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隠し神語り
結界
「………よし」

そこら辺に転がっていた木の枝を筆変わりに、雲雀は地面に大きな円を描いた。
更に円へ接するように、その中に線で繋がっている星を書く。


「赤ん坊。 六道骸が決めた肝試しのペア教えてくれるかい?」
「良いぞ」

リボーンはそれだけ返事すると、懐からぴらりと紙を取り出した。

「悪いんだけど、口頭で喋ってくれるかい。 今は時間も惜しいんだ」
「分かったぞ。 まず一番目だが…───」



持ってきたよ。



何処からともなく声がしてきて、空の方で藍の霧が収束する。マーモンの姿をかたどった霧の他にも、空の変な形のモノも浮いていた。
それは次第に色付き始めると、マーモンの横に五つの棒と白い紙の付いた縄が現れた。

「コレで良いかい?」
「十分だよ。 よく見つけたね」
「神社からちょろまかしてきただけさ」

雲雀がそう、と呟くと、マーモンは人の居ない所にちょろまかしてきた物をバラバラと落とした。

「これ持って座ってくれる? 眼帯の子」
「うん…」

クロームは小さく頷くと、雲雀から何かを受け取って陣の中に入って行った。そして、ぺたりと膝をつくとそのまま正座して座り込んでしまった。



∞∞∞



あの一悶着あった後、クロームは静かに目を覚ました。

綱吉達が心配する中、彼女は目を覚ました途端、首を傾げたのだった。

「ボス…私……」
「クローム、大丈夫?!」
「え? うん…」

良かったと一息吐く綱吉にクロームは不思議そうに首を傾げたのだった。



「私、何かあった…?」



綱吉が、千種が、犬が。
クロームを心配して傍にいた皆が目を見開いた。

あれだけ異質な雰囲気を纏い、
あれだけ異常な哄笑を響かせて、
あれだけ人を戦慄へ陥れたのに。



「何も…覚えてないの…?」



静かな声で問い掛けた千種に、クロームはまた首を傾げて大きな瞳をぱちくりさせる。

「私、骸様と連絡を取って───声が聞こえたと思ったんだけど…」

辺りを見回して、千種に被せてもらった制服をきゅっと握った。

「何か…寝てたみたい…」

クロームが何でもないように、そう言った。



∞∞∞



「雲雀さん…クローム、大丈夫なんですか?」
「さぁね」
「さぁねって…!」

綱吉が目を見開いて、雲雀の服にしがみつていく。

「クロームは危ないんですよ! 何か、幽霊がクロームの事欲しがってて!」
「知ってるよ。 さっきの会話から察しても、彼女を欲しがってるのは───」
「違うんです!」

