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捜し物語り
隠蔽
看護師が顔を歪めて、目を恐怖に見開いた。

「何で、貴方が『それ』を持ってるの?!」

看護師は林檎を弾き飛ばし、了平の抱いている『あの人形』に向かって真っ直ぐ手を伸ばした。

「放しなさい!それを、今すぐ捨てるの!!」

車椅子ががたりと倒れた。
林檎が床に、ベッドに転がる。
山本がそれに反応し、看護師を後ろから歯がい締めた。

「おっと、たんま?」
「落ち着いて下さい!」
「離して!離してぇええ!!」

目を剥きだして、人形に向かってそのまま手を伸ばしたままだった。
その力はとても強いようで、山本が踏ん張ってもジリジリとその人形に近づいて行く。

「駄目なの!それを捨ててぇ!捨てるのぉおおっ!!捨てないと、また!またぁああっ!!」

空気が狂う。
冷気が立ち込める。
全身が泡立った。
山本を除く三人は看護師に釘づけになった。

その異常に。
その執着に。
その『悲痛』に。

何よりも肌で感じ取れるのは、見て分かるのは、その看護師から放たれる『悲しみ』なのだ。

悔しさの滲む、『悲しみ』。



「だ、駄目だっ!それは、できんっ!」



了平はそれを遠ざけた。

「これは『かいい』と約束したものなのだ!捨ててしまっては約束を破る事になっていまう!それだけは出来んのだ!!」

しかし看護師も引き下がらなかった。
山本が顔を歪める程の力を込めていく。
実質考えれば、『暴力団を片付けた程の実力の持ち主の力』を超えている事に他ならない。

筋力が衰え始めているであろう四十代半ばに見える看護師がだ。

綱吉は更なる異常をこの看護師に感じ取った。

何でこんなムキになってんだ?!
それよりもこの人、何でこの人形が『危ない』って知ってるんだ?!

「山本!気絶させるぞ!!」

声を張り上げた獄寺は山本が羽交い締めている看護師に飛びかかった。
流石にその衝撃には耐えきれなかったのか、獄寺の掛け声とともに拘束を解かれた看護師は獄寺と共にぶっ飛んだ。

「離して!駄目ぇ!!嫌なの、嫌なの嫌なの嫌なの!!もうあんな死に方して欲しくないの!死なないで欲しいの!!離して、離してぇええっ!」
「この…女っ…!!どわっ!!」

看護師が獄寺の体を押しのけた。

山本が刀を握る。

看護師が立ち上がる。

看護師が了平を視界に納める。

山本が構える。

看護師が人形を見つける。

山本が床を蹴った。

看護師が手を伸ばす。

看護師が走り出す。

看護師が風を感じた。



「うっ…」



山本が床に手をついて看護師の後ろにいた。
その姿は『峰打ち』。

立ち上がった看護師は一瞬だけ反り返って、ゆっくり前へ体を倒していった。
それでも、その目はずっと人形を映していた。

傾きながら、瞼を落としながら。



「だ…めぇっ……!」



「とぉ…」

綱吉も漸く動いた身体で看護師を抱いた。
本当に気絶しているせいで、全体重が伸しかかって来る。

「十代目!」

獄寺はすぐさま綱吉に駆け寄って来た。

「獄寺君、車椅子こっち向けて」
「わかりました!」

獄寺は横転していた車椅子を起こし、座らせやすい位置に持っていく。そこへ綱吉は気絶した看護師を座らせた。
表情を伺ってみたが、本当にただ気絶しているだけのようだった。
今更だが、げっそりしているような気がした。

「この女…なんつー馬鹿力だ…」
「すげぇ…オレなんかヘトヘトだぜ…」

山本が溜め息を吐いて戻って来た。
時雨金時が竹刀に戻る。

「十代目、大丈夫ですか?」
「オレは何もしてないよ。寧ろ、獄寺君と山本のコンビプレーの方が凄かったよ?大丈夫?思いっきり突き飛ばされてたし、山本なんか押さえつけてる間苦しそうだったし…」

獄寺と山本を交互に見やる。
すると二人ともにっこり笑って大丈夫だと言い張った。

「看護師さんって、あんなに力あるのな!」
「全く、手古摺(てこず)らせやがって…」

各々看護師に対して違う感想を述べる。
大丈夫そうだ、と安堵する。
綱吉はもう一度車椅子でぐったりしている看護師を見やった。
ネームプレートには『石崎』と書いてある。
車椅子に倒れている彼女。
あまりにもその姿は『普通』だった。
先程のやり取りが嘘かのように穏やかな寝顔を浮かべていた。

「十代目…どうします?この女?多分、あの悲鳴の後です。すぐ他の奴ら来ますよ」

獄寺が送って来る視線。
それはきっと自分の解答を『知っている』。

「この人は『何か』知ってる。この人から聞けるだけ聞きたいんだ…きっと、この人がぐったりしてる所見たら連れてかれちゃうし、帰るように言われちゃうよね?だから…―――――」



