[携帯モード] [URL送信]

捧物
言の葉時雨

望さま/22000枚目




























「夕方に戻るだあ〜?っざけんじゃねえ!!朝一番に戻るっつっただろーが!!」


「そんなこと言ってない!明日戻るには変わりないから良いじゃない!!」


「良くねえ!!てすとてすとと……ッそんなにそれが大事なのかよッ!!!」


「ええ、大事よ!!私これでも受験生なの!いい加減煩いから出てってよ!!」


「うるせえのはそっちだろッ!そんなにそれが大事ならもうこっちに戻ってくんな!!!」


「な……それとこれとは関係な…っ」


「はい、ちょっといいかしら?」


剣呑な空気の中、場違いなほど穏やかな声が響いた。二人は一瞬にして静まり、その声の主を振り返った。


「もう夜遅いから、そろそろ喧嘩は止めましょうか」


ね、と微笑まれては何も言えまい。ふふふ、と笑って部屋を出ていったかごめの母親。その後ろ姿を見送りながら二人は顔を見合わせてお互い、そっぽを向いた。


『言の葉時雨』


シャーペンが忙しなく動く。カリカリと静かな空間に響き渡る音は重苦しい沈黙を和らげてはくれない。
キィッと椅子を回転させ、ベッドに背を預けてこちらを睨む彼に私は何度目かの溜め息を吐いた。


