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隠し神語り
霧のち大空
目の前の二人を嘲笑うように、少女はけたけたと口を引き裂いた。
裂けた口からは異常なほど紅いものが覗く。少女の纏う服より紅く、血に染まっているようだった。

この『世界』で、『異常』に映えて見えた。



この子は渡さない…。



裂けた口は動かず、語り掛けるように綱吉達をただ嗤っていた。
骸の足元にいる白い肉塊も、それを離さんばかりに縋りつく。

ぶよぶよと、ただの肉塊が蠢いている。

「こちらもだ。 お前の『ワガママ』に骸を渡すつもりはない…───」



握り締めた拳。
それは祈るように。

眉間に寄ったシワ。
それは争いを嫌う証。



それでも拳を振るうのは、誰かを『守る』ために。

それでも拳を振るうのは、誰かを『傷付けない』ために。



「骸を返してもらう。 そのために来た…───『迎えに』来た」

呟くように放たれたその台詞は確かに、目の前に居る骸へ向かって放たれた。
笑ったままの少女の表情がぴしりと止まる。



「骸…聞こえているだろう…?」



闇へ意識が飛ぶ前に感じ取った、骸の『迷い』。

始めから合ったのか疑わしい『存在の意味』。
そこから、模索した『存在の必要性』。
そして、見いだすことができなかった『存在の有無』。



ずっと、苦しかったはず。

ずっと、辛かったはず。

ずっと、憎かったはず。

ずっと、怨めしかったはず。



『迷い』から生まれた、その『心髄』に骸は葛藤を続けていたはず。










「ずっと、『オレ』が『妬ましかった』んだよな…?」










「は?」



放たれた言葉に首を傾げたのは雲雀。横に居ながら、訝しげな表情を浮かべる。
自分も骸を知らない訳ではない。
雲雀なりに良い言い方をすれば、こいつは『他人を妬むような小さい器など持ち合わせていない』。

ただ敵を蔑んで見て、
ただ敵を騙して落とす。

敵を閃滅させる鮮やかな策略。
丁寧な口調とは裏腹な行動力。
有無を言わさぬ圧倒的な実力。

どれを取っても、凡人より優れているのは明白だ。

むしろ、戦闘以外『駄目』が必ず付くようなヘタレこそ、骸のように突飛的な要素を『妬む』だろう。

それに、今はそんな話をしているわけではない。



この神隠しを引き起こした『迷い』を正気に戻して帰るのが先決だ。



「意味がさっぱり分からないんだけど。 六道骸は『迷い』があってここに…─────」

ビュンっ。



呟き放った、その瞬間。
髪が風を感じて、横に居たはずの綱吉が『消えた』。


「…っ?!」

反射的に後方へ振り返れば、綱吉が暁色の炎を煌めかせて拳を盾にしていた。
それに対し、骸が溢れ出る殺気を放ちながら三叉槍を振るっている。

肌を刺す殺気。
喉が渇く空気。
体が固まる冷気。
『異様』が満ちる『怪奇』。



どれも、『今まで』感じたことのないものだった。




たかが冷気に体が固まったことなんて、今までなかった。
異質な空気に喉がひきつれ渇くなんて、今までなかった。
誰かが放つ殺気にただなぶられるだけなんて、今までなかった。



綱吉に向けられているその殺気。
異界の『異質』と混ざり重なりあって、これまでに無い『異様』なものが出来上がっている。

殺気と呼べるのか怪しい殺気。
でも、間違いない『殺気』が綱吉に向けられている。








六道骸は、沢田綱吉を『本気』で『殺す気』だ。





∞∞∞



繰り返される白銀の猛攻。
三叉が異質な空気を割いて放たれた無数の突きは、雪。
その瞳に灯るのは淀んだ藍に紛れた黒いの炎だった。呪われし深紅の瞳から、淀みながら燃え盛っている。
対に蒼き瞳があるはずの左目は、眼球ごと漆喰に染められていた。



「憎い…! 憎い憎い憎い憎いぃ!!」



反撃をせずに綱吉は突きの嵐を躱し切り、間合いを取るため後方へ飛び退く。
しかし、骸は開けた間合いを一気に詰めると三叉槍を振りかぶった。

ぐんっ。

それを綱吉は受けとめると、骸は顔を歪めて容赦なく力任せに押しつけた。

その鮮やかな戦闘センスは、闇に蝕まれながらも顕在していた。



「何をしても『受け入れられる』お前が憎い……!!」



放たれた言葉に、綱吉の眉間に寄ったシワが深みを増した。
骸は一方で、藍の炎を更に燃え上がらせる。

その憎しみを、表すように。

「奴らだけでなく、『あの子』達までも! 『受け入れられる』お前が憎い!!」

力任せに払えば、綱吉が体勢を崩す。その隙をついて骸は豪快に三叉槍を薙いだ。
しかし、その姿は炎を残して消える。
骸は直ぐ様、振り返る様に武器を払った。

重さを感じてみれば、そこには綱吉の姿。
骸の三叉槍をグローブのエンブレムで押さえていた。
綱吉は目の前で『妬み』をぶつけてくる骸を、真正面からしっかり視界に収めると小さく口を開いた。





「でも、そんな事をすれば『悲しんでしまう』んだよな?」





染まり上がった眼球で綱吉を睨み付けていた骸の動きが止まった。
その一瞬を突くように、防御に使っていた拳を転じて三叉槍の柄を握りしめ、ぐいっと引っ張って間合いを詰める。
そして、空いている片腕の手首を掴んだ。



     何をしているの…!

