[携帯モード] [URL送信]

ぷよぷよフィーバチュー
解決
プリサイス博物館に無事着いたエストは、観音開きのドアを開け放つと広大なエントランスが現れた。高貴な雰囲気漂う赤い絨毯は真正面の階段と一面に広がっており、手摺りや家具類は基本的木造で温かみがある。ライトも優しい光で、本を読むエストには絶好の場所だった。
真正面に階段があって、それは資料室、美術室へ続いている。右を曲がると体験室と言って、音楽を聞けたりとかする部屋だ。左が館長室でエストは来る度に顔を出しに行っている。因みに、書庫は階段で見えないだけで真正面だ。
日課の館長への顔出しをするべく、直ぐ右にある木の台に置かれている入館者記入欄に時刻を書き込んだ。

「クマ…エストかクマ…」
「あれ、館長さん?」

館長室に向かおうと振り向くと、ちょっと怖い顔をしたクマさん───名を『あくま』という動くぬいぐるみさんがいた。
四つんばいだが別に地上に足をついているわけでもない。宙に浮いてふよふよと佇んでいる。

「…中、お前の知り合い、待ってるま…」
「学校の子?」
「…そうま…」

ゆったりと言うよりはノロノロとした口調で喋るあくまは静かに目を閉じた。

「誰だろ…」

呟いて、エストはありがとうと、にっこり微笑んだ。

「今日は、何?」
「…また、本、整理…」
「了解。やっておくよ」

エストはいつも貰える仕事を直ぐ承諾し、あくまに軽く手を振る。赤い絨毯を踏みつけながら、図書室に向かって歩きだした。



ZUX



図書室のドアを開けた途端にエストは激しい後悔に襲われた。
学校の子と言われた時点で誰かをしっかり想像しなかったのが不味かったと深く反省した。物事は先まで考えろとはこんな事もあるからである。

「待っていましたわよぉ?」
「あー。もう、何だってこんな事に…」

目の前にはらフィーナ。かなり荒い呼吸を繰り返して凛と立っていた。
容姿に合わない激マッハでダッシュしてきたのだろう。
多分、その凛とした姿はどんな人間の前でも毅然とするプライドの為だろう。
頭を抱え込んだエストなど余所に、ラフィーナはエストの肩を引っ掴んでにっこりと、笑顔を浮かべた。

「さ!ぷよ勝負なさい!」

たぶん、入館者表には本名は書かずに進入したのだろう。むしろ書いていなくても入れる。入館は無料で静かにしていれば特に咎められる事もない。
しかし、ここに来てくれたことはエストにとって好都合でもあった。
此処の『決まり』を利用すれば『ペースを奪い取れる』。

「嫌です。もう十分反省しているので止めませんか?ボク、これから読書…」
「反省なんて口でいくらでも言えますわ。素直にぷよ勝負に応じなさい」
「…じゃあ、ぷよ勝負なしでラフィーナがボクをぶん殴るのは?」
「・・・何ですって?」

手を広げたエストとは逆に、ラフイーナは訝しげに腕を組む。

「僕は単にぷよ勝負が嫌いなんだ。強いて言うなら、魔力を使うと疲れるから好きじゃないんだよ。普通に殴られるなら…まぁ許そう。でも痛いのは本当に嫌いなんだよ」

図書室内部に備え付けられているテーブルを撫でながらとことこと歩き進める。
その後ろ姿を、ラフィーナはまじまじと睨みやる。

「実際、リデルにはちゃんとあの後お仕置きを食らったよ。館内で泣きながら思いっきり放電されてさ、当然事故で覗いちゃった僕は電撃食らって麻痺してしばらく動けなかったし、その時館長さんにはお世話になってね。そこは館長さんに聞いてよ」

本棚を覗きながらおかしな、明らかにおかしい個所に詰め込まれた本を引き抜く。

「それに、クルークだっけ?その男の子も見ていたなら、僕の『悲鳴』を聞いてる筈なんだけど」
「悲鳴ですって?」
「あれ?リデルにちゃんと聞かなかったの?もしくは、そのクルークって奴にさ」

エストは更に二、三冊を追加して重ねておくと、それを抱き上げて歩き出した。その後ろにラフィーナが静かに着いて行く。

「館長さんが首だけでアコール先生に言伝頼んできたからビックリしちゃって。椅子から転げ落ちたらテーブルの柱に頭思いっきりぶつけてさ。あんまりにも痛いからのた打ち回ってたら、いつの間にか調べ物していたリデルの所にまで来てたみたいで。丁度落ち着いた所がたまたま下だったんだよ」
「そんな事、リデルからは聞いてませんわ」

