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頂話
手手繋ぎ


「ささめゆき」
ふづきさまより
*5000打記念リクエスト*
























――手、を。
誰かと繋ぐなど、幾年振りだろうか。
久方振りの人の掌は暖かくて柔らかで、微睡む様な安心を誘う。

…の、だろう。
本来ならば。

「てめっ…離せコラ!」
「あ、あんたこそ離しなさいよ!」
繋いだ相手が悪かった。
違う世界から来たと言う、時渡りの巫女。
名を、かごめ、と言う。
ふとした拍子にぶつかった手が、何故だか離れなくなってしまったのだ。
俺の左手とかごめの右手が、掌でぴたりと合わさっている。
馬の合わない女と手を繋ぐなど、最早拷問でしかない。
しかし離したくとも離せず、小一時間程、村の外れでああでもないこうでもないと格闘していたのだが。
「……おや」
間の悪い事に。
背後からの声に振り向けば、相変わらず表情の読めない顔をして、楓が立っていた。
楓の視線は、合わせられた手に注がれている。
薬草籠を持ち直しつつ、からかうでもなく続けた。
「いつの間にやら、随分と仲良くなったのだな」
「「なってないっっ!」」
説得力の欠片もない姿なのは重々承知だったが。
綺麗に重なった否定の声に、楓は肩を竦めてみせる。
「楓ばあちゃん、あのね…ぅわっ!」
「どわあっ!」
楓に駆け寄ろうとしたかごめに引き摺られ、不覚にも顔から転倒した。
その引きに負け、かごめも後ろへ転倒する。
「いっ……たぁ…っ」
「いきなり動くんじゃねえ馬鹿!」
「馬鹿って何よ!」
「てめえのこったよ!」
白熱し掛けた言い合いを、盛大な溜め息が遮った。
見上げた先には、楓の呆れ顔。
「…取り敢えず、起き上がれ。話はそれからだ」


――呪が掛かっている。
と。
合わせられた手を視て、事も無げに楓は言った。
「…しゅ?」
「俺達が呪われてるって事か?」
首を傾げていたかごめだったが、呪いと聞いて顔を強張らせた。
「呪われて、る…?」
「いや、『のろい』と言うよりは『まじない』に近いな。最近、何かを拾ったりしなかったか。もしくは渡されたか」
全く覚えが無い。
思案するかごめを見て、一応記憶を巡らせるが、思い当たる節は無かった。
が。
「…あ!」
何か思い出したらしい。
声を上げたかごめは、着物から何かを取り出した。
「もしかして、これ?」
「ん、どれ…」
かごめの左手に握られていたのは、小振りの団栗、だった。
表面に小さな模様が彫られている。
手に取り、顔の前に翳す様にして見定めていた楓は、頷いてそれをかごめへ返した。
「これが媒体だな。かごめ、これを何処で?」
「七宝ちゃんに貰ったの。お守りって」
あの糞狐。
だが原因は分かった。
後は七宝を捜し出して、殴り飛ばすだけだ。
しかし、そもそもは。
かごめが七宝から団栗を受け取ったのが悪いのではないか。
「お前、そんな怪しげなもんほいほい受け取んなよ」
言ってやれば、かごめは唇を尖らせた。
「だって…七宝ちゃんのくれる物だし…」
「お前なあ、あいつが普段…」
「お前も同じ物を持っとる筈だぞ」
「………は?」
楓は何かを探す様に、俺の身体を軽く叩き出した。
帯の辺りで手を止める。
「これは対で持たんと意味を為さない。…そら、これだ」
言って、帯の隙間から団栗を取り出した。
かごめと同じ物だ。
「七宝に仕込まれたな。気付かなかったのか」
「う………」
「何よーあんた人の事言えないじゃない」
笑うかごめを睨み、楓から団栗を摘まみ上げる。
「これが媒体なんだろ。ぶっ壊せば呪は解けるんじゃねえか?」
「狐の妖術を侮るな。下手に動いてはとんでもない目に遭うぞ。まぁ相手は七宝だから心配は無いだろうがな」
言って、楓は立ち上がり、こちらに背を向け歩き出した。
きょとんと見上げる。
「お、おい?」
「楓ばあちゃん?」
肩越しに振り向き、楓はあっさりと宣った。
「その呪は弱い。放っておけば、じきに解けるだろう」
………。
放って、おけば。
かごめと顔を見合わせた。
考え至った事は同じらしい。
同時に立ち上がり、楓に詰め寄る。
「か、楓ばあちゃん!それって…!」
「呪が解けるまでこのままって事か!?」
それはもう良い笑顔で振り向いた楓は、それはもうとんでもない提案をしてくれた。
「良い機会だ。親睦を深めなさい」
固まる俺達を置いて、楓は村へ帰っていく。
「ちょ…っ」
「…この…っ、糞婆ぁああっ!」
心からの叫び声は、虚しく風に散ったのだった。


