ぷよぷよフィーバチュー
ラフィーナ
漸くそれなりに気分が落ち着いたため、エストはアミティとの約束を果たすべくプリサイス博物館に向かいなおした。
毎日のように書庫に足を運んでいるといつの間にか館長から声を掛けてくれるようになっていた。今では、図書室の片付けのバイトまでさせてくれるようになったし、この前は直接学校に言伝を預かるにまで至った。
自分で館長と名乗っているが、見た目が『変わった』館長。
はっきり言うと『クマさん』だ。
紺色の継ぎ接ぎクマさん人形。
レンズを掛け、クローバー勲章を首の付け根に付けているが首と胴体は見事に分裂して自由に動く。
以前、本を読んでる時に首だけ飛んできて、その時にアコール先生へ言伝を預かった事もあったが、さすがにエストも驚いた。
ビックリしすぎて椅子から転げ落ち、テーブルの柱に頭をごつん、と鈍い音をたてて強打。痛みに転げ回って落ち着いたと思ったら、たまたまリデルという人間とは違う種族出身の女子の下だった。
美味しいモノを見れたが電撃魔法で泣きながらめっちゃくちゃにやられた。
と、少し嫌な経験はあるがエストはそんな館長に当たり障りなく接している。
「ちょっと、お待ちなさい。エスト」
聞き覚えのある声にエストは歩みを止めた。
後ろからかけられたので、本を閉じながら振り返った。
ピンクのロングヘアーに、校章を髪飾り。オレンジと黄色のボーダーTシャツとソックスに、オレンジの短いスカートから黄色いポーチを付けている。
「ラフィーナ…だよね?」
「そうですわ!」
有名な家系のご令嬢。
高飛車で、他人にも厳しいと噂の女の子。
彼女もまた、学年ではトップクラスの魔道士だ。
体術に魔法を併せ持つ高度な技術を習得していて、彼女は抜群の運動センスを有している。
「シグよりはマシみたいね?」
くすりと笑って柔らかい髪の毛を後方へ払うと、直ぐ様人差し指をびしりと差してきた。
確か、シグってぼーっとして何を考えてるか分からない子だ。
「この前の続き、させていただきますわよ!」
「へ?」
素っ頓狂な声を上げて首を傾げるエストを余所に、ラフィーナは既に臨戦態勢に入っていた。
「え?もしかしてぷよ勝負?」
「当たり前じゃない!」
「わっ。凄く嫌だ」
この世界では、『ちょっと面貸せよ』が『ちょっとぷよ勝負しろよ』のノリである。
つまり、『喧嘩=ぷよ勝負』になるのだ。
この世界では一般的で、何でもぷよ勝負に持ち込もうとする。喧嘩以外にも「暇だから遊ぼう」程度のノリでもぷよ勝負になる。
「ちょっとタンマ、タンマ!売られる理由が分からない!僕、これからプリサイス博物館に行くし、約束もあるし、君と遊ぶ余裕ないから!」
「何ですって?!遊ぶだなんて、私の事馬鹿にしていますの?!これはマジですのよ!!」
そう言って両手両足に白い光を纏ったラフィーナは眼光鋭く睨め付けてくる。
「本当に!何かあったなら話し合おう?!僕、滅茶苦茶ぷよ勝負弱いんだ!」
「嘘おっしゃい!学年でもトップクラスでしょう?!」「何の話だおい?!」
空気が嫌な方に淀んでくる。どんどん不味い方向に走っている。
しかしラフィーナは聞く耳持たずに地面を蹴ってきた。
エストの懐に入り込むと、ピンクの長い髪が揺らめいた。
ちょいちょい!
きついだろ、この技!
たしか、『エターンセル』じゃなかったか?!
相手の懐に詰め寄り、腹目がけて手の平を放つラフィーナの腕術魔法。もう一つ似たような技があるが、それよりは下級だ。いや、下級だからと言って侮る訳にもいかない。一度だけエストはそれが如何なる攻撃力を誇っているか見たことがあるからだ。
食らった奴が吐血したうえに数百メートル先に立ってた厚いコンクリの壁までぶっ飛ばされた。そいつは、その壁に大きな穴を開けてからようやく地に伏せる事ができたのだ。
「死ぬって勘弁っ!」
喚いてエストも手の平に魔道力を集中さた。ラフィーナが放ってきた手の軌道にから少し上にズレた先で手を構えた。
「『エターンセル』!!」
掛け声と共に手の平がエストの腹目がけて放たれる。
その手に向かって、エストは、『膝を上げた』。
「?!」
腹からズレた軌道は先程から魔力を集中させていた手に向かう。
そしてエストの手の平で『小さな爆発』が起きた。
「きゃっ?!」
腹目がけて放たれた手は軌道を変えに変え、斜め上へと向いてエストの顔面に触れそうな所で止まった。
「いや、本当に危ないから!ラフィーナ落ち着こう?!魔道力なしの平和的な解決をしよう?!僕に非があったなら謝るから!」
鼻先にあるラフィーナの手を凝視しながら二、三歩後退する。
「あなた!あの時の事、覚えてないわね?!」
顔を真っ赤にして怒鳴ってくるラフィーナ。その声がきんきんと声が高い。
「あの時ぃ?!うん、さっぱり?!」
取り敢えず両手を上げて降伏の意を示す。負け犬根性なら誰にも負けないと自負しているエストは何の躊躇いもなかった。
プライドなんぞよりぷよ勝負をしたくないという感情の方が遥かに勝っていたからだ。
ラフィーナはエストの胸ぐらを掴み上げるなどお嬢様らしからぬ暴力行為で詰め寄ってくる。
