過ぎ去りし君に
茜さま
企画・捧物
ああ、来たな。
ふと、顔をあげる。風に混じるにおいが変わった。一人で来ると思ったが、二人一緒に来やがったか。ほんっと、性格わりい奴。
においの薄さとアイツの足の遅さからして、ここにくるまでもうしばらくってとこか。
一つ、短く息を吐いて、俺はその場に立ち上がる。
心の準備なんて今更だ。
そんなもの、あの日──彼女を腕に収めた瞬間からしてきたのだから。
『過ぎ去りし君に』
「鋼牙…この匂い…」
「ああ。だろうな」
狼どもと銀太、八角、そしてその他の手下に山の方へ行くことを命じる。心配そうに寄り添ってくる何匹かの頭を撫でてやりながら、手下には早く行くよう促した。
彼らが居なくなってから、俺は詰めていた息を吐いて、滝の横の岩肌に背を預け目を閉じた。
今まで生きてきた中で年数を数えたことなんて無かった。自分の歳もおおよそでしか覚えていない。
けれど、三年だ。
これだけははっきり言える。
ここは季節の変化が分かりづらい岩に囲まれた巣だが、それでも、あれから春がきっかり三回訪れたことに間違いはない。
妖怪にとっちゃ、三年なんて一瞬だ。今までの人生だってそんな感覚で過ごしてきた。
けど、
「……三年ぶり、か」
長かった。
腑抜け野郎にはあれから何度か会ったけれど、……お、前に会ったのはいつだったっけか……まあ別にいいけどよ。
ともかく、彼女に会うのは、三年ぶりなのだ。
突然、匂いが消え、気配が消え、野郎の村を訪ねてみれば「居るべき処に還った」しか言われなかった。俺がどれほど、心配したことか。
しかしつい最近「時渡りの巫女が還ってきた」と風の噂で聞いた。俺がどれほど、安心したことか。
それから数日経ったのが、今日である。
割りと早かったなあ、と苦く笑う。あの野郎のことだから、もう少し先かと思ったが。
そんなことを思いながら、目を開いた。
チラ、と視線を遠方に移せば──見えた。滝が落ちる隙間から、ちらりと見えた緋色。
あーあー、本当に二人で来やがって。思わず口元に滲んだ苦笑を片手で覆う。
野郎一人に報告される方がまだマシだったのによ。そこまで頭が回らなかったんだな、どうせ。アイツバカだし。こっちの気も知らねえで。あのバカ野郎。
もう一度、息を吸って、吐いた。脈打つ心臓とは反対に、身体は妙に冷えていた。
「……っし、…」
滝をくぐるために、一歩踏み出した。
くぐった先、まず真っ先に目に飛び込んできたのは麗らかな春の白い光。目を閉じて、もう一度開けたとき、次に視界に入ってきたのは白衣をきた、彼女だった。
「鋼牙くん」
「よお。元気にしてたか、」
久しぶりにその名を口にしたら、
「かごめ」
何か、熱いものが胸に押し寄せてきた。
「うん!鋼牙くんも元気そうで何より!」
向けられる笑顔が、声が、仕草が三年の月日を感じさせた。
たかが三年。
「しっかし、変わっちまったなあ…髪も伸びたみてえだし」
「そう?たった三年よ」
されど三年だぜ、かごめ。
三年前の、あの幼さの残るあどけない少女は、面影としてそこに在った。今、俺の目の前に居るのは三年の月日を経た女性であって。
「その出で立ちもしっくりくるしよ…今は巫女やってんのか」
「んー。まあ、そんな感じかな?巫女初心者、みたいな」
「そうか…似合ってるぜ」
「ふふ、ありがと」
はにかむような笑顔に、俺も少しだけ笑い返した。
視線を彼女の背後にやると、目を瞑り、腕組みをしながら岩に寄り掛かっているアイツが見えた。
その余裕っぽい面がムカつく。いっつもあんだけ慌ててた癖によ。
だから、からかいがてら、俺は昔のように彼女の手を取った。
「会いたかったぜ、ずっと」
その瞬間、視界の端でものすごく険しい表情に変わった野郎を見て、内心ほくそ笑む。
んだよ、やっぱ余裕ねえじゃねえか。驚かせやがって。
「…私も。……今日は、鋼牙くんに…伝えたいことがあって」
…ああ、ここでか。
「ん?なんだよ」
心の準備はしてきた。
けど、いざ言われるとなると、何とも形容しがたい感情が胸に満ちる。
「あのね、」
恥ずかしそうに口を開く彼女に、俺は一体どんな顔をしているのだろう。
そんなことを考えつつ、俺は彼女が紡ぐ言の葉に、しっかりと、耳を傾けた。
今は、アイツがかごめを連れてきてくれて良かったと思っている。
「私、犬夜叉と…」
こういう、大事なことは──例えそれが俺にとって酷な話だとしても、
「夫婦になったの」
お前の口から、
聞きたかったから。
「…ま、そうだろうとは思ったぜ」
…あれ、今俺なんて言ったんだ。
