秘めた温もりに触れて
ゆっこさま
企画・捧物
「……」
もう何度来たか分からない「こちら」の世界。
祠から外に出ると、明暗の差に一瞬目が眩む。何度か瞬きをすれば雲ひとつない青空が目に入って、それが今の自分とあまりにも正反対過ぎて溜め息をついた。
視線を空から彼女の部屋の窓に移し、先ほどの喧騒を思い出して、俺は再度溜め息を吐き出したのだった。
『秘めた温もりに触れて』
「おすわりいい!!」
「ぐえっ」
顔面から地面に叩き付けられ、蛙が潰れたような声が喉から出る。
顔を上げようとすれば、頭を誰かに踏みつけられて、俺の顔は再び地面と重なった。
「かごめ、今度は花束作ってきてやるからな!」
「あ、ありがとー…」
「ったりめえだろ。お前は俺の女なんだからな!」
「あ、あはは…」
「じゃな!あばよ!」
野郎が起こしたつむじ風に髪を煽られて、慌てて起き上がれば、既にアイツの背中は遥か彼方。
「…おい」
「……」
またかよ。
そんな意を込めてかごめを睨み付けたら、彼女もそんな目でこちらを眺めてきたものだからカチンときて。
そこからはいつもの流れである。
「てめえなんざ鋼牙の所にでも何処にでも行っちまえッ!!」
「っ何処にでも行ってやるわよ!!犬夜叉のばか!!おすわり!!」
そして、彼女は鋼牙の所ではなく実家へと帰ってしまった。
弥勒や珊瑚、七宝にまで責められるような目で見られ、居たたまれずにここに来たは良いけれど。
───…俺が悪いのか……?
鋼牙が来る度に喧嘩をして思うのだが、責められるのはいつも俺である。
刀を抜いたのも、最後にかごめに放った言葉も良くなかったのは理解る。
が、そもそも何が原因かと言えば、かごめがアイツに気安く触られて、それを止めさせようと俺が口を出すと、かごめが鋼牙を庇うからである。
「…おい、俺は悪く……」
そこまで考えて、ハッとした。
もしや、かごめは鋼牙に触れられるのが嬉しいのではなかろうか。
だからそこまで大した拒絶もしないのだとしたら。俺が間に入ることで話がこじれるのだとしたら。
───あいつ…鋼牙のこと、好きなんじゃ……
それならば、このような状況も説明がつく。要するに、俺が邪魔者なのだ。
「………っふ、」
空を見上げる。いい天気である。そんな青の中を小鳥が二匹、じゃれあいながら鳥居の向こうへと飛んでいった。
「っ上等じゃねえか…!」
何やらバクバクと脈打つ不穏な音を左胸ごと握り締めて、俺はかごめの部屋の方へと一歩踏み出した。
――
「…何しに来たのよ」
部屋に入るなり、第一声がこれである。
今回は「てすとー」が原因で帰ってきているわけではないので、かごめは寝台に横になって書物を読んでいた。
「……別に」
「別にって…」
呆れたように首を振るかごめ。ムッ、ときたがそこは黙って彼女の寝台にドカッと腰を降ろした。
それ以上彼女も追及してこなかったし、俺も何も言わなかったので、そこに居心地の悪い微妙な空気が流れ始める。
「……」
横目でかごめを窺うと、そこには枕に肘をついて書物を捲っている後ろ姿があった。
こいつ、本当に鋼牙のことが好きなのだろうか。
聞きたい。聞きたいが、返ってきた答えがもし肯定ならば、俺はどうすりゃいいんだろう。
かごめを鋼牙と旅をさせるべきなのか。いや、そうなると四魂のかけら集めができなくなる。やっぱりダメだ。
っつーか。
こいつが前に俺に言った「一緒にいていい」ってのはどうなるんだよ。俺だってかごめと一緒に…居てえけど。もしその時の気持ちが変わったのだったら、俺の隣から、かごめは…
って、
女々し過ぎんだろ!!
だ、大体こいつが…はっきり、しねえ…から……いや、はっきりしてねえのは俺の方か。
…って、だから女々しいんだっつの!!