親睦を深めよ、と。
言われた所で聞く気は毛頭無い。
黙って呪が解けるのを待つよりも、七宝を捜し出す方が余程良いのではないだろうか。

しかしこの状態で人前へ出るのは、恥以外の何物でもない気もする。
しかしいつ解けるかも知れない呪をこのままにしておくのも如何なものか。
ぐるぐると考え込んでいると、かごめがひょこりと顔を覗き込んできた。
「ね、犬夜叉」
「あ?」
「あんたがいつも行く場所、連れて行って欲しいな」
「………はあ?」
予想外の提案に、思わず間抜けな声が口から滑り落ちた。
かごめはいつも唐突で突拍子も無い。
「なんで」
「犬夜叉、普段どんな事してるのかなって思って」
「いや、だからなんでそんな事知りたがるんだって聞いてんだよ」
にこり、と。
かごめは無邪気に笑んだ。
「犬夜叉の事、知りたいの」
「はっ?」
「楓ばあちゃんも言ってたじゃない。親睦を深めなさいって。だから、ね?」
「………」
今度こそ言葉を失った。
前々から思ってはいたのだが。
こいつは本当の馬鹿なのではないか。
かごめが上目にお伺いを立てる。
「ね、だめ?」
…その馬鹿な提案を受け入れようとしている俺も相当だが。
「ほんっと…変な女だな…」
ひょいと右腕でかごめを抱え上げ、立ち上がった。
至近距離で向き合う形になり、かごめが目を丸くする。
「な、なに、えっ!?ていうか近っ…」
「余計な事言うな黙ってろ!仕方ねえだろ、手が離れねえんだから!行くぞ!」
「う、うそ、ちょっと待っ…きゃ――っ!」
答えも準備も待たず、勢いを付けて跳躍すると、かごめは盛大な悲鳴を上げながら、左腕で力一杯しがみついてきた。
右手は、俺の左手を潰す勢いで握り締めている。
中々の苦痛だが、落下されるよりはましだ。
と、自分に言い聞かせながら村を真っ直ぐに突っ切る。
目指すのは、ここから反対側の村外れだ。
家屋の屋根を跳び進み、その度にかごめから悲鳴が上がる。
「あ、あんた普通に行けないの!?」
「うるっせえ女だな!落っことすぞ!」
「それはいやっ!」
言って、かごめは更にしがみついてきた。
刹那。
不意に心地好い匂いが薫り、どきりと胸が跳ねる。
その不可解に内心首を傾げていると、目的地が見えてきた。
小さいが、村を一望する丘の上。
そこに立つ一本の木が、それだ。
かごめを抱え直し、二人乗ったところで折れはしないであろう、一番太い枝へ跳躍した。

「着いたぞ」
かごめを腕から解放し、枝の上へ下ろす。
ずっと目を瞑っていたらしい。
恐る恐る目を開き、次いでぱっと表情を明るくした。
「わあ!良い眺め!」
辺りを見回し、かごめは顔を綻ばせる。
「犬夜叉ずるい!こんな良いとこ、今まで独り占めしてたの?」
狡い、など。
そんな事、思ってもいないのだろうに。
苦笑し、並んで腰を下ろした。
「独り占めしてた訳じゃねえ。一緒に来る奴がいないだけだ」
「………」
景色を眺めていたかごめが振り向く。
優しい微笑み。
また、不可解に胸が跳ねた。
「…じゃあ、今度からは私も一緒に来たいな。犬夜叉の気が向いた時で良いから」
そう言って、再び景色に視線を戻す。
返事を聞く気が無いのか、聞くまでもないと思われているのか。
どう答えたものか思案していると、かごめが再びこちらを振り向いた。
「ね。お腹空かない?」
「え、」
「お弁当持ってくれば良かったかなあ。そういえば犬夜叉は何が好き?」
「何って…」
「好きな食べ物!」
「別に…食えれば何でも良い」
えー、と、かごめは不服そうに声を上げる。
「お弁当作るとき困るじゃない」
「…お前、料理出来るのか」
というか、俺に作るつもりなのか。
思い至り、素直に驚いた。
「何よ失礼ね。んー、『犬』夜叉だから、玉葱とか駄目なのかしら。どう思う?」
「知るかよ。むしろたまねぎって何だ」
「え、知らないの?…ああ、まだこの時代には輸入されてないのね。玉葱っていうのは――」
よく話題が尽きないものだ。
こちらは時々相槌を打っているだけだというのに。
ころころと変わっていく話題と、くるくると回る表情。
聞いていて、見ていて飽きない、と。
気が付いて、驚いた。
そんな自分に、悪い気がしないのも。
「――あのね、」
不意に、かごめの声音が変わる。
「今日、良かった。犬夜叉と話せて」
不意打ちだ。
驚きに目を瞬かせる事しか出来ない。
「ふふ。七宝ちゃんの悪戯のおかげね」
だから、あんまり怒らないであげて?
と。
かごめは穏やかに微笑みながら、言霊を紡いでいく。
「七宝ちゃん、私達に仲良くして欲しかったのね、きっと」
「…あいつがそんなタマかよ」
憎まれ口も、かごめは柔らかに受け止める。
「そうじゃないとしても、七宝ちゃんのおかげよ。犬夜叉の事、たくさん知れた」
「…俺の、事?」
「うん。犬夜叉は、口も悪いし目付きも悪いし、乱暴だけど」
聞き捨てならない事を悪びれ無く指折り数え、にっこりと笑んだ。
「ほんとは、優しい事」
「……はっ?」
「私の話に付き合ってくれるし、我儘言っても、最後には仕方ねえなって言って聞いてくれる。それからね…」
「……っ、もう、いい…」
恥ずかしい事をぺらぺらと。
しかし、かごめは口を閉ざさない。
「それから」
合わせた手がおもむろに持ち上げられ、軽く指を絡められた。
びくりと震わせると、かごめは宥める様にやんわりと手を握る。
ふわり、と微笑んで。
「犬夜叉の手が、大きくて暖かい事も」
「――…っ」
かあ、と頬に熱が集まるのを自覚した。
きっと、とんでもなく情けない顔をしている。
身体ごと捻って顔を隠そうとしたが、かごめは遠慮無くこちらを覗き込んできた。
「どしたの。大丈夫?」
「こ、こっち見んな…!」
かなり、癪だ。
俺ばかりが恥ずかしい。
かごめは更に距離を詰める。
「犬夜叉ってば……あ」
「あ……」
するり、と。
何の前触れも無く、右手と左手が、離れた。
呪が解けたらしい。
突然の事に呆然と顔を見合わせ、はっとした様にかごめは着物から団栗を取り出した。

