それは罪な笑顔
かおりさま
企画・捧物
人当たりがいい。
人が好い。
人懐こい。
あいつは人に好印象を持たせる言葉がよく似合う。それは長所だ。分かってる。
…分かっちゃいるが。
「かごめ様、この薬草の煎じ方を教えてください」
「あ、これすごく簡単なんですよ!まず、この葉を磨り潰して…」
近えよ!!
触ってんな!!
っつーか、あの野郎ぜってえかごめの話聞いちゃいねえし!!
「…犬夜叉、歯軋りがひどいぞ」
「っるせえ…!」
分かっちゃいるが、許せる許せないは全くの別問題である。
『それは罪な笑顔』
「お前も少しは慣れろ。かごめさまは巫女様なのだからあれぐらい日常茶飯事ではないか」
「慣れるわけねえだろッ!」
「…声が大きいとバレますよ、覗き見」
「…っ、」
明朝、意気込んで妖怪退治に出掛けたものの蓋を開ければ小妖怪どもの悪戯で。
とりあえず弥勒が説教と暴力で折り合いを付けていたから、村にちょっかいをかけることは無くなるだろう。
そんなわけで、刀を鞘から抜くどころか拳さえ奮わなかった俺は退屈で仕方ない。
楓の村に帰る道すがら、弥勒と他愛の無い話をしていると、ふとかごめの匂いがして足を止めた。
ツンと鼻を刺すにおいは薬草だろうか。今日は天気もよい。青い空の下で、かごめが生き生きと薬草を摘んでいる様子が目に浮かぶ。
ふと、普段彼女がどんな風に過ごしているのかが気になって、足は自然とそちらに向かっていた。
そこから遠くない野原で見つけたのは、薬草を摘んだり、鼻唄を歌ったりして歩いていく彼女の姿であった。
それがあまりにも想像通りで、少しだけ笑う。そんな彼女の姿を微笑ましく、遠くから眺めていたところまでは良かった。
しばらくすると、向こうの方から村の若者が走り寄ってきて、彼女に話し掛けてきて……今に至る。
もはや、退屈だとか暇だとか言っている場合ではなくなった。
「…っつか、なんでお前もいんだよ」
「面白そうだからです」
この野郎。
「…しかしあの青年も、なかなか命知らずですな」
その言葉にハッと視線を弥勒から青年に戻せば、その男はかごめの肩に触れていた。しかもかごめは気にも留めていない様子で、そいつにニコニコと笑い掛けている。
「……」
そんなんだから、お前はすぐに拐われたり襲われたりすんだよ自覚しろ。
「いいんですか、止めに行かなくて」
「…いい」
「ほお」
一瞬、ヒクリと引きつった口元を苦々しく歪めながら、目を固く瞑る。
弥勒の言うことを聞くつもりではないが、確かに、これもかごめの仕事の一貫なのだ。
薬草について学び、村人を救い、必要であらば弓を構える。更に、村人とふれあい、親睦を深めることで村の治安は守られるのだ。
巫女というのは、皆から愛され頼りにされるのが仕事のひとつでもあるらしい。
まあ、あいつにとってはごく自然な立ち居振舞いをしているだけなのだろうけど。
それでもかごめと村人との絆が深まることは、俺にとっても喜ばしいことだし、彼女自身もそう感じているだろう。
だったら、黙って見守るのが筋ではなかろうか。
「…とか言ってますが、」
「あ?」
「本音は覗き見がバレたらマズイからだろう?」
「……うるせえよ」
――
「ただいまー…あ、犬夜叉おかえり!」
「…おお。お前もな」
結局、俺はあの後まだ眺めていたいと溢す弥勒を引き摺って家に帰ることにした。
俺だって監視…いや、眺めていたいのは山々であったが、覗き見をしていたのがバレたらそれはそれでマズイ気がした。
家に着き、囲炉裏の前に胡座を掻き、小刻みに足を揺らしながら、どれくらい過ごしただろうか。
結局、忙しない気持ちで待っていたかごめが帰ってきたのは、俺よりずっと後の日の入りの時刻である。
そして元気よく簾を上げた彼女に目を向ければ、その手に薬草の籠と村の人達からの餞別をごっそりと抱えていた。
「今日は柿もらったから食後に食べましょ!」
にこにこっ、と楽しそうな笑顔を浮かべる彼女に、先ほどまでの不満が何処かへ飛びそうになる…が、そういうわけにもいかない。
「…犬夜叉?」
「あ?」
「なんか難しい顔してるけど…何かあった?」
大有りである。
「…なんかお前…人混みのにおいがする」
「え!」
きっと俺が帰ったあとも色々な人と話し、ふれあってきたのだろう。いつも以上に大勢の人のにおいがして、俺は思わず顔を顰めた。
「…そう?まあ、今日はたくさんの人と会ったしねー」