「……ねえ、いい加減出てってよ」


「んだよ、何もしてねえじゃねえか」


「あのね〜……気が散るんだってば」


「けっ、集中力が足りねえんじゃねえか」


「〜〜っ!」


バカにしたような彼の顔を思いっきり睨み付けて、私はもう一度数学の公式に目を通した。

背後から感じる視線にイライラしながら気を紛らわせるために、とにかく手を動かす。

しばらくそれと格闘していると、急に何かが開けた。一度公式を理解できると問題が嘘のようにスラスラと解けていく。私は問題集を貪るように解いていった。

いつの間にか背後の視線も気にしなくなっていた。


――


それからどれほど時間が経っただろうか。堪えていたけれど我慢できず、ひとつだけ欠伸をこぼした。

すると初めて後ろから衣擦れの音がする。そういえば犬夜叉居たんだっけ、と後ろを振り返ろうとするとすぐ横に彼が立っていた。


「っわ」


「……なんでい」


ムッと器用に片眉を上げ、腕を組んでこちらを見下す彼の瞳は不機嫌を隠そうとしていなかった。

その態度に私もムッとする。「邪魔しないで」と言い放って参考書に手を伸ばそうとすると、不意にその手を掴まれた。


「……何よ」


内心ドキリとしたことを悟られないように口調はあくまで尖らせてそう呟く。


「……寝ろ」


彼も私に負けず劣らず尖った声音でそう呟いた。けれどその言葉が意外すぎて、私は彼を見上げてしまった。


「…………んだよ、その間抜け面はよ」


あんぐりと口を開けて呆気にとられている私を見て彼は眉間にシワを寄せた。

もしかして心配してくれてるの、…なんて。そんな自意識過剰なこと聞けない。


「……私のことなら気にしないで」


口から出たのは想いと裏腹な言葉。彼に掴まれた手が熱い。そろそろ離してもらわないと、この鼓動の速さがバレそうで。


「……っとに可愛くねえ女だな」


ちっ、とひとつ舌打ちをした彼は私の手を離し先ほど居たベッドの下に座った。


「……んなに〔てすと〕が大事なのかよ」


不貞腐れたような声が静かに響く。そういえば、さっきも同じことを言っていた。テストが大事なのがそんなに気に食わないのだろうか。


「……大事よ」


「大事そうに見えねえんだよ。毎度毎度嫌な顔しやがって」


「…犬夜叉、……私だってできたらやりたくないわよ」


椅子から降りて、私は犬夜叉の正面にしゃがんだ。細められた黄金色の瞳がチラとこちらを見る。


「……でもね、やりたくなくてもやらなきゃいけないことってあるでしょ」


そう言うと一瞬、彼の瞳が見開かれ、揺れたように思えた。でもすぐに顔を背けられ、確認することは叶わなかった。


「…………分かんねえ」


「……そう」


私は立ち上がってもう一度机に向かった。とりあえず数学だけやれば何とかなりそう。公式は覚えたから後は応用ね、と自分に言い聞かせてシャーペンを手に取った。



ふと顔をあげれば時計の針は2時を回っていた。そろそろ寝ようか、と後ろを振り向く。


「……ぁ」


そこには犬夜叉が愛刀を抱えながら静かに寝息を漏らす姿があった。
しばらく見ていない彼の寝顔。あどけない表情が私の笑みを誘った。


「………風邪、ひくわよ」


電気を消して、自分のベッドから布団を降ろし、彼にそっと掛けてやる。なるべく音を立てないように気を付けていたのに、


「…………ん」


流石は犬夜叉。ゆるりと瞼を開けた。


「…ごめん、起こしちゃった?」


「……いや」


数回ゆっくり瞬きをして、彼は私の姿を捉えた。暗い中でも彼の表情はよく見えて。いつになく真剣な顔つきなのは寝起きのせいだろうか。


「……なあ、かごめ」


「なに?」


その瞳を見つめ返すと、先ほどの尖った視線は消え失せて、代わりに躊躇うように瞳が揺れていた。



「俺は、……やりたくねえならやらなくて良いと思う」


フイと視線を逸らしながら彼がボソリと呟いた。何と言おうか迷っていると、彼がまた口を開いた。


「〔てすと〕と話が違うかもしれねえけど……四魂の欠片集め、…お前がやりたくねえなら……」


……何を言っているのだこの人は。もしかして寝惚けているのかしら。それとも本気で言っているの?どっちにしたって…


「…バカね」


「っな…俺は真面目に……ッ!」


「それがバカだって言ってるの」


そっと私より大きな手に触れると少しだけビクリと手が揺れた。


「テストは確かに嫌だけど…四魂の欠片集めは嫌じゃないわ」


「………命が危険に晒されてもか」


「ええ、…だっていつもあんたが守ってくれるじゃない」


「……」


「何より……私が、あんたの傍に、…居たいのよ」


言ってから顔に昇る熱に気付いた。はっと犬夜叉の手から手を離そうとすると、私の動きより彼の方が速かった。彼に掛けていた布団が落ちるのを他人事のように見る。


「…………かごめ」


「な、何……?」


「…」


「犬夜叉?」


握られた手は彼の頬に持っていかれた。手の甲から感じる彼の頬は何となく熱いように思えて。


「………分かった」


それが「ありがとう」に聞こえたのはきっと思い過ごしなんかじゃない。


「けど、…無茶はすんな」


「……うんっ」


嬉しくて、ついさっきの喧嘩を忘れそうになった。……けれど、聞き捨てならないことを言われたのはやっぱり謝ってもらわなくちゃ。


「でも、もう戻ってくんな、って言われたし…」


「あっ、あれは……」


途端に慌て出す犬夜叉。その姿に笑いを堪えながら後ろを向いた。


「寂しいけど……もう戻れないよ」


そう言った瞬間にものすごい勢いで私の身体が後ろに引っ張られた。気付けば身動きが出来ないほど抱き締められていて。


「ちょ……!」


「……あれは言葉のあやだ…忘れろ」


ぎゅうっ、と音が鳴るほど身体が締め付けられて、彼に心臓の音が聴こえてしまいそう。


「わっ、忘れるから離してよ…っ」


「断る」


犬夜叉は足を器用に使って床に落ちていた布団を引き寄せた。


「今日はもういいんだろ、べんきょー」


「え、う…うん」


「じゃあここに居てくれ」


「えっ……!?」


パサリと掛けられた布団。彼の足の間にいる私。彼の腕がお腹辺りで交差して逃げられない現状。それでも一応抗ってみる。


「あ、あの、でもホラ、…犬夜叉が横になって寝れないし」


「…俺はこれでいい」


肩にふと感じる彼の頭の重み。彼の吐息が首にかかって背中がゾクゾクと粟立つ。


「えーと……私が寄りかかったら重いでしょ?」


「なわけねえだろ。俺がどれだけお前のこと抱えて走ってると思ってんだ」


「ん〜〜っ……」


言い返す言葉が底を尽きて微かに唸る。するとお腹に置かれていた彼の手がすすすと動いた。


「!?」


く、と顎を持ち上げられ否応なしに顔を上に向かされる。


「んだよ、照れてんのか」


「だっ……誰がそんな……!!」


「ほおー」


「てっ、照れてなんかいないんだからね!!」


「分かった分かった」


ふっ、と彼が緩めた口許から漏れた吐息。それに一気に力が抜けて、私は暗闇に感謝しながら目を閉じた。

背中に、お腹に、肩に、腕に、足に、身体全体で彼の温もりを感じながらいつしか夢の中へと身を委ねていた。


――


「だーかーらーっ!来ないでって言ってるでしょ!!」


「早く戻れるように気ィ遣ってやってんじゃねえか!!」


「いい!そんな気遣い要らない!!」


私はバタバタと玄関のドアを開けて、階段の方へと走っていく。そして彼もまた私についてくる。


「あんたは目立つから絶対に外に出ないでっ!!」


「はぁ〜?別に良いだろうが!」


「良くないの!もう〜〜っしつこい!!」


「んだとてめぇ!!」


「外に一歩でも出たら怒るだけじゃ済まないんだからっ!」


「っほおー!何してくれるのか楽しみだな」


「〜〜っ!!渾身の力でおすわりって言って……」


グシャァ


「ぎゃん!」


「あ、ごめん。今のなしね!じゃあママいってきまーす!」


「あっ、くぉらかごめ!!待ちやがれ!!」


後ろからそんな怒声を聞きながら私は階段を駆け降りた。頭上に広がる空は正に晴天で。通り過ぎていく少し冷たい秋風が火照った頬に心地好かった。


――


「…………ったくあンの女…ちっとも可愛くねえ」


赤い鳥居の下で少女が去った方向を見つめながらぶちぶち文句を言う少年が一人。

てすとーがあるとかごめとの口喧嘩は勿論、一緒に居れない時間が多くなることが最近解ってきた。


「……てすとなんざでえーっ嫌いだ」


フン、と鼻を鳴らして眉間にシワを寄せる彼の独り言が青空に溶けた。

その感情が何なのか解らないのもイラつきの原因だと彼が理解しているか否か。

少年はしばらくは帰ってきそうにない少女を想い、無意識に溜め息を吐いたのだった。




秋晴れの朝。日が暮れるには、まだまだ時間がかかるようで。





望さま、22000枚目を踏んでくださり、ありがとうございました!

てすと〜でかまってくれないかごめちゃんに拗ねる犬くんと痴話喧嘩。

という何とも美味しいシチュでのリクエスト!久しぶりの長文でしたが、書いていてとても楽しかったです!…特に痴話喧嘩が笑

少し糖分も混じっていますし、拗ね犬…なのか!?という所もありますが楽しんで頂けたら光栄です!

望さま、リクエスト共に訪問本当にありがとうございます!これからもどうぞよろしくお願いしますm(__)m

前へ(*)次へ(#)

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!