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捧物
冷たきぬくもり


華さま/9999枚目























暗雲が空に立ち込める。不穏な気配はすぐに確実なものへと変わっていった。

微かだけど、邪気。

そして隣に居た彼の鼻が動いて、目が見開かれるのが横目で確認できた。森からは淡く哀しい光が漏れている。

誰なのかは遠目からも分かった。彼女の巫女装束は乱れ、汚れている。傷も負っているようだ。


「…っ桔梗!!」


彼女の方へと駆けていく彼の赤い衣が、目に痛かった。


『冷たきぬくもり』


暗くなった空は森までもを暗くする。ヨロリと足を縺(もつ)れさせた巫女を抱き起こす犬夜叉。

すぐ後ろから近付いてくる邪気があるから、その光景を見てもまだ大丈夫。

邪な気持ちを振り払うように私は弓を構えた。矢は…大丈夫。10本くらいはある。


「…手強そうだな」


弥勒さまがボソリと呟いた後、間をおかず深い森の奥から地を這うような低い声が轟く。思わず身体が強張った。


《ほぉ、半妖に巫女に法師か。くくっ…今日は良き日だな》


私たちの存在を知らない。奈落の手先、という訳ではなさそうだ。タンッと軽い音がして犬夜叉が桔梗を抱え、私の隣に降り立った。


「桔梗を頼む」


赤い衣が翻り、妖怪の方へと向かう。私は力無く項垂れる桔梗を樹の影へと誘った。


「傷は?大丈夫?」


「…ああ」


頷く桔梗を確認してから弥勒さま達の方を見る。蜘蛛みたいな妖怪は触手を使うらしく皆苦戦していた。私も矢を一本引き放つ。小さな力でも威嚇程度にはなるだろう。しかしそれがいけなかった。


ピタリと止まった敵。


視線が合って気付く。あれは獲物を狙う捕食者の目だ。


《死に急ぐな、女…巫女を喰ろうた後にでも食してやる》


犬夜叉がハッとしたような顔で振り返ってこちらに走り出す。彼が妖怪に背を向けた瞬間、触手が彼の背中に迫ったのが見えた。そう、妖怪の狙いは最初から犬夜叉だったのだ。

そしてあわよくば、と思ったのか触手は桔梗も狙っていた。それに気付いた時、私はもうほぼ反射的に動いていた。


「っおすわり…!!」


叫んだ後に桔梗に覆い被さる。と同時に左肩を中心に強い衝撃。痛みは、感じなかった。

やけに時間がゆっくり流れていった気がする。庇った桔梗は目を見開き、遠くから珊瑚ちゃんの声が聴こえた。意識がなくなる瞬間、緋色の衣が視界を掠めた気がした。


――


「……っ…………!」


いきなり顔面から叩き込まれたのである。文句を言おうと顔をあげた瞬間、血の気が引いた。

かごめの血の匂い。派手に飛び散っているためか、匂いが強い。吐き気を覚える。


《まず一匹、か。……ふん、まあ前菜くらいにはなるか》


満足気な声が後ろから聴こえた。後のことは良く覚えてねえ。気付けば目の前にはビクビク脈打つ無惨な肉片と化したそいつが転がっているだけだった。

全身は奴の血にまみれていたが、かごめの血の匂いが消えることはなく。

フラリと彼女へ近付くと桔梗が微かに眉間にシワを寄せ首を振った。


「…しばらくは起きれぬだろう。目覚めても無茶させない方がいい」


それまで命が持つならな、と呟き森の方へと歩を進める桔梗。


「死なすなよ、犬夜叉」


そう言い残し、消えた。桔梗も手傷を負っていたはず。養生するために結界にでも隠れたのだろう。


「宿を探してくる。お前も来い、犬夜叉」


有無を言わせずに俺を引っ張る弥勒。その力に引き摺られるように足が動いた。
離れる間際に触れたかごめの頬は想像以上に冷たくて。悪い考えを振り払うように弥勒の後を追う。

