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ぷよぷよフィーバチュー
封印の本
変態疑惑も晴れてエストは館長の手伝いに勤しむ事が出来るようになった。
実に簡潔に謝罪してきたが、実際は相当反省していたらしくラフィーナは率先してエストの手伝いをしてくれた。それにしても、それを見せないような声は寧ろ女優級だと本気で思った。
しかもリデルまで手伝ってくれた。自分が最後まで言わなかったから勘違いを起こして、という理由でだ。
脚立の上で高い位置にある本を並べているエストに話しかける。
利用者の殆どは高い所から持って行った本は戻すのが面倒くさくてそこら辺の棚に突っ込んで帰ってしまう。その仕事を大体エストが請け負っている形だった。
今回はラフィーナを脚立の上に載せて、そこへ本を持って行く作業を繰り返す。

「貴方、この手伝いはよくしているの?」
「うん。館長さんに手伝わせて貰ってるんだ。簡単なバイトだよ」
「あら?自分で小遣い稼ぎをしているのね?」
「ん〜…どっちかって言うと生活費」
「生活費?」

本を手渡すと、カンカンと金属を蹴るような音が響を響かせて床に降り立った。

「一人暮らしをしていてね。自分で稼いでるんだ」
「あら?プリンプの魔道学校に通うためにわざわざこちらまで来たのかしら?」
「うん…まぁ、そう言う事」

下ではリデルが静かに本を片付けて回っている。
高い所は苦手そうなので頼んでみたが、思ったよりてきぱきと仕事をこなしてくれていた。
他の本を取りに行くべく本棚に囲まれた通路を抜けて、大きな広間にやって来る。
と、また変なのが居た。

「やぁ。やっぱり此処に居たんだね?本の虫君?」
「えっと…放課後の…」

メガネを煌めかせてにやりと嗤う。
紅い本を持った、紫装束の見かけ倒し優等生。

「何か用か?ちょっと忙しいんだけど」
「忙しい?本を読んでるだけだろ?」
「今バイト中だ…―――あ、でもラフィーナとか手伝ってくれてるから、今日の分は無いかもな」
「ラフィーナが手伝ってるって?」

驚いたような口調で向き直って来た少年に、エストはテーブルの上に乗せておいた本を持ち上げた。

「うん。何か、勘違いした所為で大変な目に合わせたからって、そのお礼だって。後でクルークとかいう奴、ボコるって張り切ってたけど知ってる?」
「何だって?」

じとっとこちらを睨みつけてきて、少年は不機嫌そうな顔を全開にする。
怒っているような顔だが、何故そんなに怒っているのかが分からない。そういえば、ラフィーナが手伝っている事に随分驚いていたが、彼女とは知り合いなのだろうか。もしかしたら、クルークと言う奴も知っているかもしれない…?
とそこまで考えて、エストの脳裏に過った予感に顔を青くした。

「あれ?えっと…もしかして、クルークさん…?」
「今更気付いたのか!!」

おでこがつるんと光り、青筋が浮かんだ。わなわなと震えだしたクルークの顔が少し黒い気がする。

「僕を知らないなんて、君は馬鹿かい?!」
「あー。歴史以外はそれを認めるけど、此処は館内だから静かにして。あと、ラフィーナ凄い怒ってたから、見つかったら殺されるかも…」

思い出すあの黒い笑みを浮かべたラフィーナ。その顔は鬼みたいだった。怖すぎてリデルは涙を浮かべ、自分も身震いするほどだった。本気で怒らせちゃいけない人間だと思わされたし、実は喧嘩を売られるような人間になってもいけないんだと実感させられた。

「そういえば、本でも捜しに来たの?五連休に読書感想文書けとかって言ってたよね?」

そう。そもそも、館長が首を飛ばしてまでアコール先生宛てに伝えたかった『言伝』の内容だった。
五連休中に本を読ませて貰えないだろうか。
本の整理をするのに、協力して欲しいという話だった。
プリンプの学生は数百名いるので、一人一冊でも借りてくれれば少しだけ本の整理もしやすくなるし、次仕入れる本の参考にもなるという。アコール先生にそう言ってくれれば大体通るらしい。そして館長の思惑通り、図書館にはちらほら学生の姿が見受けられた。

