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捧物
季節のせいにして


はるさま/6000枚





















それは一仕事を終えて、帰り道に見かけた茶屋での奴の一言。


「お前、かごめさまのことを襲ったりしないのか?」


「ぶっ…!!」


お天道様が燦然(さんぜん)と輝く下で、仮にも法師とあろうものがとんでもないことを言い出した。


『季節のせいにして』


「いきなり吹き出すな。汚いだろう」


眉をしかめて注意された。先ほどの質問は聞き間違いだろうか、と思うほど野郎は日常的な雰囲気をかもしだしている。


「で、どうなんだ」


ああ、やっぱり俺の耳は正しかった。今しがた妖怪退治を終えたばかりだというのに。更なる疲労感を覚悟して溜め息を吐く。


「どうって……」


正直返答に困る。俺はかごめが傍に居てくれるならそれでいい。そりゃ、今以上の発展は望んでいる。だが、それをするにはまだ早い気も…


「もしやお前、口付け止まりか?」


「!!」


「その上、進展したいくせに一歩が踏み出せないんだろう」


「…っんな!?」


「図星か…」


嘆かわしい、と大袈裟に首を振る弥勒。うるせえ放っとけよ。


「世の犬は発情期まっただ中にいるというのに」


「いっ…犬扱いしてんじゃねえ!!」


「いえ、大事なことじゃないですか」


良いですか、と俺の鼻先にビシイッと指を突きつけられる。


「本来、生物というものは子孫を残せるよう子供が育てやすいよう発情期を迎え、本能のまま交尾をするものです。言うなれば、その時期は今ですよ犬夜叉!今しないでいつするのですか!!」


