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捧物
★秋雨の通り道


ロニィさま/相互記念

朔犬かご






























「今日は付き合ってくれてありがと、犬夜叉」


後ろで緩くまとめた髪を解きながら、私は隣を歩いている犬夜叉に声をかける。


「別に…大したこっちゃねえよ」


そう言って大きな伸びをした彼に笑みを浮かべながら、私は空を仰いだ。
暑い季節を越え、陽光を浴びてあれだけ青々と輝いていた木々の葉は少しずつ色を変えてきている。

水色を更に水でのばして薄くしたような秋の空の下、私と犬夜叉はそんな季節の移ろいを感じさせる森の中を歩いていた。




















『秋雨の通り道』




















先日、私たちの住む村とは少し離れた所からお祓いの依頼がきた。

楓ばあちゃんには別件があって私一人で出掛けようと思っていることを犬夜叉に伝えれば、その日は暇だから一緒に行く、と付き合ってくれることになったのだ。

お仕事とはいえ、一日中彼と過ごせるのは久々で、私は内心で喜んでいたのだけれど、犬夜叉はそうでもないらしい。

実際、村では私に付かず離れずだったけれど、周りに視線を向けては顰めっ面をしていたのだから、本当はあまり来たくなかったのかな、なんて今更思っている。


それに、今日は朔の日だ。
彼としては、外出は避けたかっただろうに。なんだかだんだんと申し訳なさが募って、空を見上げる彼の袖を引いた。


「ん、どうした」


「……えっと、…ごめんね」


「は?」


「や、やっぱなんでもない!」


怪訝そうな顔をした彼に、笑って誤魔化す。帰り道で言うのも何だし、帰ってからゆっくり話すことにしよう。


「変なやつ」


ぎこちなく笑う私に、少し笑ってそう言いながら、彼は再び空を見上げる。


「空がどうかしたの?」


「あー、こりゃ一雨来そうだなと思ってよ」


「え、こんな良い天気なのに?」


確かに秋の空は変わりやすいとは云うけれど、ほんのりと黄昏色に染まる穏やかな空には不穏な雲は一つも見当たらない。


「いや、雨のにおいがする」


「あんた、今鼻利かないじゃない」


「バカ、何年生きてると思ってんだ。勘だよ、勘」


早く帰るぞ、とお礼の品が入った籠と共に私は彼の背に乗せられた。

こんなにいい天気なのに、ともう一度呟きながら半信半疑で空を見上げていたが、それから数分も経たない内に空が暗くなってきたのだから驚く。


「…これは家に着く前に来るぞ」


彼の走る速さが増した。
けれど、今宵は朔の日だ。森の中が薄暗いからよく分からないけれど、時分は恐らく宵の口だろう。


「ねえ、犬夜叉」


「ん?」


「この辺に古いけど小屋があるの。今日は無理しないでそこに向かった方がいいわ」


そこは以前楓ばあちゃんと出掛けたときに見つけたものだった。そこで一晩を明かすことに少し不安はあるが、朔の、しかも雨の夜に森を動き回るよりは断然いい。

彼は迷うような素振りをしたけれど、丁度ポツリと雨粒が落ちてきて、諦めたように一つ頷いた。


「…分かった。その場所教えろ」


「うん!そこを右に曲がって!」


その一粒を皮切りに強くなってきた雨足から逃げるように、私達は森の奥へと向かっていったのだった。










――










「わあ…びっちょびちょ…」


小屋に辿り着いた時には既に本降りになっていて、外からはザアッという強い雨の音しか聞こえない。

私は濡れて頬に張り付く髪を耳に掛けながら色が変わってしまった袴の裾を眺める。

