ぷよぷよフィーバチュー
貸し出し受け付け
全体的に緑色をした館長室は本も物品も置けるだけ置かれ、詰められるだけ詰められ犇めきあっていた。棚という棚に隙間なく置かれた石盤や道具、本棚には綺麗に並べてられてい狭苦しい。
中でもやたら幅を取っているのは赤紫色をした棺だ。狭い館長室にどすんと居座っていて、壊れているのか開けようとしてもビクともしない。奥にある給湯室を阻むように横向きで置かれている。
エストはそこでも比較的に広くなっている客人用のソファーにルークを座らせた。
すると直ぐに館長が開けっ放しのドアから首だけでやってきた。
「飲み物、出すま…」
「はい!」
「紅茶…」
ぬいぐるみの身体をしているくせに人間のように食べたり飲んだりする館長。エストは最初は不思議に思いながら紅茶を煎れていたが、どうやら味覚もしっかり有るらしくあのスロー口調で『不味い…』と言ってきやがって腹立った。しかし、煎れ続けていると最近は『まぁまぁ』と言ってくれるようになった。
執事とは違うのでそれ以上腕を上げる気はないが、不味いとは言われずに済んだのでよしとした。
「私にも紅茶を頼む」
「はい!」
先程より明らかに意気のいい声で返して、さらに奥へ進むとある給湯室、棺を跨いで向かうのだった。
ZUX
貸し出し手続きを急ピッチで終えていく。それはもう八つ当りするように、というより八つ当たり。
かりかりかり、と鉛筆を滑らせる音は尋常じゃない。
かりかりかり、
「次の人…」
─────尋常じゃない。
かりかりかり、
「次の人」
─────尋常じゃない。
かりかりかり、
「次…!」
─────尋常じゃない。
かりかりかり、
「次!」
尋常じゃなかった。
「次ぎぃいいっ!!」
十秒で五人をあっさり片付け、並んでいたプリンプの学生達を片っ端から片付けていった。
「あの野郎ぉ…───っ!」
ぱきん。
怒りがエストの握力に力を貸して鉛筆をへし折った。
「くそぅ!マジで腹立つな…!あの野郎ぅっ!!」
煎れた紅茶に対し、有りったけの文句を付けられた。香りがないだの苦いだの、自分にはよく分からない領域で文句を付けられた。
「オレはっ!てめぇの執事じゃねぇっ!!」
吐き出された暴言の前に人が居ないことを良い事に、悪鬼の表情を浮かべていた。
彼が放っている空気は尋常ではなく、ゆらゆらと炎が背中から見えるようだった。顔をカウンターに伏せて沸々と沸き上がる怒りに悶えていた。
「どうしたんだなぁ?」
「あぁん…?」
声をかけられて睨み上げてしまった。まん丸と表現して間違いない巨体がカウンター越しからこちらを怯えた様子で見下ろしていた。
あ、と自分が浮かべていた表情に気付き、できうる限りの愛想笑いへと変貌させたつもりだが、当然苦笑いでしかなかった。
「あ…あはは……ごめんごめん。ちょっとさっき色々あって苛立ってたんだ!タルタルに怒ってたつもり無いんだ、本当だから!」
小声で言い放つ。
タルタルは小さな瞳を二、三度瞬かせると、ほっと一息吐いた。
「よかったんだなぁ…今、エストがスゴく怖かったんだなぁ…」
そのゆっくりとした低い声からも伝わる自分の顔の恐ろしさに、エストはさらに顔を引きつらせるのだった。
黄色の大きいボタンに青いスーツにパンツ、一昔の帽子。真っ赤なネクタイが締められていて、そこに校章が付けられている。
穏やかな性格は趣味にも現われていて、彼はプリンプ魔道学園の庭という庭の花の面倒見ている。
クランデスターンの屋敷にも誰が育てているのか知らないけれど花が咲いているが、タルタルの育てている花は生き生きと咲いて綺麗だった。
普段ゆっくりした口調からは想像できないが怒るとものすごく怖い。普段は滅多に怒らないが、草木を傷つけられると物凄く怒るのだ。
一年生の時に花壇を踏み荒らされていた事があった。犯人が分からない間、彼は物凄く怒っていた。連日に渡って起きていた所為で今にも魔力が暴発しそうなほど怒りに震えていた。犯人が犬だと分かると大地を揺らすほどの魔力を使おうとし始めた。それを先生や他の生徒達が必死になだめて怒りを鎮めたが、その怒りが犯人である犬にも伝わったらしく、その日から花を荒らすことは無くなり、あまつタルタルを避けるようになった。
彼の完全圧勝と言っても良い。これが、普段怒らない人間が怒ると怖いという説の実証である。
タルタルが持っていた本は昨日アミティに貸した絵本の原作だった。
「アミティが面白いって言ってたんだなぁ」
「あぁ。面白いよ?僕も読んだことがあるからさ、アミティにも薦めてみたんだ」
「そうだったんだなぁ」
タルタルはうんうんと頷いた。
「そう言えば、昨日ラフィーナが凄く怒ってお前の事、探してたんだなぁ」
「あぁ…あの話…」
視線を逸らして顔を引きつらせた。
昨日の怖いラフィーナを思い出して、身体の中から冷えきった。
「で、どんな話だったんだな?」
「え?」