表面に刻まれていた模様が消えている。
「…ほんとに放っておいたら解けたね」
「…そうだな」
「もう、戻る?」
「………」
微睡みから目覚めた様な、唐突な喪失感。
空気に触れ、ひやりと冷えた手を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……俺も、」
「ん?」
「俺も…お前の事、解った」
かごめが目を瞬かせる。
自然に口許が緩んだ。
「私の事?教えて!」

――かごめ、は。

かごめは、順応性が高い。
『今』を享受し、謳歌しようとする。
他者を理解しようとする事、他者に理解されようとする事に、労力を惜しまない。
そのどちらも、俺には欠けている物だ。
「…犬夜叉?」
声、が。
耳に心地好い音色である事。
微笑みが、穏やかである事。
優しい匂いがする、事。

それから――

「……嫌だね」
先程まで繋がれていた手を取り、ぐっと引き寄せる。
「きゃ……っ」
均衡を崩し倒れ込んできたかごめを横抱きに、枝から飛び降りた。
悲鳴を上げながら、かごめが胸元にしがみつく。
「きゃ――――っ!?」
「ぴーぴーうるせえ女だな」
「だ、だからっ!あんたは突然過ぎるのよ!」
軽いやり取りの合間。
前方に、七宝と楓を見付けた。
かごめも見付けたらしく、軽く念珠を引かれる。
「犬夜叉、あんまり怒らないでね」
「あんまりって事は、ちっとは怒って良いんだな」
「あんたの『ちょっと』はどの程度!?」
心配せずとも。
俺だってそれなりの収穫はあったのだから、拳骨の一つくらいで大目に見てやるつもりだ。
そう考えて、思わず苦笑が洩れた。
かごめに感化されている事を自覚する。
「降りるぞ!」
「うんっ!」
そうして二人、この騒動の原因の前へ降り立った。


――声が、耳に心地好い音色である事。
微笑みが、穏やかである事。
優しい匂いがする事。

それから。

繋いだかごめの掌は暖かくて柔らかで。
微睡む様な安心を誘う、事。




********************
くろ様【キリ番5000打】リクエスト

『旅中のもどかしい距離の犬かごが手を繋ぐお話』

でした。

これ…もどかしい…距離……?

と首を傾げる結果になってしまいました。
も、申し訳ございません…!
お気に召したら良いのですがががが(;´д`)

ご訪問、並びにリクエスト、ありがとうございました!
よろしければまた遊びにいらして下さいませ(*´∀`*)

こちらはくろ様のみ、お持ち帰り可でございます!


――


ふづきさまから頂きました!
5000打記念ですよ…ストーカーのように通い続けて良かった!!←

初期の犬かごは、本当に楽しいですね!!弥勒さま達が観察(からかいの)対象にしたがるのも分かります!

ふづきさまのお話を拝読し、相手を最初に意識したのは犬くんという確信を深めました。キリッ
なのに、鈍感だから…見ていてもどかしいです!もう!!
とりあえず七宝ちゃんがいい仕事していて、まんまと嵌まって喧嘩する二人が可愛すぎます…!

お言葉に甘えて、お持ち帰りさせて頂きました!!^^*

ふづきさま、これからもどうぞよろしくお願いします!

くろ

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