「…あ、すまねえ弥勒。途中から聞いてねえ」


「お前は私より発情期がはげし…」


「おい!往来でそんなこと言うな!!」


この万年発情期が、と小さく呟くと殴られた。


「まあ、背中は押しましたよ、犬夜叉」


さて行きますか。そう言って奴は代金を払い軽やかに村の方へと歩いていく。


「…ざけんな」


背中押されたって、嫌がられたらしめえだろうが。

大切だから、傷つけたくないから、今まで抑えつけていたのに。


―今更この蓋開けんなよ


降り注ぐ日光はいつの間にか柔らかな夕陽へと変わっていた。


――


「今日は先寝ていて良いわよ」


小さな机に何やら筆を持って向かっている。どうやら薬草について調べているらしい。


「あんまり遅くならねーようにな」


「うん、ありがとう。おやすみ犬夜叉」


「おう」


目を閉じれば、筆が走る音と、火の粉の跳ねる音だけが聞こえる。


―発情期、か…


昼間の会話を思い出して、胸が疼く。もっとかごめに触れてみたいのは事実だ。

目を開けて、チラとかごめを見る。真剣に前を向いて筆を動かしている姿。


―今はそんな時期じゃねえよな


俺は持て余している熱を無理矢理ねじ伏せ、再び目を閉じた。


――


「終わらないなあ…」


小さく独りごちて溜め息をひとつ吐く。明日、楓ばあちゃんと薬草を採りに行く約束をしているため、ひとつでも多くの薬草について知りたいのだが。


「ふぁ……」


押し寄せる眠気に、一旦筆を置く。正確な時間は分からないが確実に日付は変わったはず。


「この頁だけやって寝よう!」


よし、と筆を墨に浸したときだった。


「か……ごめ…」


「犬夜叉?」


振り替えれば、布団に寝ぼけ眼の彼が居た。未だ夢心地なのだろう。どこか目がとろんとしている。


「寝ねー…のか?」


「もう少し頑張る。あ、もしかして起こしちゃった?」


「いや…」


耳を垂らし、気だるそうにこちらに身体を倒す。

うとうとしている様子はまるで仔犬のようで。半分閉じられているため黄金色の瞳はあまりよく見えない。


「……かごめ」


「…なあに?」


名前を呼ばれて、机に一旦筆を置く。布団に向かうと、彼が手を伸ばしてきた。


「犬夜叉?」


「…起こしてくれ」


どうやら、まだ寝惚けているらしい。いつもの姿からは全く想像出来ない甘えん坊さんの頭を撫でる。


「はいはい」


私より大きなその手を握る。引き起こそうとした瞬間逆に引き倒された。


「えっ…!?」


気付けば彼の胸の上。鍛えられた身体は間違いなく「男の人」のものだ。

そんなことを考えて一気に顔に熱が昇る。するとゆっくりと腰に回る彼の腕。


「犬夜叉!あんた寝惚けてるってば!起きて―っ!」


ささやかな抵抗、とばかりに足と手をばたつかせる。が、すぐにそれは出来なくなった。


「!」


足は彼の足に絡み捕られ、手は彼の手に拘束されてしまった。犬夜叉の身体に完全に体重を預ける形になってしまい、恥ずかしさが加速する。


「ば、ばかっ!言霊使うわよ!!」


顔を上げると瞳を閉じている彼の顔が見える。


―本当に寝惚けてるだけ?


それでは言霊は使えない。諦めて体重を彼に預けた。引き締まった身体と体温は布を通して肌に直に感じる。そっと左胸に耳を寄せると早い鼓動の音が聴こえた。


「ん?」


―鼓動が速い…?


