隠し神語り
人形の符
雲雀の攻撃に耐え切り、綱吉はがばりと起き上がった。
悠長に「自分頑張った」褒めながら倒れていたい所だったが、獄寺が雲雀に突っ掛かっていくのでそれを止めるのに休んでいられなかった。
今は、いつものように喧嘩している場合ではないのだ。
骸を、『あいつ』から取り戻さないといけないのだ。
『あいつ』から。
誰なのか分からない、『あいつ』から…───。
「っていうか、お前らが悪戯してんじゃねぇのかよ?!」
「え?」
獄寺が声を張り上げ、その対象になったのは黒曜の三人。
山本と了平に手伝ってもらい、倒れてしまったクロームに上着を下に敷いて寝かせていた。
千種も上の制服を脱いで布団の代わりに被せていて、クロームの首からお腹まですっぽり制服で隠れていた。
「何の言いがかりだびょん!!」
「骸なら、これぐらいの悪戯仕組めるって言ってんだよ!」
犬と獄寺の目つき悪い組みが互いを睨みあう。
綱吉の周りにいる連中は気の短い奴はとことん短いので、すぐに喧嘩が勃発してしまう。
何時もの事ながら、山本が持ち前の心の器で止めにかかった。
「やめろって、獄寺。 何か根拠でもあんのかよ?」
「犬…落ち着きなよ…」
その後ろから千種も犬を止め、今度は自分を止めに来た人物に喰いついていく二人。
「何で止めるんらよ?!」
「クローム起きるよ…」
「うっ……そ、そんなこと知るか! 起きるなら早く起きれば良いびょん! っていうか、うるへーんだよ、眼鏡カッパ!!」
そう言いながらプイっと外方を向き、腕を組んで静かな声で呟いた。犬のツンツンは何時もの事なので、千種は簡単にあしらった。
「根拠ならある」
静かに言い放った獄寺は、喧嘩を収めた犬と千種にびしりと指差した。
「てめぇら! 肝試しから帰ってくる度に何かコソコソしてたじゃねぇか!!」
…──────────あ。
綱吉も、そういえばと、二人を見やった。
肝試しから帰ってくる度に、骸は仲間に声をかけていた。
自分達から離れ、何か話しているようだったけど、話の内容は特に気にしていなかった。
仲が良いな、と思って済ませていたから。
仲が良くて、嬉しかったから。
「そう言えば、千種の時もそうだったのな。 骸が千種を呼びに行ってたな…」
山本が思いだしたように呟くと、そうだろ?!と声を張り上げて獄寺が更に言葉を発していく。
「てめぇら、オレ達を驚かそうと思って何か企んでんだろーが!!」
「誰がそんな面倒臭いことするかってんら!!」
「犬と骸様なら楽しんでやりそうだけどね…」
「何言ってんら、この眼鏡!! どっちの味方なんだびょん?!」
犬の脇をすり抜け、千種が獄寺に寄って行く。
無表情で寄って行くので、獄寺が少し顔を引きつらせながら千種を睨みやる。
「てめぇ!何のつもりだ?!」
「……」
しかし、特に何も言い返さず、無言でポケットに手を突っ込んだ千種。
まさか、ヘッジホッグ?!