「あ。でもその本、延長してまで借りてるんだっけ?もし良かったら、次その本見せてよ?」
「いいよ、勿論さ!」

やけに明るい口調でクルークは本を手渡してきた。
にっこりと笑っている顔が怪しいと考えてしまう。
そしてその本を受け取ると、体の中で『ぞくん』と何かが『跳ねた』。

「…?」

気のせいだろうか、一瞬だけこの本から『魔力』のようなものを感じ取った。
それは冷たい想いが渦巻く、暗い想いが蠢く。寂しい想いが犇めく。

「さっきだけの話で理解できなかったと思うからもう一度説明するけど、本の虫である君は嘘を吐いている!」
「ごめん。本の内容の方が知りたいな」
「そんなのは後で読めばいい!この本は、僕がずっと延長貸し出しを続けていたダークな本なんだ!その本の中身を全て読み切った!」
普通、本は読み切って楽しいものだと思うんだけど。

自分の世界に入ったら最後なのは放課後見ていたので止め、エストは本を開いた。しかし、バタンと違う方から本を閉じられる。

「本当に君は本の虫なんだな。人の話は最後まで聞くものだろう?さっきもそうだ!!人の話を最後まで聞かないで―――――」
「ちっ…」

どうやら今回は周りが見えているようで、逃避するのは無理らしい。
ならば、と放課後の話を所々思い出して省く戦法に切り替える。

「で、学者魂に火が着いちゃって、本の中身を実験してみたんだよね?そしたら、アミティが何かやらかしたんだっけ?」
「なんだ、ちゃんと聞いてるじゃないか!」
「聞いてるよ。(ある程度はね)」

大事な箇所だけを摘まみ出すとクルークはウキウキとした様子で指を差して来た。

「その実験に必要なのはね!太陽のしおりと、星のランタン。さらに、月の石が必要なんだよ!」
「…うん。それが?」

本の素晴らしさを伝えてくれるのだとばかり思っていたエストは、いきなり道具の名前を出されて首を傾げる。しかし、クルークはだから!とエストを指さして来た。

「僕は、君にも是非実験して欲しいんだ!そう、僕がアミティに邪魔されて失敗してしまったから、君に後を継いでもらいたいんだ!!」

何処かのくたばりかけな学者の台詞みたいだった。
受け取った本をまじまじと見やる。

「それは凄い本なんだ!持っているだけで魔力は強くなるし、実験を成功させれば偉大な力を手に入れられるんだ!」
「あー。興味ない」
「え?」

ついぽろりと言ってしまったが、素っ頓狂な声をあげてクルークがこちらを見てきた。どうやら相手の様子が伺える時はちゃんと自分の話もちゃんと聞こえるらしい。

「僕が興味あるのは本の中身だけだから。確かに、この本には不思議な力が感じられるし、気の所為か自分の体に入り込んできてるよね」

クルークは口をぽかんと開けてこちらをぼーっと見ている。

「だからって実験しようとか思わないかな。魔力とかそんなに要らないし、強くなろうとか思わないから。因みに偉大な力ってどんな力?死者でも蘇らせたりできるの?」
「…で、できるさ!」

クルーク喉から詰まった声を思いっきり吐きだす。

「それぐらい!!この本はそれだけ凄い力が…―――」
「じゃあやっぱり、僕には『興味ない』かな」

静かに吐き捨て、エストはその本を手に取り直す。
そしてクルークに差し出した。

「返すよ、やっぱり」

さらっと、エストは断った。

「強くなりたいなら内側を磨きなよ。どんなに弱くても諦めなければそれは必ず『強さ』に繋がるから。僕はそう言うのに興味ないけど、こんな本に頼らなくたってクルークの学者魂なら…―――」



「黙れっ!!」



しんとしていた図書室に、クルークの怒鳴り声が思いっきり響いた。語尾が何度も反響して辺りに広がる。

「そんなの弱い奴の言い訳だ!負け惜しみだ!!強くなる努力を怠った、弱虫のやる事だ!!」

クルークはこちらを睨んできた。その瞳に憎らしさが秘められている。いや、憎らしいとはまた違う感情。それよりも『深い』。
その瞳をエストはさして気にする風でもなく、ごめんと謝った。

「怒らせるような事言ったのは謝るよ。本当にごめん。君は僕の事を真剣に考えて進めてくれたんだったよね?」
「黙れって!!」

再び張り上げられた声に、エストは辺りを見回した。
誰もがこちらを見ているが、クルークは気付いていないようでわなわなと体を震わせていた。エストは頭をどうしたものか、とポリポリ掻いていると靴音が近寄って来た。

