捧物
秋の夜長
コトリさま/23456枚目
秋の風が、残っていた夏の空気をすっかり冷まし、外は見る間に赤や黄、橙の絨毯と壁紙が視界を覆うようになった。
あまり寒暖を感じない俺でも、「涼しくなったな」なんて一人ごちる位なのだから、人間であるかごめはもっと敏感に感じているのだろう。
犬夜叉、なんて可愛らしく口にしては猫のように擦り寄ってくるかごめ。
そんな姿を見ながらふと思う。この季節は、人肌が恋しくなるのだろうか、と。
『秋の夜長』
「…おい」
「ん」
妖怪退治から帰ってくるなり、俺に抱きついたまま離れないかごめの頭に手を置く。
「仕事はいいのか?」
「うんっ!もう終わってるから」
時刻は亥の刻(約23時)を回っているはず。飯は弥勒ととってきたし、そこは問題ないのだが。
「……あのな、」
そんなにじゃれるな。俺だからまだ耐えられるが、その無防備さには流石に苦笑せざるを得ない。可愛い過ぎなんだよ、てめーはよ。
「犬夜叉疲れてるの?もう寝る?」
少し心配そうに、そしてしゅんと眉を下げて首を傾げるかごめ。
「おめえもそろそろ寝ろ。明日起きらんねーぞ」
「……うん」
布団を敷きに行った背中がしょんぼりしているのは気のせいなのだろうか。少なくとも理性と男心の間に張られた緊張の糸が緩んだことに溜めていた息を吐き出した。
――
が、その出した息を呑まねばならない事態が起こった。
いつも通り布団を並べて、床につく俺とかごめ。いつもだったら他愛ない会話を二、三交わしてかごめが寝てしまうのだが今日は違った。
「……ねえ、」
その声に無意識にピクリと反応する俺の聡い耳。次いで衣擦れの音がした。どうやらかごめが起きたらしい。
「犬夜叉…」
俺の反応を窺うような声。あとどのくらい理性が保てそうか考えながら身体を起こした。
「どうし……」
思わず口が開いてしまった。何故ならかごめが暗くても分かるほどに頬を染め、ちょこんと布団の上に正座をしていたからだ。
「あの、……」
「…………」
「くっ………――口付けしても、……いいかな…なんて」
開いた口から出たのは、溜め息と感嘆の呻きがない交ぜになったような空気の塊だった。
夫婦になって約半年。俺から求めることはあっても、かごめからこんな風に、直接的に求められることはなかった。だから、驚きよりも喜びの方が大きくて。
…それに加えて悪戯心、もとい加虐心に火が点いた。
「いいぜ、……ほら」
ちょい、と人差し指で自分の唇を指した。途端に真っ赤になる彼女の顔。
「そんなんでちゃんとできんのかよ」
なんだか可笑しくて笑いながらそう呟けば、
「……ッできるもん!!」
即答が返ってきた。と同時にズイッと一気に俺との距離を縮めたかごめ。ムッとしていた表情も見る間に赤くなっていく。
「ん、どうした?」
自分の口角が上がっていくのが分かる。恐らくニヤニヤと。
「…………目、…瞑ってよ」
フイと視線を布団の皺に逸らし、呟かれた言葉に胸がザワめく。
「照れんなよ」
「照れるわよ!い・い・か・らッ!」
へいへいと目を閉じる。それでもかごめの息遣いや、甘い香り、衣擦れの音が耳に入り、目を開けたくなる衝動に駆られる。
そんな風に悶々としていると、柔らかいものが口に押し付けられた。
しかしそれはちょうど唇の端に宛てられたもので。初めて、人にしたような拙い口付けに愛しさが増す。
触れるだけ。たったそれだけなのに身体を巡り行く妙な高揚感は一体何なのだろう。
目を開ければ、恥ずかしそうにしながらも反応を窺うかごめが居て。そんな姿に込み上げる笑みを堪えた。
「…へたくそ」
「なっ…なによ……初めてなんだもん!仕方ないじゃない…」
おどおどと、しかしはっきりと抗議する彼女。その肩に手を添え少しだけ引き寄せた。
「お前、目ェ閉じてやってるだろ」
「……みっ、見てたの!?」
「ばか、こんなところにされたらそうとしか思えねえだろ」
先ほど熱を感じた所を指差せば、再び顔を朱に染める彼女。
はあ、と今晩何度目かの溜め息をつく。今日は何もしないと決めたのに。
「口付けってのはな……」
肩に添えていた手を彼女の顎まで持っていき、ゆっくりと上にあげた。確かめるように柔らかで少し湿っているような唇を一撫でする。
もう手慣れたものだ。
触れるだけ、と己に言い聞かせて暫しの間唇を軽く重ねた。音もなく離れれば困ったように眉を下げ、ぼうっとした表情のかごめ。
「…こうやんだよ」