「…あんたがだんまりだと、なんか気持ち悪いわね」
突然声を掛けられて、ハッと意識を戻す。ちら、と声の主を見やると視線は書物の方にあり、少しだけほっとした。
「…けっ、俺だって考え事する時もあんだよ」
「へえ。もしかしてさっきのこと?」
「…は、はあ?んなわけねえだろ!」
「なーんだ。ちょっとは反省してるのかと思ったのに」
そう言った彼女は身体を起こし、俺の隣に腰掛ける。
「…俺は悪くねえし」
思わずそう口にすると、彼女は少しだけ笑った。
「あんたも頑固よねー」
その声に、なんだか下っ腹が締め付けられるような感じがする。
「まあ、犬夜叉らしいか」
言霊使っちゃってごめんね、と彼女が言うものだから。俺は完全に謝る機を失ってしまった。
「……いや…」
「犬夜叉、なんか…変よ?」
ひょい、と顔を覗き込まれてドキリとはしたものの、目を逸らすことはしなかった。
というか、できなかった。
「何かあった?」
この大きな瞳の奥底に、彼女はあの痩せ狼の背中を秘めているのだろうか。
その真っ直ぐな心は、鋼牙のことを想っているのだろうか。
…だったら。
だったら、今まで共に旅をして来た俺は、彼女にとって一体なんなのだろう。
ツキツキと胸を衝く痛みに知らず知らずの内に顔を顰めていた。
「犬夜叉…大丈夫?」
こちらに身体を乗り出してきた彼女の両の手を取ったのは無意識だった。
「えっ…」
その手を握ったまま、今度は俺が彼女の方へと身体を寄せる。俺の両手に収まる低い体温に、なんとも言い難い感情が押し寄せてきて、眉を寄せた。
「ちょっ…は、離して!」
緩い拘束ではあった。
かごめの手は、いとも簡単に俺の手からスルリと抜ける。同時に彼女は俺から思いきり身を引き、今にも泣きそうな顔をした。
「い、いきなり…なによ…」
その表情に、先ほどの感情の名を理解した。
「…ああ、」
確か人は、これを「切ない」と言い表すのだ。
「…え?」
「嫌だったか」
「…そ、そんなんじゃ…!」
「鋼牙は良くて、俺だと嫌か」
「切ない」とはなんて痛いんだろう。口にすると、更に痛みが増した胸は、どこか冷たくもあった。
「なあ、お前さ…、」
鋼牙のこと、好きか?
なんて、口にできなかった。代わりに些か強引に彼女の手を引き、抱き寄せた。
「い…ぬや、しゃ……?」
腕の力を強めて、彼女の髪に頬を埋める。フワリと香り立つ彼女の匂いに、目を閉じた。
俺は自分で思っているよりも、かごめのことが大切なのかもしれない。それはもう、誰にも渡したくないくらいに。
「……あのね、」
「…ん」
「嫌じゃ、なくて…」
「ん?」
「……その、…」
「…なんだよ」
俺の腕の中で、何故かもじもじとし始めたかごめに首を傾げる。
少しだけ身体を離し、彼女の顔を上から窺うと朱に染まった耳が見えて、つられてこちらも顔に熱が昇った。
「…な、なんだよ」
再度尋ねると、フイッといきなり顔を上げてきた彼女の大きな瞳に不意を突かれて息を飲む。
「あ、あんたにされると……っ違うのよ!」
とんだ爆弾発言だ。
「ち、違うって…どう…」
「っい、言わせないでよね!バカ!!」
…おわ、……おわあ…。
顔を真っ赤にして、俺の腕から逃げようともがくところを見ると、彼女も自身の発言の破壊力を理解したらしい。
俺だって爆弾を投下されて、きっと目も当てられない顔をしているのだろう。
「もう!いい加減離しなさいよ!」
「お、おう」
今回最大の剣幕に、思わず手を引く。
俺の腕から逃れたかごめは、ものすごい勢いで寝台の端まで身体を寄せ、ものすごい勢いで顔を俺から背けた。
そんな姿を呆然と眺めながら、彼女の耳がまだ赤いことに気付き、俺の視線が泳ぐ。
先程とは違う、ぎこちない空気。
チラと横目でかごめを窺えば、頑なにこちらに背を見せる姿がある。顔は見えないが、先ほど彼女が見せた表情を思い出して胸が高鳴った。
───……か、可愛い…
そして、鋼牙の前では決して見せなかったあの表情を、俺がさせたのだと思うと、冷たかった胸に熱が灯る。
寝台の上に投げ出されている彼女の手に、もう一度触れてみた。
「…!」
かごめはピクリと肩を竦ませただけで、何も言わない。
キュッと握り締めれば、柔らかくて、滑らかで、小さくて、俺より低い体温を改めて実感する。
かごめが鋼牙を好きだとか悩んでいた自分が馬鹿らしくなった。彼女の反応を見る限り、少なくとも俺は鋼牙より上だ。
それにしても、手を握るだけで、こんなにも心揺さぶられるとは。彼女の温もりに安堵するとは。
痩せ狼が毎度毎度手を握り締める気持ちが分からないでもない。
が、
───二度とあの野郎に触らせねえ…!!
それとこれとは別である。
静かな優越感と誓いを胸に秘めていた俺は、すぐ隣りで、はにかみながらも嬉しそうに微笑っていた彼女に気付かなかったのだった。
了
積極的な犬くん…の割にヘタレていらっしゃる気が…←
ゆっこさま、この度は企画への参加、ありがとうございます!
せっかく鋼牙くん絡みのリクエストを頂けたというのに、彼が出たのはほんの一瞬…!!申し訳ないです…。
こんなお話ですが、エネルギーチャージの糧になれれば光栄です笑
それではゆっこさま、これからもどうぞよろしくお願いします!
ありがとうございました!^^*
20120329
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