主観的傍観者
るりさま
企画・捧物
「珊瑚、あちらに茶屋がありますよ」
「本当だ。じゃあしばらくそこで休もう」
「おらもいくぞ!」
これから訪れるであろう喧騒から避難すべく、あたし達はすぐにその茶屋へと向かった。
外にある座敷に腰を降ろしたと同時に、あのつむじ風が到着する。早速喧嘩を始めた犬と狼に溜め息をつきながら、あたしは団子とお茶をを3つずつ注文するのだった。
『主観的傍観者』
「犬っころに変なことされてねえか、かごめ」
「変なことなら今てめえがしてるだろうが!!」
「すぐに言えよ!俺がぶちのめしてやるからな!!」
「っンにゃろ……今ここで殺ってやらあッ!」
「ああん!?上等だコラぁ!!」
「二度とンな口きけねえようにしてやるよ!!」
空を見上げれば、何羽かの鳥がバサバサと慌ただしく飛び立っていった。
「いやあ、今日はいつになく盛り上がってますなあ」
目の前で繰り広げられるドタバタをその一言で片付けてしまった法師さま。でも確かにその通りだ。
「かごめちゃんがこっちに来ても、あいつら気付かないんじゃないか?」
当事者が蚊帳の外という奇妙な争いに苦笑する。あの勢いじゃ、あの人たちはそこに彼女が居なくても喧嘩を続けるだろうな。
「しかし、まあ飽きずにやりますな」
「ほんと。結局犬夜叉が負けるのにさあ」
「まったくじゃ。学習能力がないのう…」
「というより、頭に血が昇って他に考えられないんでしょうね」
ほら、と法師さまが七宝に団子をひとつ渡す。
嬉々としてそれを受け取る七宝が微笑ましくて。それを眺めながら、あたしは雲母の背を撫でた。
「弥勒と珊瑚はどう思うんじゃ?」
「え?」
「何がですか?」
頬袋をこさえながら、尋ねてきた七宝に法師さまと一緒に首を傾げる。
「犬夜叉と鋼牙、どちらの方がかごめのことを好きなんじゃろか」
「…」
「…」
なんて深く突っ込んだ質問なんだ。
「そうだなあ…」
身内としては「犬夜叉」と答えたいが、女の身としては「鋼牙」と答えてやりたい。
犬夜叉がかごめちゃんを好きなのは見てて分かる。大事にしたい感が背中から溢れ出してるし、分かりやすい。でも、桔梗との間でウロウロされるのは、いい気持ちではない。
その点、鋼牙は真摯に、一途にかごめちゃんを想っている。そういう意味では、鋼牙の方がかごめちゃんを好きかもしれないが、
「ううん…」
「…珊瑚が黙ってしもうた」
七宝の呟きを遠くで聞きながら、頭を悩ます。ここは犬夜叉と答えた方が…いや、でもそれってどうなんだろうか…。
「弥勒はどうじゃ?」
そうだ。法師さまだ。
彼なら、なんと答えるだろうか。興味と期待に負けて、あたしは思考を停止し、彼を見やった。
「そうですねえ…」
間延びした声は、彼が口元に持っていった湯飲みの中に一旦消えた。
「私には分かりませんなあ」
「へっ…」
「おや、どうしました珊瑚」
「い、いや…なんか意外で」
弁が立つ彼のことだ。きっと、なにか答えてくれるのだろうと思ったが、その答えが「分からない」とは。
「なんとなくでもいいぞ!」
というか、七宝は何故そんなことを知りたいのだろうか。あたしは雲母を撫でながら苦く笑う。
「はは。それは更に難しい質問ですな」
七宝、と口にして、彼の頭を撫でてやりながら、法師さまは穏やかに言葉を続けた。
「人の想いとは、他人に測れるものではありません」
想いというものは、人それぞれであるから、その想いの丈を計る術はないのだ、と。
「彼らの気持ちを同じ天秤に掛けることは出来ませんから、その問いの答えは私には分かりません」
「なるほどね…」
「…しかし、それではどんなに相手を想っても、ちゃんと伝わらんではないか」
「ですから、互いが互いを想い合うとは、難しくも素晴らしいことなんですよ」
再度彼は湯飲み茶碗に口をつけ、ほう、と一息ついた。
「想いを伝える術として手っ取り早いのは口にすることです。そういう意味では、鋼牙の方が縁を結び易いでしょうが…」
法師さまが上げた視線の先にいるのは、未だに鋼牙と争っている犬夜叉。そして、それを宥めているかごめちゃん。
「いやはや…縁とは、まことに不思議なものです」
こちらに向き直って笑む彼に、あたしも笑い返す。
お互い頑固で、意地っ張りで、いつも喧嘩ばかりしているけれど、あの二人の間には何か特別な縁があるのは確かだ。
だって、種族も、生きる時代も、普通なら出逢うことすら無かった二人が、こうして絆を造りあげているのだから。
…でも、もっと素直になればいいのに。二人とも、さ。
「ほんと。不思議だね」
「…さて、そろそろ行きますか」
「もうか?あっちはまだ終わりそうにないぞ」
腰をあげた法師さまに首を傾げる七宝。その幼子の頭に手をやりながら、彼は全てを分かりきったような笑みを浮かべた。
「いえ。そろそろ、かごめさまの言霊が、」
「犬夜叉おすわりっ!!」
遠くから伝わってきた地面の揺れがあたし達の足元に到達した。震源地点では、犬夜叉が潰れているのが見える。
「言った通りでしょう」
「…弥勒はすごいのう」
感嘆の声をあげながら震源地に向かって走り出した七宝の後を雲母が追う。あたしは代金を払い、そんな一人と一匹に微笑んでいると、法師さまがポツリと呟いた。
「…先ほどは言いませんでしたが」
「ん?」
「言葉にせずとも、伝わる想いもありますよね」
にこりと口に笑みを浮かべ、優しく下がった彼の目元に私もつられてしまう。
「…ああ。あたしもそう思うよ」
例えば、寄り添って歩いているだけなのに。手が触れ合っているだけなのに。そんな些細な仕草から伝わる想いは、言葉では言い表せられない。
それに、わざわざ言葉にしなくても伝わってくるのだから置き換える必要もないだろう。
「…さて、珊瑚。今回の喧嘩はどのくらい長引くと思います?」
まあ、
「……犬夜叉が素直になれるまでかな」
互いから伝わってくるものを、二人がちゃんと理解しているのかは別として。
「はは、それは長い骨休みになりそうですな」
「そうだね」
もう実家に帰る、とか、おー勝手にしやがれ俺は止めねえからな!…とか。
そんな第二次喧騒が勃発している場所へと、あたしと法師さまは笑いながら向かったのだった。
結局、喧嘩が沈静したのは翌日と、案外早いものであった。
了
なにやら弥珊に近いですね…そして鋼牙くんの出番が少なすぎる!…お題に沿えているか不安です←
さて、るりさま!この度は企画への参加、ありがとうございます!
第三者の視点からだと、あの二人がどんな気持ちを抱いて互いに接しているのか丸分かりなのに…という話にしたかったのですが…←
楽しんでいただければ光栄です!
それではるりさま、これからもどうぞよろしくお願いします!
ありがとうございました!^^*
20120415
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