とは言え、走っている途中、まだ雨が弱いときに犬夜叉は私を横抱きにして、身体を抱え込むように走ってくれたため、濡れたのは上半身と袴の裾だけだった。


「これ、濡れたけど大丈夫か?」


不意に声を掛けられ、顔を上げればすっかり変化が解けてしまった犬夜叉が、持っていた籠を戸の近くに置いていた所だった。


「あ、うん。乾かせば問題ないし」


「なら良かった……わりいな、すっかり濡らしちまって」


犬夜叉の方が私より濡れているのに。私は首を横に振って、頬を掻く彼に微笑いかけた。


「ううん。…心配してくれてありがとう」


「べ…別に俺は…」


言葉尻を濁しながら、彼はそっぽを向いてしまった。

そんな彼に心が暖まるのを感じながら、私は先ほど火を付けた囲炉裏に手をかざす。
犬夜叉のお陰で被害は最小限に留められたとはいえ、この季節の雨はやはり夏のそれと全く違い、ひどく冷たい。

パチ、と火が爆ぜる音を聞きながらボンヤリそんなことを考える。するとすぐ真横で衣擦れの音がしたものだから、何だろうと見上げて、驚いた。


「わ、びっくりした!」


「なっ、なんだよ!」


脱いでいたのだ、犬夜叉が。
私の呟きにも似た悲鳴に、彼も驚いたのか半歩後ろに下がっていた。


「だっていきなり脱ぐから…」


「衣だけでンな驚くなよ!こっちがびっくりするじゃねえか!」


ぶちぶちと文句を言いながらぐっしょりと濡れた緋衣を持ち、戸の前にしゃがんでそれを絞り出した犬夜叉の背を眺める。

幸い、中の襦袢までは雨が浸透していないようで、それを確認してホッとした。

ジャッ、という水の流れ落ちる音を聞きながら犬夜叉を見ていると、自身の衣を絞り終えたのか、彼はおもむろに振り返りながら手をこちらに差し伸べて、


「オラ、お前も脱げ」


事も無げにそんなことを言ったものだから今度こそ本当にギョッとした。


「…っ!?」


思わず息を呑むと、彼もそんな私の心情に気付いたらしく慌てて立ち上がる。


「ばっ、べっ、別にそういう意味で言ったんじゃねえよっ!それ着てたら風邪引くだろうが!!」


真っ赤な顔で弁解する彼につられて私も更に顔が熱くなる。それに気付かれないよう俯きながら口を尖らせた。


「でも…脱いだら私、は…裸じゃない…」


そう、彼と違って私は基本単(ひとえ)なのだ。


「だああぁッ!」


いきなり叫んだ犬夜叉にビクリと顔をあげる。すると何を思ったか彼は真っ白な襦袢を脱いで、私に放ってきた。


「代わりにそれでも着とけ!」


「え、でも犬夜叉が…」


「お前とは身体の作りが違うんでい!いいから着替えろ!」


今は一緒じゃない。
そんなことを心の中で思いながらも、彼のぶっきらぼうな優しさにキュンと胸が鳴る。

彼にもう一度お礼を言ってから、こっち見ないでね、と念を押して襟に手をかけた。今更じゃねえか、という彼の呟きは聞こえなかったことにしよう。

脱いでいると、ふと彼の腕がこちらに差し出されて再度ビクッとする。


「…濡れたやつこっち寄越せ。絞ってやる」


視線をやれば、ちゃんと私とは反対方向を向いて、手だけを伸ばしている背中が見えた。


「あ、ありがと…」


白衣を渡せば、下は良いのか、と尋ねられた。
少し迷ったけれど、結局それも脱いで彼に手渡す。

この襦袢は丈が長くて、昔私が穿いていたスカートくらいだったし、濡れているより絞ってもらってから穿くだけでもずいぶんと違うだろう。

襦袢の襟を揃えながら、そっと袖口を顔まで持ち上げる。

先ほどまで犬夜叉が腕を通していたのもあって、それはひどく暖かく、雨のにおいに混じって仄かに彼の匂いがした。何とも言い難い優しい彼の温もりと匂いに胸がドキドキする。