「あんだけ仲良さそーに来られちゃ、それしか考えられねえし」
やっべ、なんて言ってるかわかんねえ。
「そもそも、かごめからアイツのにおいがすっげえするし」
「鋼牙くん…」
待て待て。これじゃあマジで心の準備が無駄になっちまう。
「……でも、」
自分を落ち着かせるために息を大きく吐く。
これだけはちゃんと言おうと、寧ろそのためだけに準備してきたのだから、
「…まあ……」
ちゃんと、言え。
「幸せにな」
声は、震えてなかっただろうか。
顔は、笑えてただろうか。
でもそんなことは、別に、いい。
「おめでとーな、かごめ」
心は、込めて言えた。
「…ありがとう、鋼牙くん」
だから褒美に、ってわけじゃねえけど。
「…かごめ」
「ん?」
「抱き締めても、いいか」
きっとすげえ情けない様なんだろうな、とは思った。
「…ありがとう」
でも、そんな笑顔と、言葉を貰えたから、まあ、いいさ。
彼女の華奢な身体に、腕を回す。遠くで、立ち竦むような衣擦れの音がしたが、聞こえないフリをした。
長い瞬きをする。
「鋼牙くんに、…」
「…ん?」
「出会えて良かった」
その瞬間、色んな想いが身体中を駆け巡った。力を制御しつつ、出来る限り目一杯、彼女を抱き寄せた。
なんだか、すげえ寂しくて。でも嬉しいような、苦しいような。
いや、でもやっぱり悲しい。
フワリと香った彼女の匂いが、胸を焦がして、瞑った目から、想いが一筋溢れて落ちた。
「……かごめ」
「…うん」
「…幸せになれよ」
ああ、俺はこの人が、──かごめがすげえ好きなんだ。
「…鋼牙くん」
「ん?」
「幸せだよ、私」
……すげえ、…好きなんだ。
最後に、キュッ、と力を込めて身体を離す。今まで触れていた隙間に通り抜けた風がひどく冷たく感じた。
顔をあげれば、いつの間にか野郎がすぐそこに立っていた。
歯痒そうに眉を寄せながらも、黙っていてくれたということは、俺の気持ちを汲み取ってくれたと解釈してもよいのだろうか。
「…っきもちわり」
「ああ?んだとコラ」
「ま、まあまあ!」
慌てて間に入ってきたかごめに、一瞬、三年前の日々が思い出されて、すぐに掻き消した。
「…そうだ」
ぽそっ、と呟いたかごめに目を向けると、そっと右手をとられた。
「お、」
次に彼女は、野郎の左手をとって、俺たちを交互に見やり、にこにこっと笑う。
「これからもよろしくね」
そんな笑顔でよろしくされちゃあ、もう何も言えねえじゃねえか。
ああ、ちくしょう。
やっぱり、ムカつく。
「やいテメ犬っころ!お前かごめ幸せにしなきゃぶっ殺すかんな!!」
「ああ゛!?んなことっ」
「かごめ、コイツが嫌になったらいつでも俺のとこに来いよ」
「あ、あはは。考えとく」
「なにほざいてんだふざけんな!!おめえも何言ってんだよ!!」
「あーあー、ったくキャンキャンうるせえな…」
「っンの野郎…ぶっ殺す!!」
俺が犬夜叉を挑発して、犬夜叉が俺に絡んできて、かごめがそれを宥めて。
その光景は昔と何ら変わっちゃいないのに、あまりに違いすぎて、ムカつくったらない。
旅をしていた頃はいつも言い逃げだったけれど、この場に来られては逃げることもできない。
ホント、いい性格してるぜ犬っころ。
「…かごめ」
好きだ、と。
もうかごめに告げることはない。
ふと思う。
俺は、お前に言った「好きだ」という言葉を誰かに使い回すことができるのだろうか。そんな女性(ひと)に出会うことができるのだろうか。
「え?」
…まあ、俺は先が長いから。いつかはそんな人に出会えるだろう。とか自分を励ましてみたりするけど。
…でも、しばらくは、お前のことしか考えられねえんだろうな。
これからは、振り向いてもらうための努力ではなく、諦めるための努力をしなければ。
「…じゃあな」
想いからも、あの日々からも過ぎ去りし君に、今の俺にできる精一杯の笑みが、せめて餞(はなむけ)になりますように。
了
切甘甘、とのことでしたが甘要素が見当たらない…お題に沿えているか激しく心配です…
茜さまに捧げます!
もう、リクエスト内容を見た時点で興奮が止まりませんでした!!
こ、鋼牙くんのターンきたああああああ!!…ハッ、すみません!笑
彼は井戸のことも知らないから、人一倍心配しただろうなあ、とか想像が広がり、自分設定が多いですが、楽しんでいただければ光栄です!
茜さま、これからもどうぞよろしくお願いします!
ありがとうございました!^^*
20120326
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