気付けば、爪が食い込んだ手の平から血が滲んでいた。


――


再びかごめの横に来れたのはそれからしばらく時間がかかった。

弥勒が手早く座敷を用意したり、珊瑚が傷の処置をしたりずっとかごめに付きっきりだったからだ。

二人きりに、なりたかった。たとえかごめが意識を失ったままだとしても。


「…犬夜叉、あたしらは奥の座敷にいるから」


何かあったら呼んで、と仲間は襖の向こうへと行ってしまった。

横たわっているかごめの隣に腰を下ろす。まだ消えない彼女の血の匂いに背中が粟立った。


「……」


その病的なまでに白い頬に触れる。ほんの僅かな温もりが俺に深い安堵を与えた。
それでも胸を過(よぎ)る不安は消えない。彼女はピクリとも動かないのだ。安らかな顔が「死」を示しているような錯覚に陥る。

身体の血が逆流する感覚。…ああ、これが怖いということか。不安で息をするのが苦しくて今にも発狂しそうだ。


「……っ…」


髪を撫でる。濡れているような滑らかな手触り。ずっと、ずっとかごめに触れていたかった。

顔をあげると、気付けば夜明けで。開け放たれた障子から見える水平に差し込んだ朝陽が胸に迫る。

寝ずの番なんて容易いから。とにかく、かごめから離れたくなくて。それから3日ほど俺は彼女の傍を離れることはなかった。


――


「犬夜叉、外に出んか」


弥勒に声をかけられた。そうか、もう朝か。首を横に振った。ため息が隣に座ったのが横目で見える。


「そう気に病むな、かごめさまはきっと起きる」


「……っ」


その優しさが、痛い。いっそお前のせいだ、と責めて欲しい。あの時敵の方に突っ込まなければ、敵の策略に嵌まらなければ。

怖い目に遭わせ、重症を負わせ。結局俺はかごめを、大切な人を守れなかった。今までだってそうだ。優しい言葉も掛けられないし、喜ばせてやることも出来ない。


「俺は…、かごめの何なんだろうな」


「…犬夜叉」


「このままじゃいつか俺のせいで死なせちまうってな」


「……おい」


「いっそ、俺の傍から居なくなりゃ…」


「犬夜叉っ!!」


突然の怒鳴り声に敏感な耳が反応する。かごめが倒れてから初めて弥勒の顔を見た気がした。


「……滅多なことを、言うんじゃない」


こいつも痛みに堪えるような顔をして居た。流れる奇妙な沈黙。


「……悪い、一人にさせてくれ」


その視線から逃れたくて。昼間なのに鬱蒼と茂る森に歩き出す。弥勒は何も言わなかった。だから俺も何も言わず背を向けた。


――


戻ってきたのは日がすっかり沈んでからで。屋敷の塀を越えると珊瑚が立っていた。俺を見るなり手を振る。


「犬夜叉!かごめちゃんが…っ起きたよ!」


「!」


早く、と言われる前にはすでに走り始めていた。障子を外から開けると、大泣きしている七宝をあやすかごめの姿があった。


「あ、犬夜叉……」


「っ…!」


まだ青白い顔に弱々しい笑みを浮かべ、その細く脆そうな身体には痛々しい包帯を巻いて。それは紛れもなく俺を庇って、ついた傷。


「馬鹿野郎っ!!!」


突然込み上げてきた想いが怒鳴り声へと変わる。自分でも驚いたが、それは他の皆も同じだろう。しん、と静まり返った部屋。何か言わなければ。でもその後の言葉が続かない。


「…部屋を出よう。珊瑚、七宝、行きますよ」


「あ…、ああ……」


俺の横を通り過ぎた弥勒が一言、こぼしていった。「我慢するな」と。

広い座敷に俺とかごめの二人きり。とりあえず、かごめの枕元に座り込む。未だに固まっているかごめ。

怒鳴った手前、何も言い出せずにしばらく黙っているとかごめが小さく呟いた。


「犬夜叉は…怪我してない?」


弱々しげに微笑む彼女を見て、胸の中に塞(せ)き止められていた何かが暴れ狂う感覚がした。


「だからてめえは…バカ野郎なんだ」


「バカなんてっ……」


「俺なんぞのために、お前が身体張る必要なんてねえんだよ」


「……でも、」


「頼むから……もう、俺のために血を流さねえでくれ」


傷を負っていない方の手を無理矢理引き寄せ、折れそうな身体を掻き抱く。まだ少し低い体温が更に想いを加速させた。


「犬夜叉……」


「黙ってろ」


その鼓動を確かめるように左胸に耳を押し当てる。もちろん傷に障らないようにだが。