「…あんた、起きてるでしょ」


「…バレたか」


「心臓は正直ね」


「ばか、俺が素直なんでい」


「で?放してよ」


「嫌なこった」


べ、と舌を出され意地悪そうに瞳が揺れている。さっきの可愛らしい寝顔はどこへやら。

軽く溜め息を吐いてどうしたものかと呆れる。

思案していると上からバカにした声が聞こえた。


「余裕だな、お前」


どういう状況か分かってんのか、と低い声が耳から入り、全身に痺れをもたらしていく。


「何言って…っきゃ!?」


身体が反転し、背中に感じるのは布団の柔らかい感触。ここで初めて、自分の心臓が跳ねていることを知った。


「い、犬夜叉…?」


「ん?」


「どうしたの…」


「……文句あんなら季節に言え」


「へっ……っや!」


ふ、と首筋に熱い吐息をかけられて全身に震えが走る。


「首、弱かったっけな」


「ちょっと…やめ…っぁ」


鎖骨の上付近に彼の唇の熱を感じた。触れられただけなのにビクリと身体がすくむ。

甘い痺れが脳まで届くと、意識せずとも溜め息に似た吐息が空気中へと吐き出される。


「…んな声出すなよ」


「だっ、て……っん」


唇を塞がれた。軽く押し宛てられながら、角度を変えて何度も。緊張している上に一回の口付けが長くて。

犬夜叉との唇の間から自分の乱れた息が聞こえて、更に身を固くする。

かつてこれ程の緊張を経験したことがあっただろうか。いや、絶対ない。

その間にも彼は顔の至るところに唇を落としていく。
鎖骨まで来たとき、彼は口で器用に私の襟ぐりを広げた。緩められた襟から外気に晒される肌。


「やっ……やだ…っ」


そこに痛いほどの視線を感じる。身体中が熱を発しているように熱い。

救いを求めるように犬夜叉を見ると目が合った。いつもよりも甘い色の瞳は私の姿を捉え、微かに細まった。


「…怖い、か?」


困った様に眉を潜めて私の目を覗き込む犬夜叉。思いがけず優しい声に目の前がボヤけた。

小さく首を横に振る。怖くない、と言えば嘘になるが気持ちの全てが恐怖に染まっていたわけでもない。

その時、私の頭の横の布団に彼が額を落とした。


「…っわりい」


耳元で聴こえた少し掠れた声。私に覆い被さった状態の彼。さっきより密着した身体のお陰で、彼の心臓の音が聴こえる。それはとても、速い。


「…かごめ」


はあ、と長い溜め息を吐いた後背中に彼の腕が回った。いつもより優しい抱擁に訳も分からず目が熱くなった。

そっと彼が自身の肩を私の顔に触れるところまで降ろす。


「…涙、拭っていいぞ」


そのお言葉に甘えて私は目に溜まっている滴を、彼の衣に押し付けた。

それはすぐに滲んで、見えなくなった。

流れる沈黙。彼の顔は見えないが、なかなか治まらない彼の早い鼓動が少し心配になった。本日何度目かの同じ質問を繰り返す。


「どうしたの?」


「……さあな」


「私に言えないこと?」


「…お前だから言えねー」


「何それ、どういうことよ!」


「うるせ」


静かに唇が落とされた。掠めるような遠慮がちな口付け。


「…もうお前が怖がるようなことはしねーから安心しろ」


「…うん」


「ただ……」


そう言って犬夜叉の唇は私の頬に触れた。


「いつもより少し甘えさせてくれ」


揺れる黄金色の瞳は甘く溶けそうで。紡ぐ言葉は低く消えそうで。

いつの間にか解かれていた手を彼の首に回す。少し驚いたように身を引いた彼だが、目を細めて少し笑った。


「いいよ、犬夜叉」


身体を起こして、私から犬夜叉の額に唇を宛てる。それを合図に腰に回された彼の腕が私を締め付け始めた。


「……言ったな」


さっきとは違う、少し黒い声。耳元で囁かれて身体がぴくりと跳ねた。

顔をあげた犬夜叉の目を見て確信する。とんでもないことを言ってしまった、と。


「えっ、ちょ…まっ…!」


「遅えよ」


噛みつくような口付け。だけどそれをもう怖いとは思わなくて。


―寧ろ嬉しい、だなんて…


結局、朝陽が昇ると同時に彼の腕の中で眠りについたのだった。


――


「はっ…朝!?」


目が覚めると犬夜叉は居なかった。あの後、どうやら私は、彼に丁寧に布団に横たわらせてもらったようで。

視線を巡らすと戸に立て掛けてあった鉄砕牙もない。きっと弥勒と妖怪退治にでも行ったのだろう。


「っ…」


耳元であの低く甘い囁き声が聴こえた気がして思わず耳を塞ぐ。

一度意識してしまうと、もう止まらない。次から次へとあの行為や彼の表情が浮かんでは頭の中をループし続ける。


「っもう…ばか……」


きっと鏡を見れば、真っ赤な自分が映るのだろう。身近にそれがなくて良かった。

机に向かって、ふと彼の一言を思い出す。


[お前だから言えねー]


―結局何のことだったのかしら…今日こそ聞いてみようっと


その時の彼の拗ねたような、照れたような顔が思い出され口元が少しだけ緩む。


「さて!やらなくちゃ!」


かごめは楓との約束の前に終わらせようと、筆を硯に浸けるのだった。


――


「起きていますか、犬夜叉」


「あ?……ああ」


「かごめさまのことを考えているのか?」


「っ!?」


「…お前分かりやすいな」


じぃっと弥勒に覗き込まれる。何でも見透かしてしまうようなこの目が嫌いだ。


「で、どうでした?」


「っえ…」


「…まあ、泣かれたらやりづらいですよね〜」


「……おお」


「結局接吻止まりですか」


「…まあな」


「それは男にとっちゃ生殺しですよね」


「ああ…って、…見てたのか、てめえ……」


「いえ、私はお前に質問をしただけですよ。いやはや、本当にそうでしたか〜」


「……!!!」


「良いこと聞かせてもらいましたな」


「…っざけんな!!やい弥勒っっ!!!」


初夏の麗らかな日差しのもと、季節と言葉に惑わされる一人の男は緋色の衣を翻しながら道を駆けるのだった。








はるさま、6000枚目を踏んでいただきありがとうございます!


あ、あくまで甘甘の攻め犬です!

多少シリアスが入りましたが…気に入って頂けたら光栄です。

犬くんは言葉攻めも得意だと良いな…なんて考えながら作りました笑


はるさま、リクエストありがとうございました!

これからもどうぞよろしくお願いします!

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あきゅろす。
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