その頬にもう一度唇を寄せると、悩ましげな声で呻かれた。
「…犬夜叉、……口付け上手よね……」
「なッ…」
突然だった。先ほど緩みかけていた緊張の糸がブヅン、と音を立てて引き千切れる。
「いぬ……っふ…ッ」
荒々しく唇を塞げば突然のことに息を漏らすかごめ。それが妙に艷っぽくて、心臓の鼓動の速さを増していく。
角度を変えて何度も。その度に漏れる吐息が熱く甘い。頭の奥がジンと痺れるような感覚が息苦しくて心地よい。
「……っん…ぁ」
休む暇も与えず繰り返した接吻のせいか、かごめの呼吸の乱れが激しくなる。そのためか、彼女は酸素を取り入れるためにゆるりと口を開き始めた。
一旦唇を離して、乱れ、喘ぐ彼女を見つめる。彼女の目が潤んでいるのを見て、目尻に口を寄せた。
「…………っは、ぁ…」
「……かごめ」
「……っん」
「………止まんねえかも」
「……………ょ」
「…ん」
「………ぃ、ぃょ…」
未だに息が整わない中で、それでも了承してくれたことがたまらなく嬉しい。「愛されている」などクサい言の葉がまさか自分の中で生まれるなんて、考えたこともなかった。
「……背中、…壁に預けてろ」
なるべく負担はかけたくなくて。かごめが壁に寄り掛かってるのを確認してから、再び唇を重ねた。
少しだけ荒々しくすればまたすぐに息が上がったかごめ。今度は息継ぎのために開いた口に舌を差し入れた。
ピクリと彼女の肩が跳ねたのを視界に入れながら、貪るように顔の角度を変えて、奥へ奥へと舌を進めてかごめを味わう。
壁に背を預けていたのも、更に力が抜けたようで、気付けば俺がかごめを押し倒しているような体になった。
そんなことを冷静に観察する俺と、かごめを求めて止まない俺。頭の片隅で矛盾しているな、などを考えながら彼女の小さな手に己の手を絡めた。
ふと彼女の口内で熱のある塊に触れた。まるで隠れるように縮こまっている彼女の舌。そっと舐めあげれば聴いたことの無いような甘い声が耳を刺激する。
歯列をなぞり、舌を吸い、二人きりの小屋に艶やかでなまめかしい水音が響く。
――結局、俺のしたいようにやっちまったな
これで最後、と軽く唇を吸ってから音を立てて離す。
名残惜しげに二人を繋ぐ糸を、彼女の唇を舐めることで断つ。次いでにつと彼女口の端から顎に伝うそれを舐めとり、目を細めた。
これでもか、というほど顔を染めたかごめ。その瞳からはたはたと涙が零れていたのだ。
生理的な涙とはいえ、どこか後ろめたい。優しく身体を起こしてやってから自分の腕の中にその小さな身体を収めた。
「…………あやまらなくて、いいから、……ね」
ふと呟かれた言葉にドキリとする。心の内を見透かされた気がして苦笑した。
「……そうか」
「ん……」
まだ何処か焦点の合わない眼差し。それでもいつもと変わらない優しげな微笑みが胸を締め付けた。
「……いぬや、しゃ」
「ん」
「…だきしめて」
「……」
ゆっくりと自分に差し伸ばされた細い両腕。嬉しいのだが、…短気な俺が抑え難い感情を持て余してることをそろそろ察して欲しい。
は、と短く息を吐き出してから小さく微笑った。とりあえず今日のところはここで終わりにしよう、と。
「ほらよ」
彼女の脇の下に腕を回し、前から思い切り抱き締めてやる。俺の胸に彼女の柔らかな頬が当たるのを肌で感じながら、彼女の黒髪に顔を埋めた。
しばらく彼女の甘い匂いや柔らかな身体を感じ、不意にチラと見たかごめは幸せそうに微笑みながら規則正しい寝息を漏らしていて。
「………心臓もたねえよ、ばか」
苦笑と文句をこぼしながらも、端から見れば俺もまた、彼女同様に幸せそうに微笑んでいるのだろう。
秋の夜長。
遠くで鈴虫が鳴いているのを聴きながら、俺は目を閉じる。愛しい女は、秋の冷たい風を忘れさせてくれるほどに、暖かかった。
了
コトリさま、本当に長らくお待たせ致しました…!!
23456枚目を踏んで下さりありがとうございます!
すっごい甘甘、とのリクエスト。自分なりに甘く、甘くと念じながらカコカコやっておりましたら、いつの間にやら攻め犬にorz
それにしても相も変わらず理性を飛ばすのが速い拙宅の犬…
それでも楽しんで甘い気分になって頂けましたら光栄です!(^^;
コトリさま、リクエスト共に訪問本当にありがとうございました!m(__)m
これからもどうぞよろしくお願い致します!
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