綱吉は叫び上げて雲雀をがっしり掴む。
そんな綱吉に雲雀も一瞬戸惑ったように目を見開いた。

「クローム、肝試し中もあんな風になって! 何処かに行こうとしててっ!─────さっきも、子供に引っ張られたって…!! オレ、何も見えなかったのに…!」

混乱し始めた綱吉は大きな目を見開いて静かに震えだした。雲雀の服を腕ごと掴み、俯かせた頭を胸に押し付ける。



「『祠があるの』って…!───『みんな待ってるの』って!!」



「祠…みんな…?」

雲雀は綱吉の言葉を繰り返し、少し震えの納まった綱吉の手をやんわり外した。

「落ち着いた?」

見下ろせば爆発した栗色の髪がふわふわしている。
問いかけられた綱吉はフルフルと首を振って、無理です、と小さく呟いた。

「いつまでもメソメソしてると咬み殺すよ?」
「ひぃい!!」

ちゃきりとトンファーを構えれば綱吉が悲鳴を上げた。
雲雀は綱吉に掴まれた腕をさすりながら背を向けて山を睨みやった。

「沢田綱吉」
「はいぃ!」

綱吉は悲鳴のような返事をすると雲雀はトンファーをしまう。すると、風がふわりと吹いて学ランが揺れた。

「草壁が松明を持って来次第、山に入るよ」
「えぇ?!」

綱吉は目を見開いて叫び上げた。
しかし雲雀は平然とした顔で陣に座り込んでいるクロームのもとにつかつか歩み寄って行った。

「星の頂点と円がぶつかってる所に棒を立てて。 しっかり打ちこんでね。 それと、立てた後は中の子に何があろうとも近づかない事」

「はぁ?何でだびょん?」
「…簡単に言えば、『穢れてる』からかな」
「何だとう?!」

雲雀が何でもない様にさらりと言ってのけると、当然のように犬が食いついて行った。

「確かに、風呂は嫌いびょん!! 五日前に入ったばっかりびょん!! だからって、ヒヨコに─────」

そこまで犬が吠えると、じぃっと視線が集まった。
綱吉も、獄寺も、了平も、まさかの山本でさえ犬をじぃっと見ていた。
一番酷いのは雲雀だった。
目を点にさせ、あろうことか本当に汚いモノを見ているような目で犬を見下ろしていた。

「ててて、てんめぇ! そんな目で見なくっても…」
「犬…」

千種がぼそりと呟くと、犬が何だよ!と喚き立てた。
少し目が潤んでいるが、千種はあえて何も言わずに言い聞かせることにした。

「自業自得…」
「う…うっへー! うっへーよ、眼鏡カッパぁ!!」

吠えた犬を放置し、千種が眼鏡を上げるとくるりと少し背の低い犬の頭をポンポンと叩いた。

「まぁ、『穢れ』って言っても、君達自身が穢れているわけではないんだよ」

マーモンがふわりと舞い降りて、マントを靡かせる。

「日本人なら『注連縄(しめなわ)』って聞いた事があるだろう? それは聖なる空間を区切る紐なんだ。 簡単にいえば『結界』だね。 つまり、その紐の内側は『聖なる空間』、外側は『穢れた空間』なんだ」
「穢れた者がその聖なる空間に触れる事は許されない。 触れた途端にそれは『穢れたモノ』となり、『穢れたモノ』の侵入を許す事になる…」

マーモンの台詞を引き継ぎ、雲雀が言葉を紡ぐ。
此処に居る者達は静かに耳を傾けた。

「だからね。 『本当に穢れているモノ』は触れないんだよ。 その結界の外にいる僕達は『準』穢れているモノ。 だから『触れて』、『壊せる』…」

それだけ呟くと、雲雀は再びポケットから黒い携帯電話を取り出した。
ボタンを操作して、また受話器に耳を当てた途端に口を開く。

「草壁、まだなの?」
≪今並盛山に向かっています!!≫
「そう。 早くしてね」

会話をしている限り草壁が必死に走り回っているのが容易に想像できた。綱吉はそんな草壁に向かって、心の中で手を合わせた。



∞∞∞



「只今持って来ました!恭───委員長!!」
「お疲れ」

雲雀は簡単に言い放つと、草壁が持ってきた松明を手にとって綱吉に渡した。
急な呼び出しだったにも関わらず草壁は学ランを纏っていて、リーゼントもしっかりもっさり伸びていた。
思ったより松明は大きく、長さは綱吉の膝ぐらいまである棒に、白い布が縛り付けてあった。それを持つと、綱吉は嗅ぎ覚えのある香りに眉を寄せた。

「この匂い…───お酒?」
「…草壁、何酒?」
「酒の種類ですか?───日本酒です」

草壁がきっちり答えると、雲雀はそう、と答えた。

「日本酒しか無かったもので…マズかったでしょうか?」
「…いいや。 寧ろ正解だと思うよ」

そう言うと、雲雀はつかつかと獄寺に寄って行くと手を差し出した。
何だ、と獄寺がそこらへんのチンピラも逃げ出す面構えで睨んでやるが、雲雀は何でもないように口を開いた。

