から先をまげ三角形をつくり、それに顔を乗せていた。上だけならソファで寝てるような格好をしている。
……くつろぎすぎ、知恵も怒ればいいのに
でもまあ悟史の目が光っている今、さしもの魅ぃでも何も出来まい。
まともな勝負にさえなれば今回は知恵対策もあるし、まず負けることは無いだろう。


試合開始の時刻になった。
始める前に魅ぃの様子を見る。
教科書を閉じて、ドリルを始めていた。
さっきと全く変わらない。
悟史が来たのに焦っている雰囲気もない。
諦めているのか、はたまた何か策があるのか、どちらかはわからない。
わからないけど、どちらにせよもう試合は始まっている。気にしていても仕方ないことだ。魅ぃの事は忘れてボクも問題に向かうことにする。




着々と問題を解いているボクに羽入が横から話しかけてくる。
「あうあう、今回はさっきよりもいいペースなのですよ」

「ボクもまさかここまで上手くいくとは思わなかったのです」

そう、この2戦目は1戦目と違い、ボクの解くペースは格段にはね上がっていた。
快調に次ぐ快調で、ボクの気分もとても上向きだ。
だから、羽入に話しかけられても何も気にならない。

ペースが上がった理由は簡単、さっきの知恵対策がよく効いているからだ。
対策により、今までよりも手順が減ったことで、知恵がある程度近づいてからでも、十分に隠すことが出来るようになった。
今までとちがい、足音が聞こえてきたら隠すだけで十分に間に合う。だから事前に知恵を見る必要が全くなくなった。
それはすなわち知恵の脅威の2つ目、予備動作の観察と隠す準備が、事実上消滅したということになる。

実はボクにとって、一つ目の脅威よりも2つ目の方が邪魔になっていた。
一つ目はただ時間だけが取られるものだとすると、2つ目は一つ目ほど時間は取らない代わりにボクに大きな精神負担を要求する。
問題解きながらチラチラ知恵の様子を確認するのは、精神的に疲れるもので、問題に集中も出来なくなるし、何より慌てさせられ、ストレスがたまる。
それがなくなったのだから、ボクの負担がぐっと軽くなるのも当然だった。

しかも快調の原因はそれだけじゃない。
一つ一つは小さなことだから詳しくは説明しないけど、大まかに3つの理由がある。
一つ目は、今回のドリルの問題は、はっきり覚えてるものも多く、さっきほど答えが曖昧じゃないということ。
2つ目は、2回目故にボクの心の準備がしっかり出来ていること。
3つ目、最後のこれが1番大きな理由なのだけど、さっきの魅ぃの点数の低さによる安心感。

これらの要素が混ざりあって、ボクに更ならる安心とゆとりを与えてくれる。
多分このままの調子なら勝てることは、まずまちがいない。
知恵にドリルを取り上げられでもしない限りは、点数的に魅ぃに負けることはないと思う。さてと次の漢字は……みー☆

「あぅあぅあぅ!ドリルを隠さないでいいのですか!」

……え?
あわてて耳をすます、いやもう耳をすます必要もなかった。
下を向いてるボクの視界の椅子の横の方に知恵の足が見えていたから……

みみみみみみみみみみみみみいぃぃいぃいぃぃぃいぃぃぃーーーーーーーーーーっ!!
どうしようどうしようどうしようどうしようっ!
隠さなきゃ隠さなきゃ隠さなきゃ!
みみみみみやっぱりダメダメダメダメダメっ怪しまれるのです!
みーーーーーーーっ!