獄寺が目を見開き、砂埃をあげて後退した。
腰に仕込んだダイナマイトを引っぱり出し、指に挟めるだけ挟めて顔の前で交差した。
「…何やってんだ、獄寺?」
問いかけた山本は、獄寺に疑問の視線を送る。
千種はと言うと、ポケットから手を抜き出して、何かをぶら下げていた。
朱い、お守り袋。
「なんっ…」
「骸様が、持ってろって言ってた…」
「へぇ。 黒曜にも神社あったのな!」
「並盛神社で…手に入れた…」
「そっか!」
『手に入れた』という表現が些か疑問に思えてくるが、千種はそれだけ呟くと近くに居る山本にお守りを差し出した。受け取れの合図だと解釈し、掌を向けるとそこにお守りが落ちて来た。
「中身…開けて…」
「中? 開けていいのか? お守りって、中開けたら効力が無くなるって親父から聞いたぜ?」
「…そうなんだ───でも、大丈夫…もう『使った』後だから…」
ふーん、と呟きながら、山本が白い紐を弾く。飾りのように結ばれた紐を引っ張り口を緩めると、中に白いモノを発見した。
「紙か…?」
取り出そうと指を突っ込み、白い紙を引っぱり出す山本。どうやら二枚あるらしく、二枚とも変な形をしていた。
そこに守護者達が寄って来た。覗き込むようにその紙を見ると、獄寺と雲雀が眉を寄せ、綱吉は顔を青くする。
「これって…─────!」
現れた二枚の変な形をした白い紙。
それらに、黒い色で文字が書かれていた。
いや、『人の形』をした紙に『赤黒い』色で柿本千種と書かれているそれが、上下二つに『両断』されていた。
「この文字のインクって、もしかして血…?!」
直観的に思いついてしまった綱吉は、顔を青くして問いかけた。すると、千種は何でもないようにこくりと頷くのだった。
「骸様が…簡易式ではあるけれどって、オレ達に作らせた…」
「…何か、尋常じゃない雰囲気なのな…」
山本が苦笑いを浮かべて、紙を見下ろした。
千種は呟いた山本に対し、まぁね、と簡単に返す。
しかし、訝しんでいる獄寺はお守りを一瞥して千種を睨みつけた。
「てめぇが切ったんじゃねぇのか?」
「クロームも持ってる…開けて見れば─────」
「その必要は無いね」
口を挟んのは、雲雀だった。
腕を組んでそのお守りを見下ろした。
「てめぇ、雲雀っ───」
「それは『身代りの守』と言ってね。 紙を人の形に切り抜いて自分の血で名前を書いた符に身代りになって貰う『魔除け』のお守りなんだけど───正確には『呪咀除け』かもしれないけどね…」
獄寺が呟かれた台詞に眉間へ皺を寄せた。
さらりと言いのけると山本の掌に乗っている人形の符を摘まみ上げた。それから、お守りに関しては口を掌に向け、中から何か落ちてこないかと振っていた。
しかし何も出てくる様子はなく、雲雀は小さく溜め息を吐いた。
「本当に、よくこんなので成功したね。 失敗したら死んだんじゃないの」
「死んだ〜?!」
綱吉がそう叫んで山本の腕にしがみ付き、顔を腕に押し付けてフルフル頭を振った。その横で獄寺が大丈夫ですよ!と必死に宥める。
そんな三人を放り、雲雀は更に口を紡ぐ。
「本来なら人の形に切り取った『和紙』に血で書いて、お『米十粒』と一緒に一日お香を炊くんだよ。 それをお守りに入れて胸のポケットに入れる─────よくも此処までの工程をぶっ飛ばした揚句、そこら辺の紙で済ませたもんだ」
お見逸れたよ、と呟いて山を睨みやる。
山の何処かに居るであろう骸へ向ける様に。
そこにリボーンがてこてことやって来て、雲雀の前で止まった。
「詳しいな」
「日本人だからね。 日本の事は好きなんだ」
雲雀はさらりと言って、ポケットを漁り始めた。
「でも、どうすれば良いんだろ? リボーン…相手って、本物の幽霊なんだよね…」
「オレに振ってくんな───と言いたい所だが、さっぱりだ。 この手の知識はねぇ」
そうかぁ、と顔を暗くする綱吉に獄寺が、任せてください!と威勢よく言い放った。
「燃やしちまえば、骸ごと発見できますって!」
ダイナマイトを構え、いかにも準備万端な獄寺に綱吉は全力で突っ込んだ。
並盛山を燃されたりした暁には、間違いなく雲雀に殺される。
「それ一番駄目だから! 大惨事どころじゃ済まないから!!」
「まぁ、あながち悪い案ではないけれどね」
え?
獄寺を抑えていた綱吉は、ぐるりと雲雀の方を振り向いた。
雲雀さんが山火事を許可したぁ?!