「……」
「…だからなんであんたはそんな不機嫌なのよ」
怪訝そうに此方を見上げてきたかごめ。思わず手を伸ばして、その細い腕を取って引き寄せた。
「わっ…」
体勢を崩した彼女を容易く受け止めて、更に顔が歪む。
いつもなら、ふわりと彼女の優しい匂いが漂うのに。今は大勢の人のにおいに呑まれて微かにしか感じられない。
そこに、恐らく先ほどの青年のにおいらしきものを感じ取って、俺は更に更に顔を顰めた。
「…気に食わねえ」
「なにがよ」
「……おめえの匂いが、しねえ」
「へ…?」
彼女の髪に鼻を埋める。
やきもちかと尋ねられれば否だ。
そんな生温いもんじゃない。
これでもかなり我慢はしているんだ。俺にしては。
本当は、かごめに触れる男がいたら蹴散らして、二度と近づかないように…色々としてやりたい。
「…気安く触られてんじゃねえよ」
俺以外に触られるな。話しかけるな。笑顔を向けたりなんかしないでくれ。
でもそんなこと、不可能だってなのは分かってる。分かってやるけど、嫌なもんは嫌なんだ。
お前はそんな俺の心情を分かってくれ。
「なあに、やきもち?」
そんな彼女の呆れたような声にカチンときた。
「やきもちだあ?…分かってねえな、お前」
お前は分かってねえよ。俺のことを。男のことを。
「今日何人の男に触られた?」
「そ、そんなの数えてないし…覚えてないわよ…」
そりゃそうだろう。
自分でも無茶を言っていることは百も承知である。
「…ねえ、どうしたの?いつもそんなこと言わないのに」
腕の中で不安げな表情を覗かせるかごめに、胸の中のモヤモヤが増していく。
俺はいつだって言いてえよ。
「……ばかやろう」
「え?」
けど、我慢するから。外では何もしねえし、言わねえから。
せめて二人の時くらい物申させて欲しい。せめて、お前にまとわりついているそのにおいを洗い流すくらいはさせて欲しい。
「…湯浴みに行くぞ」
そう言った途端、みぞおち辺りにそこそこの衝撃を受けた。かごめが突然俺に抱きついてきたのだ。
「…かごめ」
「私のにおい、嫌?」
「……今のお前のにおいは嫌だ」
「そっか…」
じゃあ、と身を寄せてきた彼女に少々動揺しながら、その身体を引き寄せる。
「…なんだよ」
「…い、……犬夜叉の、好きな匂いに…して」
「ッ!」
ひとつ、脈が大きく打ったのがわかった。
「ば…、ばかじゃねえの…」
そんな不意打ち、反則だ。
「…い、いから、とりあえず温泉行くぞ」
「…真面目に言ってるのに」
「……っ、」
焦る俺を見上げた2つの茶がかった瞳に、言葉が詰まった。拗ねたように口を尖らせながら、それでいて目は至って本気だ。しかも上目遣い。更には赤面。
俺はその顔にとにかく弱い。
「…っだから、温泉に行くんだろうが」
「…え?」
くそ。
思わせ振りな言葉を口にするくせに、鈍感なのだから質が悪い。
「…匂い、…っお前の匂いにしてえから……まず洗い流せ」
くそ。くそ。
本心っちゃあ本心だが、口にするとなんて気障な言葉なんだ。
顔に昇る熱のせいで輪郭がはっきりと分かる。
「うん!」
途端に満面の笑みを浮かべた彼女を横目で見遣る。もしかしてこいつ、俺がこういう台詞を言うことが計算済みだったんじゃ、なんて考えが頭を掠める。
早く早く、と俺を急かす彼女に苦い顔をしつつ、溜め息を堪えた。
結局、俺の言いたいことは彼女に伝わったのだろうか。…いや、絶対伝わってないな。やはり俺が我慢するしか無いのだろうか。
「……オラ、乗れ」
「はあい!」
……やっぱり、俺が我慢するしか無えんだろうな。
彼女の温もりを背に感じながら、気付かれないように溜め息を吐く。頭の中で「早く慣れなさい」という弥勒の笑い声が聞こえたような気がした。
了
やきもち…というよりは嫉妬ですかね?そして犬くんが予想以上にヘタレ…!!
かおりさま、この度は企画への参加、ありがとうございます!
夫婦になっても、犬くんには余裕がなさそうですよね!なんたってお嫁さんがモテモテですし!
というのが書きたかったのですが…お題に沿えているか不安です…
気に入って頂ければ光栄です!
それではかおりさま、これからもどうぞよろしくお願いします!
ありがとうございました!^^*
20120402
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