いつもならもう少し大きな声で否定するラフィーナも、館内の規則をしっかり守って小声で話して来た。これならば、もう『こっちのものだ』。

「君さ。気付いてるか知らないから言っておくけど、人の話を最後まで聞かないでしょ?」
「何ですってぇ?!」

大声を張り上げたラフィーナの声が館内に響き渡る。
ラフィーナは慌てて口をふさいだが、数人がラフィーナを見ていた。
恥ずかしそうに頬を紅潮させてエストの後を追う。

「じゃあ、今度しっかり確認しておいてよ。リデルも僕のそんな間抜けな姿をちゃんと見ている筈だから。あぁ、だからってその後リデルに怒ったりしないでね。結構気弱な人って、君みたいな人の勢いに気圧されちゃって何も言えなくなったりするから…―――」

きぃ、と静かにまたドアの開く音がした。
するとそこから耳の大きい女の子が現れた。頭に緑の団子が付いていて、そこから角らしき小さな突起が生えている。黄色のワンピースが膝上までの高さで、袖は地面に付きそうなほど長かった。首元を締めたリボンの上から校章を付けている。

「あら、リデル…」

リデルと呼ばれた少女はラフィーナに気付いたらしく、あ、と呟いてドアの陰に隠れてしまった。

「何してますの?話が…あるんじゃなくて?」
「うっ…」

怯えた様にリデルはもう一度身を引くと、意を決したように中に入って来た。
そして、とことこと静かにエストとラフィーナの元で立ち止る。
それから、あの、その…とどもりながら青くて大きな瞳をきょろきょろと動かした。

「あぁ、リデルか。どうかしたの?また本探し?」
「あ…えっと…実は、ラフィーナさんに…」
「ほらラフィーナ、話だって。『しっかり最後まで』聞いてあげるんだよ?」

もじもじとしている姿が苛立つのか、ラフィーナの靴がかつかつと叩いた。

「ラフィーナ、こわーい」
「ふざけてると頭吹き飛ばしますわよ」
「じゃあ、明日は休もうかな」

軽口で返すと、ラフィーナがきっと睨みつけてきた。
するとリデルが先に体を深々と折り曲げた。

「ご、ごめんなさいっ…!」

ポツリと謝ると、顔を腫らした顔を上げた。既に瞳が潤んでいて泣きそうだった。

「あの…ちゃんと全部説明する前に、ラフィーナさん行っちゃったから…ちゃんと言えなくて…!」

ふるふると体が震えて小動物みたいだ、と内心で零す。実際、彼女は獣人だからあながち間違いではない表現かもしれない。

「あの…実は…館長さんがエストさんに言伝を伝えに首だけで来てて…それに驚いたエストさんが大声を上げながら椅子から落ちちゃって…その拍子に頭をテーブルの角にぶつけて…」
「へぇ…オレ、角にぶつけてたんだ」

道理で痛いはずだと、蘇る痛みの記憶にぶつけた個所を撫でた。あの時血が出ていなかったのは奇跡だと、スケベな神様が力を貸してくれたんだと本気で思いこんだ。

「凄く痛かったみたいで…コロコロ転がって…私、何とかしなきゃと思って近寄ったら…その……たまたま……っ」

今度は完全に顔から耳まで真っ赤になったリデルが黙り込んだ。恥ずかしくて顔も上げられないらしく、そのまま背を向けてしゃがみ込んでしまった。
しかし、コロコロ転がったと言う表現はリデルらしくて可愛いが、実際の表現はゴロゴロとかの方があっている、とエスト自身が思い込んだ。
もう一度、ごめんなさいと謝ってリデルの話を聞き終えると、ラフィーナはじとっと睨みつけてきた。

「…やっぱり覗いたのね」
「だから、不可抗力だって―――ぶっ!!」

しっかり講義する前にアッパーを遠慮なく食らい、本を抱えたまま図書室の床にひれ伏した。
ぴくぴくと悶えて震えるエストを余所に、ラフィーナはしゃがんで真っ赤になったリデルの後ろで腕を組んだ。

「何で…最後まで言ってくれなかったんですの?」
「え…あの…―――」
「正直におっしゃって」
「は、はい…」

リデルは立ち上がると、上目遣いで答えた。

「言おうとしたら…ラフィーナさんが先に行っちゃって…ラフィーナさんが走って行っちゃうと、私追いつけないから…」

ラフィーナは、う、声を詰まらせるとピクピクと目頭を動かした。どうやら納得してくれたようだった。

「ほら…ね?」

体を起こしたエストをラフィーナは普通の表情で見下ろした。

「あら、ごめんなさい」

御令嬢はたった一言だけ、何でもないように謝罪を申し上げた。しかもそれは偉そうで、反省の欠片が一片たりとも見られなかった。

[*前へ][次へ#]

4/16ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!