愛が積もる箱
天音
夕方になると彼はこの部屋に現れる。
今日だってほら、現れた。
「ただいま。希梛」
「お帰りなさい。天音さん」
天音。
監禁された時に彼がそう呼べと名前だけ教えてくれた。他は何1つとして教えてくれなかった。監禁理由も職業も、年齢さえも‥今思えば当たり前か。
そもそも、誘拐犯が自分から個人情報を話すわけがないのだ。
「希梛」
「なんですか?」
「腹は?」
「少し減っています」
「そうか、あとで作って持ってくる」
「はい」
喜怒哀楽も見せない無表情の顔で、ベッドに歩み寄り、俺を見下ろす。
綺麗な顔立ちの天音さんだが、美人という言葉より美形という言葉のほうが似合う。スーツに着せられない長身スタイルにスーツの上からでもはっきりとわかる引き締まった肉体。仕事に行ってたのか、髪は整えてある。
パッと見は、漫画に出てくるどっかエリートな社長さんだ。
金持ちって感じもこの部屋を見ればわかる。高級感溢れ出す内装。まるでホテルだ。
ここの家賃はどっから出てくるんだろ‥
彼はいったい何してるんだ。闇組織のボスかなんかじゃないんだろうか。
考えれば考えるほど謎すぎる。
天井を見上げて頭の中であらゆる職業を彼に照らし合わせる。
すると、いきなりゴツゴツとした大きな手が頬を撫でた。
「?」
考えごとをしていたから思わず驚いて体がビクリと動いた。
視線を手の持ち主へと向けると、無表情が一変して、彼は温かい笑みをこちらへ送ってきた。
「どうした?嫌だったか??」
「いっいえ!ただ、いきなり触れられたからびっくりしただけです‥‥‥」
「そうか‥」
アタフタする僕を見て、彼はまた破顔する。
僕は彼の笑顔に弱い。
綺麗に笑う笑顔。
温かい笑顔。
温かいくて優しい誘拐犯の笑顔。
けれどその瞳の奥は何だか曇っていた。
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