「ミル海岸で、ぷよ勝負の再戦を申し込んだはずですわ!」
「えっと…たしか断ったはずですが?」
首を傾げながら問い返すエスト。ぷよ勝負は基本的に嫌いなのでいつも丁重にお断わりしているはずだった。
そんなエストの行いを肯定するように、ラフィーナはしっかりはっきりこう言い放った。
「断られましたわ!」
「やっぱりそうじゃん!」
「ですが、関係ありませんの!」
「何ぃ?!」
力を込めて声を張り上げるが、ラフィーナは更に胸ぐらを引き寄せた。
「貴方、女性になら誰にでも美人だとか言ってるって聞きましたわよ?!」
「誰からぁ?!っていうか、まさかそれが理由じゃないよね?!」
「あなた馬鹿ですの?!それが理由に決まってるじゃない?!」
ラフィーナがエストを突飛ばし、燃え盛る怒りをこちらにぶつけてくる。
エストは苦笑いを浮かべて両手で待ったの形を取る。
「落ち着いて、落ち着いて!女の子と話した事があるなんてまだ君とだけなんだから!」
と言いながら、ついさっきアミティと話しした事は既に脳内でかき消されている。
「嘘おっしゃい!クルークがリデルの…パ……────下から覗いているのを見たって言ってたわよ!リデルも認めてるわ!!」
「あれは不可抗力っ!好きでも覗けないよっ!!」
「認めたわね、変態!」
乙女の味方から放たれた言葉に強い衝撃を受け、変態という言葉が最後まで出し切れず『へんたっ』、と言葉を詰まらせた。
クルークもリデルも間違った情報を伝えすぎだ。コレだから変な噂が立つんだとエストは小さく喚いた。
「イケ面だけど本の虫に歴史オタクが付くような野郎にぷよ勝負挑む理由なんてそれぐらいしか無いですわ!!」
「ありがとう、ラフィーナ!僕は初めて皆から向けられてる視線の意味を知ったよ!」
本の虫はついさっきから言われていたが、歴史オタクなんて初耳だった。多分歴史書ばかり読んでいるからそんな素敵なあだ名が付いたのだろうとエストは自己完結に至る。
本の虫、大いに結構。
歴史オタク、大いに結構。
どれも自分という的をバッチリ射ぬいていると逆に感心出来てしまった。
ただ『変態』と言われたのは心身に大ダメージだった。
逸れた腕を引き戻すと、前足を軸に後ろ脚を繰り出してきた。
「それにしても貴方、本当に見かけに寄らず運動出来ますわね!」
それを屈みこんで躱す。
「どうも…」
そう吐いてエストは後退する。
「あんまり使いたくないんだけど…ちょっと傷ついたから使わせてもらうよ」
ポケットから白い紙を引っ張りだす。くしゃくしゃな上にどっかに引っ掛けたせいか少し千切れてしまった。
まぁ、管理がずさんなエストの所為だ。
ラフィーナは警戒して大きく後退すると、エストから目を離さないようにしっかりと見据えてきた。
が、エストには『それで十分』だった。
紙を地面にハラリと落として手の平を丁度その真上に伸ばす。
すると、地に落ちた紙がふわりと浮き上がり、そこから円を描いて辺りに風が吹き抜けた。
「それじゃ。僕はコレで行くよ」
そう言い放った途端、紙から突風が吹き荒れた。
「きゃっ!」
服をバサバサ揺らし、髪をバタバタなびかせる。
吹き荒れる風が強すぎて、ラフィーナは腕で風を防いでいた。
地に落ちた紙が、魔力を吸ってどんどん巨大化して行った。しまいには一人なら軽く包み込めるような大きさにまで成長する。
「何なんですの?!コレ?!」
「風魔法だよ。『逃走用』の」
「は?!」
ラフィーナが瞬時に腕の隙間からこちらを覗き込んできた時には、エストは既に浮かんでいる紙に足を掛けていた。
「ふっざけんじゃねーですわよ!逃げる気?!」
不良言葉とお嬢様言葉の交じった怒声が放たれる。
ご令嬢とは思えない発言だ。
「押さえておかないとパンツ見えるよ〜?」
「いやっ!」
可愛らしい声を上げながら、素足が殆ど丸出しのスカートを押さえるラフィーナに、エストは目もくれずふわりと舞い上がる。さながら白い絨毯とでも言うべきだろう。
「って!逃げんじゃねーですわよっ!!」
スカートを必死に抑えながらラフィーナが顔を上げて来た。
エストはそれを見下ろしてにっこりと笑う。
「僕あんまりぷよ勝負好きじゃないし、女の子に手を出すのも嫌なんだよね。って事で逃げるから」
「こら!お待ちなさぁあいっ!」
「やだよ。殴られるのも嫌いなんだから」
エストはラフィーナに向かってあろうことか手を振った。
「それじゃ、またそのうちに〜」
怒りを煽りたてられ、ラフィーナは顔を怒りに歪めて指を差してきた。
「ぶっ倒してやりますわっ!覚悟なさぁああいっ!!」
かなり怒素の聞いた声ど怒鳴り上げてくるその台詞からはお嬢様という品の欠片も感じられず、只の怖い不良みたいだった。
その声を背中に浴び恐れを抱きながらも、エストはプリサイス博物館に向かうために乗っている白い紙の両端を握る。
プリンプの平和な風を全身で感じながら、空飛ぶ紙の舵をとるのだった。
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