隠し神語り 『帰り道』 了平を蚊帳の外に話を続けていくマーモン。 しかし、それが気に入らない了平が後方でオレも混ぜろー!と大爆音で叫んでいると、異才を発揮したのは千種だった。 マーモンの説明を尽く簡単、かつ簡潔に、了平に分かりやすく説明していた。 了平は了平でその説明で意味を理解しているらしく、極限に好かん奴だ!と怪異に対して頬を膨らませた。 自分の説明では納得しないのに!と獄寺がわなわなと額に青筋を浮かべているが、千種は気にせずマーモンに話を促した。 だいたい、馬鹿に理論から叩き込もうとするのが間違いなのだ。 馬鹿は馬鹿なりに理解できるように教えてやるのが普通だ。 「で…クロームには、何をさせてるの…?」 「あの娘には、『帰り道』を作ってもらってるのさ」 「帰り道?」 獄寺が眉間にシワを寄せてマーモンの台詞を復唱した。 「そう、『帰り道』。 神隠しは異空間に閉じ込めて『迷わせる』んだ。 だから奴が帰って来れるように、こっちから『穴』を空けておいてやるのさ───まぁ、この場合は『強化』と言った所だけどね」 頭の良い獄寺は、思考回路を続々繋げていく。眉間にシワを作ったまマーモンへさらに突っ込んでいった。 「でも、ただ陣に座って祈ってるだけなら誰でもできるんじゃねーのかよ?」 「僕なら出来るかもしれないけれど、君達は適任とは言えないな」 「んだと?」 青筋を増やすと、それに比例するように眉間の皺が深くなる。 しかし、マーモンはそんな様子などお構い無しに話を続けた。 「まぁ、僕は例外として、『帰り道』を作る者は怪異に『会った』人間と『繋がり』が無いといけないんだ。 だとしたら、あの娘が一番適任だろ?…───あの娘は未だに六道骸と『繋がって』いるんだから」 しばし黙って聞いていた千種。 口数が少ないのはいつものことだが、もしかして、と驚きに目を見開いた。 首だけをクロームに向け、しかとその視界に収める。 祈り続けた姿勢から動く様子はない。 けれど、『クロームにとって』、『普通』に考えればおかしなことなのだ。 異界に閉じ込められているはずの我が主。 この世界と異界は同じであっても『怪異』によって切り離されているはずだ。 なのに。 「クロームの『内臓』を補い続けてる…!!」 『主の力の補助』を経てクロームは事故で無くした内臓を補っている。 その力が断たれれば、たちまち彼女は内臓を失い生命の危機に陥ってしまう。 しかし、その現象が『起きていない』。 獄寺も、その一言で目を見張る。意味を理解し、動揺と異常事態にクロームを見やって小さく口が開いた。 「『当然過ぎて』、オレ達も気付いてなかったってわけか…」 リボーンも、目を閉じて祈り続けているクロームへ視線を送った。 「六道骸は『自分』から『穴』を空けているんだよ───自分が『こちら』に戻ってくる為の『帰り道』を、『あっち』側からさ」 それだけ言い放つとマーモンはくつくつと笑った。 三人がクロームを注いだまま動かない後ろで、紡ぐ様に言葉を連ねる。 「本当に『化け物』だよ。 六道骸はね…───」 ∞∞∞ 「あの子には、六道骸が自らこじ開けている『帰り道』を『強化』してもらってるんだ。 『帰り道』が強ければ強いほど『あっち』に行った時、『帰り道』は見つけやすくなるからね」 「はぁ……」 綱吉はその話を聞きながら相槌を打った。 相変わらず骸は先を読んでいてるようで、自分の身を守るために手を尽くしているようだった。 「凄いなぁ、骸…───自分で帰り道作ってるんだ…」 「凄い? 『化け物じみてる』の間違いじゃない?」 「え?」 その言葉を聞き返すように、首を傾げて雲雀を見やった。 松明を握り真正面を見たまま歩みを進めている雲雀の表情は、少し焦っているように見えた。 「化け物の住みかに閉じ込められて精神を持っていかれておきながら、力を行使し続けているんだよ───『普通』の人間が出来ると思うの?」 松明が揺らめきながら足元を照らす。 先に続く闇に、雲雀は自分へ言い聞かせるように呟いた。 普通なら出来るはずがない。 力の行使は己の『意志』で行うものだ。 