トク、トク、と脈打つ鼓動の音が無性に愛(かな)しい。生きてるんだ、と思った瞬間泣きたくなった。


「犬夜叉……、ごめんね」


「なんでお前が謝んだよ…」


「だって…」


「謝るな……かごめ、」


「…」


「…すまなかった」


「…ん」


彼女の細い指が俺の髪に潜る。そんなささやかな感触が気持ちよくて目を閉じた。生きてる、かごめが生きてる。

ほぉ、と長く深い息を吐き出す。肺の中の重さが一気に軽くなった気がした。


「良かった……」


「え?」


「お前が居なくなっちまったら…俺は……」


昼間とは真逆のことを言っている自分が可笑しい。でも何がどう転んだってこっちの方が本音だ。


「生きてけ……ねえ…」


頭を撫でるかごめの動きが止まった。顔をあげようとすると再び撫でられる。


「私だって、…同じよ」


「?」


「犬夜叉が居なくなっちゃったら…私だって、そう」


だからあまり無茶しないでね、と呟く声が震えていた。衝動的にその哀しく震える言葉を塞ぐ。かごめの唇が冷たくて。なんとも言えない切なさが込み上げてくる。


「かごめ……」


軽く唇を触れさせたままでその愛しき名を囁く。牙に気を付けて、もう一度己の唇の熱を押し付ける。その冷たい身体に少しでも熱が伝われば良い。


「……っん」


トンと控えめに胸を押されて、気付く。随分と長い時間かごめのことを求めていたようで。


「…わりい」


「…う、うん……っ」


明らかにかごめの息が上がっている。流石に我を見失いすぎだと苦笑した。彼女の息が整ったのを確認してから彼女に抱き着く。


「今度はどうしたの?」


「……心臓の音が聴きてえんだ」


―お前の生きてる証を感じたい


「そう……でも、」


グイと身体を引き剥がされる。不満げに見上げるとほんのり頬を染めるかごめが居た。


「む…っ胸に顔を寄せないでよ!」


「別にいいじゃねーか」


「よっ、くな……っい!」


強引に擦り寄る俺と、なんとか離れようとするかごめ。しばらく続けていると諦めたらしい。少しの抵抗、とばかりに軽く頭を小突かれた。


「もう、離れねえし離さねえから」


「え?」


「怪我もさせねえし傷付けたりもしねえ」


「…犬夜叉?」


「何がなんでも、お前は俺が守る」


かごめの襟ぐりを少し広げて、肩に巻かれた包帯に口付けを落とす。次いで鎖骨に、首に、胸元に誓いの印として紅い華を散らす。

自然な流れで押し倒していた。

顔を赤く上気させ、その熱のせいで潤んだ大きな瞳が俺を映す。それに吸い込まれるように俺は……、


「〔我慢するな〕とはそういう意味ではなかったのですがね」


「!!?」


襖の隙間から呆れたような弥勒の顔が覗いていた。全く気付かなくて。慌てて身を起こす。


「いっ…いつから……」


「だからてめえはバカ野郎なんだ、からですかね」


「最初っからじゃねえかっ!!!」


今すぐに穴を掘って埋まりたい。出来ればしばらく。


「かごめさまの具合も善い方向に向かっているようで安心しました」


「あ…ありがとう……」


「私は珊瑚たちのもとへ戻りますけど…犬夜叉、」


「お、おう」


「襲うなよ」


素敵な笑みを残し、襖を閉めた弥勒。今度はちゃんと座敷に向かったらしい。それを確認してから未だに横たわっているかごめの額に口付けをする。


「…寝ろ。俺はここに居るからよ」


「う、うん…」


まだ少し顔に朱を残すかごめの頬を撫でる。先程よりもうんと温かい。

顔をあげて、開けっ放しだった障子から見える景色に目をやった。申し訳ない程度に光る星々が明日の快晴を暗示している。

夜が明けてこの部屋に差し込むであろう朝陽は、きっと綺麗に空を色付けることだろう。






華さま、9999枚目を踏んでいただきありがとうございました!

いつの間にか視点が犬くんメインになってしまいましたが…彼の葛藤みたいなのが伝われば光栄です!(^O^

最後の攻め犬くんは、やはり弥勒に邪魔をされるという…拙宅の公式と化しております笑

華さま、リクエスト本当にありがとうございました!これからもどうぞよろしくお願いしますm(__)m

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