顔がずんっと近づいてきて、思わず体を引いた。今のタルタルから小さく怒りが滲み出ている。あの花壇事件とは比べ物にならないほど地味だが、下手に怒らせるのはよくない事は見ていて知っていた。
「あ、あぁ…あれ?話って言うか、ラフィーナの勘違いで…寧ろ僕はぷよ勝負吹っかけられそうになったよ…?」
「そっかぁ。よぉかったんだなぁ」
本当に安堵したような声が零れ落ちて、当てられていた怒りがすっと引いてタルタルもカウンターの奥に戻ってくれた。
「ラフィーナに何かあったら怒ってたんだなぁ〜」
安堵に花を飛ばしながら、とてつもなく物騒な事を言ってくれた。
先程から愛想笑いを浮かべていると信じていたエストだったが、苦笑いが更に引きつってもう笑っているとは言えなかった。歪んでいると言って正解だろう。
「あぁ…うん。本当に何もなくて良かったよ」
心の底から本気で思っていた。
すると、図書室のドアが開け放たれる。
そこから例のピンク髪の御令嬢が現れた。
「やはり居ましたのね、エスト!」
エストを見つけて顔を明るくするラフィーナ。かつかつと寄って来るとカウンターに手を打ち付けた。横で放たれる殺気に身体がじくじく突き刺さる。
「エスト!クルーク見ませんでした?」
「あの〜。館内では静かにしていただけませんか?それと、彼は今自宅で読書感想文に噛みついているみたいだよ」
「あらそう!家に乗り込めば居るってことね?」
「うんまぁ…そう言う事だよね」
視線を逸らし顔を逸らし、クルークにご冥福を祈った。
「自分で探し回る前にエストの所に来て正解でしたわね!」
「あ〜。これからそんな理由で来ないで貰えます?館内でのぷよ勝負に発展しかねないので」
ただいま自分の真横に居る人間から勝負を挑まれそうで、という本音は隠して。
「あら?私まだあなたとのぷよ勝負は諦めていませんのよ」
「うぇえ?!まだぁ?!」
悪びれもなくくすりと笑うラフィーナはびしりとエストに指をさした。
「むしろ、今から勝負なさい!」
「全力で遠慮します!!っていうか、何でそんなにぷよ勝負したいんですか?!」
問い返すと、ラフィーナは眉を吊り上げて、こちらをじっと睨んだ。
「当然!私がクラスで一位だと証明する為ですわ!」
「え?トップクラス…っていうか、一位じゃないの?みんなそう言ってるじゃん」
「何言ってますの?貴方が邪魔しているのよ?!」
「はいぃいい?!」
とんだ衝撃発言を受けて再び声を張り上げた。図書室だと言う事をお構いなしにだ。
「貴方!自分で興味無いようにわざと演技しているのでしょう?自分の事をクールに見せたいんだかどうか知りませんが、そんなの私にはバレバレですわ!」
「何の話だ何の話だ。僕はそんな優秀じゃないぞ!」
「すっとボケてんじゃありませんわ!それを先生がしっかり証明していますのよ!成績表で!!」
「あれ?成績表…?成績表って…―――――」
エストが首を傾げた途端、ラフィーナの顔が引きつった。
学校側では成績の開示は行っていない。何故ならば生徒間で下手な争いを防ぐためである。今回のラフィーナの様にぷよ勝負を挑む者が現れ、万が一大怪我でもしたら学校沙汰になるからだ。だとしたら、とエストはにたりと笑った。
「あぁ成程。学校側に『ネズミ』が居るんだな?」
どうやら優しく優しく比喩した意味が分かったらしく、エストが浮かべた笑顔にラフィーナは詰まった声を出した。それから小さく青筋を浮かべると腕を組んだ。
「良いよ良いよ。これからぷよ勝負するなんて言わなければ。約束するよ」
「…っ!人の足元見やがって…ですわぁ…!」
「勝負を挑もうとするからだよ…でも、良い情報は貰った」
にっこり笑って、そのままタルタルへと視線を向けた。
「タルタル。ラフィーナは凄く暇そうだ。一緒にクルークの所に行ってあげると良いよ」
「はぁ?!」「ぬぉ?!」
どちらも驚いたように声を張り上げる。本当に冗談じゃないと、本当にそんな事して良いのかと、そこに込められた感情は違っているが当然エストが気にする範囲では無い。
「ほら?ルークが逃げないように手伝う人間は必要だよ。昨日ラフィーナはクルークに騙されたみたいだからね」
再び横で怒気を浴びるがさっきとは違う方へ向けられた。エストは内心で助かったと思いながら再びカウンターに向き直った。
「それじゃあ、本の貸し出し手続きするから」
底抜けに嬉しそうな笑顔を浮かべているタルタルから本を受け取ると、さっさと貸し出し受付を終える。横でラフィーナが静かに怒っているが、彼女もまたエストへ下手に攻撃できないのを歯痒そうに睨んでいた。
受付がすぐ終わると、ラフィーナがさっさと先を行き、その後ろへ嬉しそうについていくタルタル。最後にラフィーナから一睨み受けたが、エストは手を振りながら、にこやかな笑顔を浮かべて見送ってい。
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