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隠し神語り
想ヒ
「沢田綱吉?! 聞こえてる?! ねぇ、沢田綱吉?!」

骸から綱吉を奪いとった雲雀は、骸に一撃を入れて離れていった。
血の気が引いている綱吉を静かに寝かせ、頬を叩く。容赦なく叩いているつもりだが、一向に目を覚ます兆候は見られなかった。

『…お前は…───』

放たれた言葉。
それに反応し、雲雀が声を発した人物を睨む。
吊り上がった漆黒の瞳を、さらに吊り上ける形となった。

そこに猛り狂う怒りを滲ませて。
そこに確かな殺意を織り混ぜて。

「…六道骸…───いつまで『逃げる』つもり…?」

低く放たれたその声を嘲笑うように、骸は口をひしゃげる。

『これは私の…───』
「『君』もいい加減にしないと、『殺す』よ…?」

庇うように綱吉の前へ出ると、眼前に居る骸を睨んだ。



怒り絶頂の最終形台詞。

『咬み』を省いた、
  本心の『殺し文句』。
『咬み』が付かない、
  本当の『殺し文句』。
『咬み』さえ必要ない、
  真(まこと)の『殺し文句』。





「その無駄に続く想いも、『魂ごと』消してあげる」





その台詞と共に、骸が…───少女が顔を異常に吊り上げた。
壊れた様に、顔を歪ませて。

雲雀が羽織っているだけの制服にサイドへ交差させるように腕を突っ込む。そして次の瞬間には腕を払うように広げた。

躍り出たのは長方形の札。
何枚も何枚も、雲雀を包み込むように輪を描いて宙に浮かんでいる。

それは雲雀を守るように、
それは意志があるように、
綺麗な円を描いて雲雀の周りを回っていた。



「覚悟しなよ、『化け物』…!」





∞∞∞





   暗い、
          緑、
     茶色、
 石、
             腕、
    布、
          髪、




動いてる…?



草が生い茂り、少し軟らかい土が足場の悪い山を作り上げている。道らしい道も特になく、ただ暗い森が広がっていた。

「お母さん?何処に行くの?」

そんな中、薄い緑の着物を纏った女は少女を担いで一歩一歩山を登っていく。
女は顔を除き包帯を巻いている。外れかかっている包帯から、火傷の跡が覗いた。
少女は女にしっかり抱きついていた。
とても綺麗な紅い着物に緑の帯。汚れた所は無く、新調したての着物ようだ。
あどけない声で問い掛ければ、少しやつれている顔を女はこちらに向けた。

「神様の所よ…────」

高い声が少女の元に届くと、女は前を向いてさらに続けた。



これは―――記憶…―――?



「もう少し登っていくとね、階段があるのよ…───神様に続く階段…」
「神様に続く階段……?」

少女がおうむ返しをすると、女はまた繰り返した。言い聞かせるようにその言葉を繰り返した。

「そこはね…とても幸せになれる所なの…」
「…幸せ?」

女の言っていることを繰り返すだけの少女は女の首に抱きつくと頬を擦り寄せる。

「お母さん…私は───」
「ほら、着いたわ…」

山の存在を無視するかのように、石で出来た階段が冷たく其処にはあった。
山の一部を刳(く)り貫(ぬ)いたように、階段が山に埋まっている。
女はその階段に足をかけると静かに登って行った。草履の石を擦る音が、ゆっくり聞こえてくる。
山を登っている時より、更に歩調が緩んでいるようだった。

「お母さん…」

不安を含んだ声音で少女は女を呼ぶが、返事が返ってくる様子はなかった。

「お母さん…」

少女は女をもう一度呼ぶと、ぎゅ、と更に抱きついた。存在を噛み締めるように鼻から女の香りを吸い込む。

「もう少し…もう少しで───」

そう言われて少女は顔を上げた。
階段の終わりが見えて、更にその先にある小さな建物を視認する。

「あれは…?」
「神様がいるお家よ…」

少女は近づいていくその建物を不思議そうに見つめた。
階段を上りつめて眼前に広がる石畳を歩いていくと、女は半分ぐらいの所で止まってしまった。そして、少女を降ろしすと、着崩れた服を正してやる。
そして、悲しみに歪んた顔を、女は両手で覆って肩を上下に震わせた。

「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい……!」

女は泣きながら謝り始めた。
何度も、その口から謝罪の言葉を連ね続けていた。
少女は目を数回瞬かせると、女の頬を撫でて口を開く。

「お母さん」

少女はその横で膝をついて泣きじゃくっている女に声をかけた。



「行ってきます…」





そして、笑いかけた。





女ははっとしたように両手を顔から放した。悲しみに暮れながら、驚きに満ちた表情になっている。
そんな女に、少女は続けた。



「私、幸せになれるんだよね?」



更に女は表情を崩していく。悲痛な悔しみに歪んだ顔で、その言葉に対して首を縦に振った。

全てを知っていて、
大事な者に、
嘘を吐くために、

縦に振るしかできなかった。




「お母さんの分も、幸せになるからね?」



またにっこり笑って、少女は目を閉じた。
その無邪気な表情を崩さぬまま横たわる。

訪れる事など無い、『幸せ』を待って。

女はまた繰り返し懺悔の言葉を連ねた。連ねながら、白い足に履かせられていた草履を外した。

「ごめんなさい…ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい───…っ!!」

女は履かせていた小さな草履を握り締め、立ち上がった。

「必ず迎えに行くからぁ…!」

涙声で女は泣き叫ぶと少女を置いて駆け出した。
一切振り返ることなく、女は草履を抱き締め駈けていった。

体の中を這いずり回る悲しみにくれながら。
体の中を蝕む弱さを感じながら。

草履を脱がされ、足場の悪い山を下る事は困難を極める。ましてや、たった一人の子供が自力で山を下るのは無理だ。



「こんな母さんを許してぇっ!」



懺悔の言葉は少女に届く事なく天へ登って消えた。
弱さを経た悔やみは自身に深い傷をつけた。

風が吹いてざわざわと木々を揺らし、暗い闇夜に木の葉を散らす。
枯れて落ちた枝や葉が、踏み付けるたびにぱきぱきと潰れる。

「はぁ…はぁ…─── ?!」

逃げるように走っていた女。
柔らかい土に足を持っていかれて前へ倒れこんだ、その先───。



遥か下に岩肌が連なる崖。



甲高い悲鳴が闇に呑み込まれていった。



∞∞∞



わかった。

よくわかった…。



どうして、雲雀さんがオレを『選んだ』のか。

どうして、骸がオレを『選んだ』のか。



記憶が暗転して、自分の意識をはっきり感じとる。
その『答え』と…───今、『やらなくてはならない』ことを。

肌で感じる歪み。
意識が覚える怨み。
古の記憶が伝える悔やみ。
人の迷いを表舞台へ現す隠し神。



全てが全て、
『誰か』の『想い』で、

全てが全て、
『誰か』の『強さ』なんだ。



全てが全て、
『誰か』の『迷い』で、

全てが全て、
『誰か』の『弱さ』なんだ。



全てが全て、
『誰か』の『モノ』で、

そしてそれらが、
『神隠し』の為の、『怪異』になるんだ。

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