捧物
悪化促進中
綺羅さま/23000枚目
自分で言うのもなんだが、俺はかなり大人になったと思う。
昔――旅をしていた頃はあの痩せ狼に「余裕がない」などと言われていたが、かごめの居ない三年間を経てかなり我慢強くなったと自負している。
そう、少なくとも三年前よりは。
『悪化促進中』
「かごめ様、こんにちは」
「あら、辰吉さんこんにちは!」
にっこりと微笑むかごめ。その笑顔が目映いのは真昼のせいではなく、彼女自身の輝きだと村の奴らが気付いたのはいつなのだろう。
俺は昔から知っていたが。
「そういえば先日の怪我の具合はどうですか?」
「あぁ、あれですか。かごめ様のお陰ですっかり傷口が閉じましたよ」
「本当ですか!良かったあ…また何かあったら言ってくださいね」
「はい。いつもありがとうございます」
「いえ、それではまた」
最後にまた微笑み、辰吉と別れる。かごめの後ろ姿を眺める辰吉。お前は奴の頬が赤くなっていることなんか知らねえんだろうな。
それにしても、と眉を顰める。まだ半日なのに、もう七人目だ。
何がか。――かごめに話しかける野郎の数がだ。
確かにかごめはいい女だと思う。というか本当に良い妻だ。その上気立ても良いし何より人懐こい。
……妖怪にまで普通に接するのは止めて欲しいが。
だから村の野郎共が惚れたって何もおかしくはない。
おかしくはないけど、面白くない。頬を染めて話し掛ける男も、それにやきもきする俺も、そういうことに全く気付かないお前も。
「かごめ様っ!!」
ほら、まただ。イライラする。八人目は楓の家のすぐ近くに住んでいる吉之助だった。
「吉之助さん、こんにちは」
先ほどと同じように立ち止まって、振り返って、にこりと微笑むかごめ。そうか、こんなんだから毎日薬草摘みの帰りが遅くなるのか。
「薬草摘みに行かれるんですかっ?」
「はい、すぐそこの林の奥ですが」
「わっ、わたくしめもご一緒しても……よ、よろしいですかっ?」
「んー…いいですけど、手が汚れちゃいますよ」
「かっ構いませぬ!!」
…気に喰わねえ。
いや、これはいい傾向なのだ。かごめがこの戦国時代に戻ってきて、まだ半年と経っちゃいない。それでも村の人に馴染み、生活に慣れ、信頼を寄せられている。
ぜってーいいことなはずなのに。
なんでこんなにムカムカすんだ。
はあぁ、と大きな溜め息が出た。樹の上からそんな鈍感でお人好しな妻を眺める。
別に覗きなんかじゃない。…たまたま仕事が早く終わって、たまたまかごめを見つけただけだ。断じて、…断じてつけていたわけではない。
「そうですか、かごめ様はこの村がお好きなんですね」
「はい、みんなお友だちみたいで」
「わたくしも、その…す、好き、…です」
「良いところですよね」
「はい……」
ぼおっとかごめを見つめる吉之助。その熱っぽい視線に気付かずに彼に微笑み続けるかごめ。
何かが、切れた。
「おい、」
「あ、犬夜叉さま…」
「え、犬夜……きゃっ」
気付けばかごめを抱き締めていた。吉之助から彼女を隠すように。そして呆然とその場に佇む彼に鋭い一瞥をくれる。
「取り込み中だ。帰れ」
ああ、やっちまった。吉之助もかごめも時間が止まったようにキョトンとしている。
「あ、は…はい!」
先に時間が動いたのは吉之助だった。慌てて駆けていく奴の後ろ姿を見送る。
「なっ…にやってんのよ!」
ようやく俺の胸から顔をあげたかごめ。眉はつり上がってるが頬は朱色だ。それを見て少し安心した。正直「おすわり」を食らうかとヒヤヒヤしていたのだ。
「……別に良いだろうが」
「良くないわよ!もうっ恥ずかしいんだから!!」
「お前な……、」
「何よっ」
フンとそっぽを向くかごめにムッときた。人の気も知らないでこのアマ…ッ!
ぐいっと彼女の柔らかい頬を両手で挟んで目を強制的に合わせる。
「目の前に俺がいるってのに、おめーは一体何処見てんだよ!!」
ピチチチと鳥の囀りが耳に入る。風が木々を揺らし俺の髪も、かごめの髪も同様に空に散らした。
沈黙。
「……何処で見てたの」
「…………樹の上」
「いつから」
「……家出たところから」
「もう……」
はあ、とかごめが吐いた溜め息が俺の髪を揺らす。それがくすぐったくて少し目を細めていると、彼女の頬を抑えている手に、優しく、もう一人の手が重なった。
「なあに、妬きもち?」
「……だったらなんだよ」
「んーん、可愛いな、と思って」
そう言ってクスリと微笑むかごめ。まるで花が花弁をゆったり広げるように胸に募るただ愛しいという気持ち。
そして、気付いた。その笑顔は先ほど辰吉や吉之助に向けていたものと異なっているということに。
「……ばか、こっちの台詞だっての」
俺はもう一度彼女を己の胸に引き寄せた。
前言撤回だ。
俺はかごめに関して、昔と変わらず心や行動に全く余裕がない。いや、寧ろ悪化している。
ちったあマシになったと思っていたんだけどな。
無理だ。実際。
三年もの間、その声、笑顔、温もり、優しさ――かごめという存在に焦がれていたのだ。別の言い方をすると飢えていたわけで。
我慢強くなった、なんて冗談にも程がある。逆に弱くなった。
今なんて、一日中共に行動していたいくらいなんだ。こんなんじゃ進歩というより退化だ、退化。
お前に近付く男は気に入らねえ。好意を寄せる野郎はもっと気に入らねえ。
弥勒や珊瑚に言ったら「束縛だ」とか「嫉妬深い」なんて言われそうだが、んなもん知るか。
こんな俺を、お前は受け入れてくれるんだろ?
だから俺はこれからもずっとこんなんだろーし、更に酷くなる可能性もあるだろーけど。
お前が傍に居てくれるから。もうしばらく、……願わくばこの先もずっと、我が儘で負けず嫌いな俺を許してやって欲しい。
…………なんて。
「……他の男と話すなってわけじゃねえけど…」
「…ん」
「あんま他の奴の匂い付けんな」
「…うん!」
彼女の髪の毛に顔を埋めるとまだ不愉快な匂いが仄かに残っていて、眉間に刻まれるシワが深くなっていくのが分かった。
この匂いが消えるまで――俺の匂いが移るまで、しばらく抱き締めていようと決めた。
俺らの間に、熱を冷ますような涼しい秋の風が吹き抜けていった。
了
お待たせ致しました…!(><`;
綺羅さま、23000枚目を踏んでくださりありがとうございました!
夫婦犬かごで妻に近付く男たちに嫉妬する夫、というお題を頂戴いたしました!
頭でごちゃごちゃ考えてるけど結局強引な行動に出ちゃった犬くん笑
なんやかんやでラブラブな夫婦だとニマニマして頂けたら光栄です\(^O^)/笑
……ついでにタイトルのセンスの無さも、笑い飛ばして頂けたら光栄です←笑
綺羅さまは二回目のリクエストという…!Σ(/_;)
心の底から嬉しいです!!是非是非次のキリ番も狙ってください!←
訪問、そしてリクエスト本当にありがとうございました!これからも頑張りますので何卒よろしくお願いしますm(__)m
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