「ライター貸して。 どうせ持ってるでしょ」
「何でてめぇに貸さなきゃいけねぇんだよ」
「獄寺君、お願い…」

同じく松明を持った綱吉が獄寺を見ると、うっと詰まった。それから、仕方ねぇなとポケットからライターを取り出し、雲雀に投げ渡した。

「つーか、てめぇ。 十代目にそんなもん渡して何するつもりだ? まさか、幽霊にさらわれた骸を直接探しに行くつもりじゃねぇだろうな?」
「そのつもりだけど、どうかした?」
「なっ?!」

獄寺は目を剥くとてめぇ!と怒鳴りながら雲雀に腕を伸ばす。しかし、先を見越した山本が再び獄寺を羽交い締めた。

「てめぇ! んな危険な所に十代目を行かせられるか!!」
「そうだぞ雲雀! 人を探すのなら、やはり探す人は多い方が良いからな!」

獄寺の言い分と了平の意見に、雲雀はどうしようもないと言わんばかりに溜め息を吐いた。

「今は時間が惜しいんだけど。 君達には何を話せば良い?」

イライラしたように腕を組む雲雀に、獄寺は青筋を浮かべて睨みやる。

「何で十代目を連れて行くんだ?! てめぇが乗り込もうとしてる所は…───」
「幽霊は幽霊でもそこら辺のとは違うんだよ。 妖怪に近いものなんだ」
「だったら尚更十代目を行かせる訳には行かねぇ!」
「獄寺君、落ち着いて!!」

松明を持ったまま、綱吉が獄寺を止めるべく声をかける。
主の前では忠犬も吠えるのをやめ、心配そうに眉を寄せた。

「しかし! 何処に居るかも分からない骸を探しに行くなんて、危険すぎます! 十代目まで巻き込まれたりなんかしたら…!!」

「オレなら大丈夫…─────」

綱吉が、ぽつりと呟いた。

「オレなら大丈夫だから。 必ず、骸を連れて帰って来るから…だから…───」

絡んだ琥珀色の瞳が、映し出す。



「今度は、一緒に花火を見に行こう?」



前も見た、この瞳。

自分がまだ、この人のためなら命を捨てられると考えていた頃に。

この言葉に、胸を打たれたんだ。

この言葉に、存在意義を見出だし直したんだ。



「今度は、みんなで花火を見に行こう? 千種も犬も、クロームも骸も皆も連れて…───みんなで一緒に花火を見に行こう?」

にっこりと笑った綱吉の顔が向けられる。
じわりと自分の胸に暖かいモノが流れ込んでくるのを、獄寺は感じ取った。



「そのために、必ず帰って来るから───骸もオレも、雲雀さんも…三人一緒に帰って来るから…だから─────」



…─────待ってて。



獄寺が、眉間に皺を作ったまま静かに瞳を閉じた。



「─────はい…」



高鳴る焦りを胸に秘め、大空に忠誠を誓った嵐は静に身を退いた。



∞∞∞




松明に火が点けられた。
炎はぼうぼうと燃え上がり、持っている人間の周辺を明るく照らし上げた。
気のせいだろうか。火に守られているような感覚に陥った。

明りを持って、綱吉と雲雀が山道の入り口で立ち止まる。
そこに数人が見送りに来てくれていた。

「雲雀。 十代目に何かあったら承知しねぇぞ」
「君こそ、何があってもあの結界に触れないでよ。 大事な『導(しるべ)』なんだから」

それだけ互いに言い合うと、雲雀は空に浮いているマーモンを見やった。

「あとはフードの子に聞いて。 大体はこの子に聞けば答えが返ってくるから」

雲雀がくるりと背を向け歩き出すと何も言わずに山の中へ入っていった。その後を、綱吉が慌てて追いかける。

「どうか、ご無事で…───」

ぶわりと吹き抜ける風が生温い。
銀糸をなびかせ、獄寺は山道の出入口。二つの松明が見えなくなるまで見送っていた。

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あきゅろす。
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