そんな一瞬の思考のフリーズ、その間に体が勝手に動く!
体は今絶対にあってはならないものに気づいたのだ。
それは机に2つのドリルがあること!それを見られたら直ぐに気づかれてしまう!
そうとわかれば体の動きは速い。
あっという間にドリルの内の一つを机の中に入れる。
入れやすい2年生のドリルの方を!
もう少し体に考える力があれば5年生のドリルを仕舞っていたにちがいない。
だけどそれでも、最悪の事態をふせぐファインプレーにはかわりなかった。

「古手さん、今慌てて何を隠したんですか?」

当然だけど、知恵がその動作を見逃すはずがない。体が稼いだのは、見つかるまでのほんの僅かな時間に過ぎないのだ。

でもその僅かな時間によって、頭がフリーズから目覚める。ここからは頭が頑張る番。
ボクは瞬時に思考を部活思考に切り替える。
とにかく今は考える時間を稼ぐこと!顔を下向きにして、ボクの長い髪で知恵の視界からドリルを隠す。他には……
「み、みー」

とりあえず声をだして時間稼ぐ……
「みーじゃわかりません。何を隠したのかと聞いています」

知恵は余計に怪しく思ったらしい。詰問的な口調に変化する。
こういうとき何も隠してないとかは絶対にいけない。
とにかく今は隠すのがおかしくないような、適当な理由を挙げよう。あとはなるようになれ、机の中に手を入れてみる。
「みぃ。正直にいいますです……」

何かないかな……何か……ふと固くて丸い感触が触れる。……これ……これなら!
ボクは顔を知恵の方に向けると、さっきの固くて丸い感触……懐中時計を手のひらにのせ知恵に見せる。
今顔をあげてしまうと、五年生のドリルが見つかる可能性もあったけど、知恵の意識は懐中時計に向けられるだろうから多分大丈夫。それよりも知恵の目を見ながらの駆け引きを優先する。

「この懐中時計を見てました。ごめんなさいです」

ボクは表情と仕草で反省を表す。目を伏せて、やや体を震わせる。
「その時計は一体どこから?」

ボクが反省してると思ったのか、知恵の口調が少し柔らかくなる。

「みー……学校にくる前に拾いました」

「はぁ……朝遅刻してきたのはそういうことですか。そういえば理由を聞き損ねてましたね」

「ごめんなさいです」

「私には謝る必要はありません。帰ったら、古手さんのお母さんに謝ってあげてください。……朝、古手さんが学校に来てないことを大変心配してらして、何度も何度も電話を頂きましたから」

「はい」
そういえば、お母さんには朝から心配を掛け続けてた。帰ったらちゃんと謝ろう。
最初は知恵をやり過ごすための演技だったけど、いつのまにか、演技ではなく本当に謝ろうという気になっていた。それが知恵にも伝わったのか表情が柔らかくなる。

「それから、もう授業中に違うことをしてはいけません。……わかりましたね?」

「はいなのです」

「よろしい。ではドリルを解いてください。どこかわからないところはありませんか?」

そう言いつつ知恵はドリルの方に目を……え……ま、まずい!
ボクは慌てて勢いよく下を向き髪でドリルを隠す。

「み、みー、わからないところは特に無いのです」

「そうですか、もしかしてもう終わりました?それなら次は……ちょっと見せてくださいね……」

この流れは、見られる……

「先生ー、ここが全くわかりませんですわー!」

「あ、今行きます。じゃあ古手さん終わったらとりあえず次のページをやっていてください」

ちょうど知恵がボクの髪をどけようとした時に沙都子が助けてくれた。
でもなんで……?沙都子の方に目を向ける。沙都子はボクに一回ウィンクをして、魅ぃの方を見ながら軽くグーを作った。容赦なくやってくださいまし……?

あ……そう言えば、スッカリ忘れてたけど、そもそも戦う理由は泣いた沙都子の仇打ちだったっけ。だから協力してくれたにちがいなかった。だけど……
ごめんなさいです沙都子。そんなこと少しも覚えてなかったのです。

そういう思いを乗せて沙都子にペコリと頭を下げる。
沙都子はお礼と取ったのだろう。一瞬笑顔になると、知恵の方にまた向きなおる。







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あきゅろす。
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