それを神隠しという怪異に蝕まれてなお、『クロームの内臓を補う』という形で力を行使し続けるなど、簡単に出来るはずがない。 怪異は、『飲み込んだ者』を『歪ませる』。 「えっ?! 出来ないんですか?!」 しかし、綱吉は素っ頓狂な声を上げた。 本当に驚いているようで、雲雀は逆に意表を突かれたように顔を向けた。 案の定、綱吉は普通じゃないのと言わんばかりに表情を驚きに染めている。 「できるんじゃないんですか?!」 「普通は出来ないよ、普通は」 雲雀がそう言い切るにも関わらず綱吉は目を丸めたままだった。 冷や汗を浮かべた綱吉は、目をキョロキョロさせると雲雀を見やった。 「つかぬ事をお聞きしても良いですか…雲雀さん?」 「何?」 「『高熱で身動きがとれなくなるような毒をくらっておきながら、鉄の棒をバキバキ折って暴れる人』も、化け物じみてると思うんですけど…」 「それは精神力の出来方の問題なの。 っていうか、君は僕を化け物呼ばわりするつもり?」 「滅相もございません! すみませんでした!!」 ぎん、と睨み付けてくる雲雀に綱吉は地にひれ伏し即刻土下座で謝った。 自分でも失礼すぎることを言ったと思った。暴君に対し、よく言えたものだ。 でも、言いたいことはそんなことではない。 オレが、言いたいのは───。 土下座したまま顔を上げた。 「でも、骸は『化け物』じゃないです」 ────…知ってるんだ。 力の使い方とか、思考回路とか無茶苦茶でついていけないけれど、自分は確かに『今』の骸を知っている。 出会った時と、彼は見違えるほど変わった事。 彼の『心』が、変わった事。 「骸は…───」 誰が何と言おうとも、そんなこと無い。 彼は化け物じゃない。 彼は『こっち』で、犬達と一緒に居たいから頑張ってるんだ。 自分から『穴』を空けて迄、『こっち』に帰ろうとしてるんだ。 「─────…『骸』です」 『仲間』の居る、『こっち』に。 雲雀は溜め息を吐くと、ふいっと顔を逸らした。 その一瞬、バツの悪そうな顔をした雲雀を、綱吉は見る。 「───…言い過ぎたよ。 僕は焦り過ぎて見失っているのかも…」 「雲雀さん…」 綱吉の表情が少し明るくなった。 そんな様子を見て、雲雀再びが小さく溜め息を吐く。周りを観察するように一瞥すれば眉間に皺を寄せて動きを止めた。 「でも、沢田綱吉。 僕はさっきも言ったよね?」 「え…?」 さっと振り返って綱吉を見やる。 どうしたんだろうと、綱吉がじっとこちらを見ていた。 「神隠しの根底は『迷い』。 人間が居なければ、『怪異』は起きない…」 「はい…───さっきも、そう言ってましたよね?」 綱吉がそう返すと、雲雀苛立ったように小さく溜め息を洩らす。 どうしたものかと顔を逸らして髪をかき上げた。 あれ? どうしたんだろ? 「雲雀さん…オレ、何かまずい事言いましたか…?」 見下ろされた漆黒の瞳。 オレはやっぱり、雲雀さんに何かまずい事を言ったらしい。 目を点に、侮蔑の視線が見下ろしてきた。 「君。 頭、悪過ぎ」 「───…ごめんなさい…」 言われ慣れている台詞だが、『本当に』『こんな真面目に』言われると、頭に岩石が衝突したようなショックを受ける。 しかも、今回この人は悪意を持って言っている訳ではない。 本当に『可哀想な頭』と思って見ている目だ。 雲雀は軽く頭を振ると、可哀相なオツムの持ち主、綱吉を見やる。 「つまり、六道骸が神隠しに逢ったのは…───」 ────いで…───。 二人が弾かれたように、ばっと振り向いた。 冷たい風が吹いて、髪をなびかせる。舞い散った木の葉が吸い込まれるように山道を登っていった。 ぞわりと肌が感じ取る。 冷たい、『歪』な空気。 背中に戦慄が走る。 「今の声…───?!」 闇の奥から響いた声。 間違いない。 聞き忘れなんて出来ない。 今の声は…───! 自分の体が動きだしていた。 全速力で駆け出していた。 松明を片手に腕を振って走った。 後ろで雲雀が何かを叫んでいる。 しかし、はやる気持ちでいっぱいいっぱいだった。 聞こえた、『女』の声。 クロームが取り憑かれた時に聞いた、あの悲しそうな声だった。 [←*][#→] [戻る] |