そして、答えも決まり『きっている』。



「この人を『隠して』、目が覚めたら『聞きだそう』」



ばたばた足音が聞こえて来た。
綱吉と山本、了平が弾かれたようにドアを見つめた。

「やばい、来る!」
「山本!時雨金時で素ぶりしろ!」
「へ?!」

山本は突然出された指示に声を裏返す。

「いいから、言う事聞け!それと、オレがてめぇを睨んだら『ものすごく赤いのが見たい』って笑って言え」
「え?赤?」

山本を無視して獄寺は次にこちらを見て来た。

「十代目!その女が見えない様に、窓側のベットの隙間に倒して下さい!それと芝生は喋るな!寧ろ横になれ!」
「分かった!」
「何故だ!?」

綱吉と了平は同時に声を放った。
石崎を椅子から卸し、ベッドの横へ引きずって行く。

「てめぇは嘘吐くのヘタだろうーが!」
「そんな事はないっ!」
「お兄さん!今は獄寺君の言う事を聞いて下さい!」

うっと、了平が詰まった。

「もしかしたら、人形のパーツを見つけるヒントになるかもしれません!だから、お願いします!」

ベッドの下から了平を見上げた。
了平の顔が、少し悔しそうに歪んだ。

一間の沈黙。
一間の睨み合い。

了平が、滲んだ汗と共に歯を強く噛んだ。



「分かった、寝る!」



ばふんと布団をかぶり、了平は潜り込んでしまった。
綱吉は頭が壁に着くまで石崎を引っ張り、念のため身を縮込ませるように身体を折り曲げた。

その瞬間だった。

がらがら、と病室のドアが開いた。



∞∞∞



看護師らしき人間が数名やって来た。
多分血相変えているだろう。
履いているモノが違う所を見ると、女の人が二人、男の人が一人で来たみたいだ。
綱吉はベッドの下からあちらを観察する事にした。
でもよく見えないので静かに静かにベッドの横を移動し、車椅子の足置きをずらした。頭をその隙間に突っ込むと、すっぽり入って車輪から外の風景が見える。

「何があったんです?!」
「あぁん?何があっただぁ?」

睨みを効かせて獄寺が口に煙草を加えた。

「アホかお前等!刀振り回されただけでビビってんじゃねぇよ!」
「刀振り回すって…───」

いや!
ビビらない方が凄いと思う!

横で山本が時雨金時を握って、素振りしている。
獄寺が山本を睨みつけたのだろう。首が少しだけ動いた。その視線に気づいて山本はポリポリと頬を掻いた。
それから素振りをやめて看護師達を見た。

「確か…『何か、赤いのが物凄く見たい』のな!」

山本!少しだけ台詞間違えてる!!

それにしても、山本の性格を考えれば笑顔と言っていることが見事に噛み合っていなかった。
しかし、看護師達の中では見事にマッチしたのか、ひっ、と声を絞りだす。

「もしかして、石崎が悲鳴を上げたのは…!」
「あぁ?尻尾巻いて逃げた看護師か?丁度良い。八時には帰るんだが、それまで『付き合え』や」

獄寺は懐からダイナマイトを取り出し、山本が刀を肩に担いだ。
多分、ノリだ。

そして、獄寺は言葉を爆弾に変えて投下する。



「とりあえず、『的』になれ」



やばい!
本気じゃないの知ってるけど、めちゃめちゃ物騒な事言ってる!!

獄寺は静かに歩み寄ると看護師に一人混じっている男の胸ぐらを掴み上げた。
その瞬間に、後ろに居た女性の看護師達は逃げ出していた。

「な…ぁ……!」
「てめぇ、付き合ってくれねーかぁ?なぁ?」
「や、やめろ!助けてく───」

男性の看護師が振り向いた。
それで固まった。
多分、助けを求めたつもりなんだろうなぁ。

誰も居ないけど。

辛いよなぁ、この瞬間って。

よくリボーンにそう言う状況を作らされるので、その男の看護師の気持ちが痛いほど分かった。

「なっ!ちょっと待───!」
「あん?待てだぁ?何で待つ必要があんだぁ?ジュースでも持って来てくれんのかぁ?!」

さりげなくカツアゲ?!
やってる事ヤクザなのに、要求内容子供っぽい!!

「は、はい!そうです!持ってきます!!」
「じゃあ売店の商品片っ端から持ってこい。あと寒ーから毛布もな」
「分かりました!!」
「あ、それじゃあ、コップも持って来てくれるか?牛乳飲みたいんだ!」

山本ぉおおお?!
まさか見舞品の牛乳一本空かす気ぃ?!

「分かりました!只今持ってきますっ!!」

そう言うと、看護師は一目散に逃げ去って行った。
しばし沈黙の後、綱吉はひょっこりと顔を出した。

「獄寺君…?」
「はい、何でしょう?!」

とてもにこやかに笑顔を浮かべている。
きっと、あの看護師が見た表情とは全く正反対なんだろうなと本気で思った。



「本当に、ありがとう…」



たった一瞬であんな的確な指示が出せるなんて凄かった。
多分あれだけのマフィアらしい脅しがあれば、ジュースやお菓子もタダで持って来た後は来なさそうだ。
それに、『寒いから毛布』なんて『夏場でありえない』発言だ。

だって、夏は『暑い』んだから。

「オレ一人じゃ出来なかったし、石崎さんの事も考えてくれたんだよね?」

喜びに満ちていく表情を浮かべる獄寺。感極まったのか頬が赤くなって、瞳が潤んだ。

「なんて勿体ないお言葉…───!オレ!この日を一生忘れませんっ!」

獄寺は拳を握りしめて身体を震わせた。それから綱吉の両手を握って満面の笑みを浮かべた。

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あきゅろす。
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