「あら、クルークじゃない…」

それはとてもとても低い声だった。
明らかにクルークに向けられた殺気を、エストが直に受け取って戦慄を呼ぶ。
カタカタと振り向き、鬼の形相でも浮かべているであろう声の主に向けた。

「あ…ラフィーナ……やっほぉ…」

気軽に声をかけたがラフィーナの表情は全く変わっておらず、ただクルークだけに怒りの視線を送りつける。

「貴方、私にデマを握らせて…ただで済むと思っていますの?」

肌から感じ取る殺気は尋常じゃないと脳内で訴えかけた。
自分に向けられている訳でもないのに逃げろと警鐘を叩き続けた。
ラフィーナの静かなる怒りが、温かい図書室を冷やし、体の芯を冷やし、つま先さえも冷やす。氷点下は零度、あきらかに冷蔵庫より寒いこの状況。

「えっと…あの……」
「邪魔すんじゃないですわよ…クルークと纏めてしばきますわよ…」
「それも凄い勘弁…」

張り付いた苦笑いは引きつり青さを増す。
ヒシヒシと殺気を身体に受けて虫に刺されたような感覚に陥る。
しかし、エストは課せられている使命感に突き動かされて、体が口を開く。

「あの…お二人様?」
「何…?」

クルークとラフィーナに問いかけた筈だったが、ラフィーナだけがクルークへ向けていた殺気をこちらにも向けてきた。
お嬢様なぞの表情は一片たりとも見えなくなってしまったその顔に、エストはこほんと咳を払ってにっこりと微笑んだ。

「館内でのぷよ勝負は他のお客様に大変ご迷惑となりますので、随時お引き取り願います…」

これが、博物館という一つの法律だ。
静かにしなくてはならないと言う暗黙の了解が行使されて、暴れたい人間を自然と外へ排出する。逆に静かにしていると言うの掟は拘束具となって相手を絡め取る。その法律をエストは使ってのけた。
長く此処に居るから出来る事。そして、此処に居る事の意味を理解しているからこそ出来る事だった。
ラフィーナは苛立ちに思いながらも納得してくれたらしく、顔をクルークに向け直して、ふん、と鼻から息を吐きだした。それから腕を組み、怒りの上から無理矢理笑顔を張り付けた。

「ではクルーク?外に出ましょうか?」

しかし、クルークは俯いたままブツブツと何かを呟いている。

「聞いてますの?クルーク?」
ブツブツブツ。

「クルーク?」
ブツブツブツ。

ラフィーナの血管がくっきりと浮き出てきた。

「クルーク…―――」
「やっほぉ!来たよ〜!!」

空気読めずにドアが盛大に開け放たれた。
振り向いて見ると、そこには赤ぷよ帽子のアミティが肩腕を大きく上げていた。
しばし沈黙の後、アミティは辺りをきょろきょろと見回して、可愛らしく苦笑いを浮かべた。

「ごっ、ごめんなさぃ…!」

アミティは自分を見てきた人達にペコペコと謝りながら、エストに歩み寄って来た。

「ねぇねぇ。頼んでた絵本の事なんだけど…」
「・・・あ、ごめん。まだ探してなかった」

エストは簡単に謝ると、ラフィーナの前に躍り出てクルークが見えないように背中で隠す。下手に目が合ってアミティも乱入するなんて事を言い出しそうだ。この子は暇だからぷよ勝負しようと言いだす子だと個人的に認識している。

「じゃ、みんなで探そうよ!」
「残念ね。私、これからクルークと博物館の外でぷよ勝負しますの」
「え〜!良いなぁ〜。私もやりたぁ〜い!」

駄々をこねるように頬をぷくりと膨らませるアミティ。
先程までの空気とはうって変わって、温かな図書室が戻って来て爽やかな風が肌を撫でる。

「で?クルークとは待ち合わせなの?」
「え?」「は?」

突然アミティがそう声をかけてきて、エストとラフィーナは同時に疑問詞を口にした。

「何言ってますのアミティ?後ろに居るでしょう?」
「え?居ないよ?」
「え?」「は?」

再び同じタイミング、同じ疑問詞を吐きだして、二人は同時に後ろを振りかえった。
すると、ラフィーナが怒りを向けていた対象人物―――――クルークが忽然と姿を消していた。
ただ眼前に広がっているのは開け放たれた窓から入って来る風に、深紅のカーテンがゆらゆらと揺れていたのだった。

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