 その男を殺しなさい!



遠くから恨みに鈍った声が聞こえる。
しかし、骸にはそれが聞こえないのかぴくりとも動かない。
綱吉が押さえ込んでいるのかと思えるような状況ではあるが、骸の腕をただ握っているだけで力を込めていない。



骸自身が動かないでいるのだ。



「傍に居すぎて、気付かなくなったんだな…───」

しゅうぅと炎を消し、綱吉がゆっくりその手を外していく。

「何やってんの、綱吉!! そんな事したら───」

離れた、手編みの手袋。
骸は一瞬眉間に皺を寄せると、チャンスだと言わんばかりに三叉槍を綱吉目がけて突き込んだその時だった。





「お前が『居なかった時』、あの三人は笑ってくれなかったよ…───」





白銀の三叉が、綱吉の胸の前でぴたりと動きを止めた。





「いっつも犬はクロームに『骸出せ』って怒るし、クロームはすぐどっか行っちゃうし…千種なんか返事が二回返ってくれば会話が成立してたんだ」



胸の辺りで起きてる現状を知らないのか、綱吉は苦笑いを浮かべてぽりぽりと頬を掻く。
骸も、その状態のまま固まってしまった。



「お前が帰ってきたから、三人共笑うようになったんだ…───みんな、お前と居ないと『楽しそう』じゃなかった…」



少し涙の籠もった声。
綱吉は俯き、放つ。
誰よりも同志に優しい、男へ。



「『笑って』くれなかったよ?」















骸が─────俯いた。





   何しているの?!

早く殺しなさい!  その男を!

    憎いんでしょう?

 妬ましいんでしょう?!



少女の声が骸へ声を放つ。

「『感じて』るだろ? みんなお前の事心配してるんだぞ? お前の帰りを待ってるんだ!」



骸の肩を掴み、揺すって怒鳴る。
涙の滲んだその声が、辺りに響いて身体の中で波紋を呼ぶ。
綱吉はそれを知ってか知らずしてか、更に響かせるように声を荒げた。



「お前だって、帰りたいだろ?! 『みんな』の所に…!!」





一つの、『想い』を乗せて。








「笑ってる『仲間』の所に!!」








胸の前にあった三叉槍。
石畳の上に落ちて、からんと軽い音をたてた。





「『帰ろう』? 骸…───」



ぼぅっと暁色の炎が額に灯る。
手編みの手袋から黒革の炎灯るグローブへ。

ボンゴレの十代目を表す、エンブレムを煌めかせて。


『想い』を、呟いて。



骸の妬みが燃え盛る、瞳へ。





その男を『その子』から離せぇ!!





少女から醜い声が零れだす。
その指示を聞く様に、蠢いていた白い肉塊が綱吉めがけて飛び掛かっていった。
肉塊の波。
寄り集まって、それは手の形にわらわらと蠢いた。

綱吉を捕まえるべく、
綱吉を拘束すべく、
綱吉を骸から引き剥がすべく、

手が、
テが、
てが、

手だけの『肉』が、腐って繋がりあって、文字どおり綱吉へ『手』を伸ばした。



ぶちん。



   ?!



千切れた音をたて、白いその手が、弾けとんだ。



ぶちん、

ぶちん、ぶちん。

ぶちぶちぶちぶちん。



肉塊が食い尽くされるように弾けて千切れていく度に、びよんびよんと歪な動きをしながら手を振った。
それによって肉は小さくなって四方に散りながら地に落ちる。その後、燃えるように焦げて腐臭をあげた。
そして、白い波は縦に裂けていく。まるで、芝居の幕開けを告げるカーテンのように、役者の姿を見せていく。



「悪いけど…」



裂けた肉塊のカーテンから、現われたのは雲雀。

次の瞬間に肉塊達は、雲雀の周りで円を描くように動きを止め、液体のように弾き飛んだ。



「ここから先は、行かせない…」



雲雀が、少女を睨み付ける。
そして少女は表情を『ぐにゃり』と歪めて口を引き裂いたように大きく開けた。



おのれ、呪い稚児ぉおお!!



醜く不様な悲鳴を上げる少女に、雲雀は嗤うように口元を三日月のごとく引き裂いた。





「──────『知ってる』よ」





∞∞∞



「熱いが、我慢しろ…」

動くことはない。
でも、一筋の液体が石畳を濡らした。

それは憎しみに暮れた『紅』。
染まりきった目から、ぽたりと零れ落ちる。

それを拭うように、綱吉は右目全体にグローブを───炎を、覆いかぶせた。





じゅっ、





「─────────っ!!」



肉を契るような痛みが、身体を駆け抜けた。









あぁああああぁああああ!!

















骸の喉から耳をつんざくような穢れた悲鳴が、暁色の炎に焼き付くされるように響き渡った。

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