衝撃を受けている綱吉を余所に、獄寺はきらりと顔を輝かせた。
「珍しく意見が合うじゃねぇか、雲雀」
「だからって、山火事を許可するつもりはないよ───たぶん、出来ないだろうしね」
「んだと?!」
再び突っ掛かっていこうとする獄寺を、山本と綱吉の二人がかりで止める形になる。
放してください!と怒鳴り上げるが、綱吉は止めて!と獄寺を抑え続けた。
「てめぇ!オレが作ったダイナマイトが信用できねぇってのか?!」
「さぁ? その技術力ならむしろ世界に売り出せるんじゃない」
「はぁ?!」
雲雀は獄寺へさらりと言ってのけると、くるりと背を向けた。後ろからガミガミ言ってくる獄寺を気にせず手を突っ込んでいたポケットから黒い携帯電話を取り出し、ボタンを操作する。
誰かに電話をするのか、耳を当てた途端に口を開いた。
「草壁、並盛山に松明持ってきて五分以内」
ぴっ。
ちょっと待って、雲雀さん!
用件短すぎるよ?!
ってか、今、呼び出しコールの時間なしで喋りださなかった?!
「何か策があるのか? 雲雀?」
リボーンが再び雲雀の足元で呟いた。小柄な体格である雲雀でも、赤ん坊サイズの家庭教師は顔を思いっきり上向けなければ顔は見えなかった。
「さぁね。 僕でも分からないよ…───だからと言って、僕が六道骸に負けたまま引き下がるつもりはない…」
鋭い瞳が山を睨みつける。
じわじわと静かな怒りがあふれ出ているのを、リボーンは感じ取った。
雲雀の奴…本気で怒ってんな…。
何時もは怒りなどストレートかつトンファーに込めて表す雲雀。
彼がこんなに静かに怒りを示すのは本当に珍しい。
こいつの骸に対する執着は、本物だ。
「おい、マーモン。 お前も手伝ってくれ───この手はお前の方が詳しいだろ」
「追加料金貰うよ」
「好きな額だけくれてやる」
「了解」
マーモンがふわりと舞い上がり、雲雀の元に近寄って行く。
「何?」
「正式な手伝いを要請されんだ」
「僕には関係ないね」
「そうだね。君には関係ないさ。でも、『六道骸』には関係あるだろ?」
ピクリと雲雀がマーモンを睨みつける。
マーモンはくすりと笑って、雲雀の頭の上に座り込んだ。
「ちょっと、座らないでくれる」
「頭痛いだろうけど、我慢してよ─────君の基礎知識を頂きたいんでね」
「何言って…───── ?!」
雲雀が頭を押さえてふらりとよろめいた。
脳ミソを何かにがしりと掴まれたような感覚。
頭が、ぼやける。
しばらくして痛みになれた雲雀は怒りに目を煌めかせ、頭に座っているマーモンへ手を伸ばした。
しかし、擦り抜けるようにマーモンはふわりと舞い上がることで、雲雀から逃れた。
「殺すよ…」
「…君、よく僕を掴む気になったね───さすがは『戦闘狂』だよ。 大の大人でも地に這いつくばって悶え痛むのにさ…」
割れそうな痛みに顔を歪めながら雲雀は浮いているマーモンを睨み付ける。
そして、その様を笑うように、マーモンは口を微笑ませた。
「松明の他に用意するものがあるだろう? 君は『陣』を書いてなよ。 他に必要なモノは僕が持ってこよう」
頭に乗っていた蛙が皮を突き破って白き蛇が空に昇る。それからマーモンの頭上でくるりと輪を描くと、尻尾を口でくわえてリングになった。
「行って来るよ───せいぜいお手並み拝見させてもらうからね」
藍の霧に姿をくらませてぶれる。そして、雲雀の耳元を掠めて飛んでいくと、何かが弾けた様にその霧がぱぁんと空中に霧散した。
雲雀は未だ残る痛みに耐えながら、散る霧を睨みつけて小さく舌打ちするだけだった。
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