袖に鼻を埋めたその時、彼がこちらを向いた。ばっちりと目が合う。見る間に赤くなっていく彼の顔に、私は視線を泳がせた。


「おま…」


「……あ、えっと…」


犬夜叉だっていい匂いじゃない、と思ってました、なんて、言えない。

上手い言い訳が思い浮かばず、私は意味もなく手を彷徨わせる。


「……」


気付けば彼は私の前に立っていて、おそるおそる見上げればいつになく真面目な顔をした犬夜叉が灰色の瞳を私に向けていた。

あまりにもその視線が熱を帯びていて、逃げるように視線を下げれば剥き出しになった彼の鎖骨が目に入る。





───…あ……





ツ、と彼の首筋から鎖骨にかけて一筋、水滴が伝い落ちていって。

私より色の深い、漆黒の髪が水滴に沿って彼の肩や頬に張り付いていて。

程よい筋肉が晒されている上半身をゆっくりと伝う水がどこか艶かしくて。





そのあまりの色っぽさに、私はしばし呼吸を忘れた。





「……んなまじまじと見んなよ」


「え…あ、えっと……」


「珍しいもんでもねえだろ」


水もしたたる良い男、とはつまりこういう人のことを言うのだろう。
輪郭が分かるほどに火照った顔を彼に見られないように俯けば、そんな私に気付いたのか彼は含み笑いをしながら身を寄せてきた。


「…ちょ、ちょっと……」


「なんだよ」


意図せずかそれとも。
腰に響くくらい低く甘い声に、思わず身震いをしてしまう。


「あんた……色っぽ過ぎ…」


「はあ?」


すっとんきょうな声を上げた犬夜叉は、一拍間を空けて、愉しげに喉の奥で笑いながら私の髪に手を添えた。


「お前に言われたかねえっての」


ほら、と手を引かれて囲炉裏の上に掛けてあった私の袴を手渡される。それはまだ少しだけ湿っぽかったけれど、先ほどよりは乾いていて。

受け取った瞬間に握られていた手を更に引かれて、私は彼の胸に倒れ込んでしまった。

ギュッ、と一瞬だけ力を込められた腕のせいで頬が彼の胸に押し付けられた。

かと思うと次の瞬間身体を離される。





「…さっきから煽ってんじゃねえよ、バカ」





落とされた唇はひどく熱かった。










――










「寒くない?」


「寒くねえって」


囲炉裏の前で、私は彼の胡座の上から何度もそれを尋ねる。

確かに彼の身体は熱があるんじゃないかと思うくらい熱いのだけれど、やはり上半身に何も纏っていないのは寒そうに見える。


「余計な心配しなくていいから、おめえはさっさと寝ろ」


「やだ、寝ない」


「…おまっ」


ムッと眉間に皺を寄せた彼を無視して私は灰色の相眸を覗き込む。


「だって、犬夜叉は寝ないんでしょ」


だったら私も付き合うわ、と言うと頬をつねられた。


「いいから寝ろ!風邪引かれたら俺が困るんだよ!」


強引に抱き寄せられて、何か言おうと口を開くと、額に唇を押し宛てられた。


「…かごめ」


……本当に…狡い。
そんな風に言われたら、何も言えなくなるじゃない。


「…眠くなったら寝るわ」


敗けを認めるのが悔しくて、口を尖らせながらそんなことを言うと溜め息が降ってきた。次いで髪を優しく梳かれる。愛しそうに絡められる指が、実は好きだったりするのは内緒の話だ。

彼の温もりと心地好さに、私はいつの間にか微睡んでいて、そして気付かぬ内に眠りに落ちていた。










――










ふと目が覚めたのは、頬に冷たい風が吹き当たっているのに気付いたからだ。

ぼんやりと目を開けると、私は彼の背中にいて飛ぶような速さで移動をしていた。


「…え」


「起きたか」


寝起きの頭では予想外の状況に追い付くことが出来なくて、目を白黒とさせる。


「夜明けに雨が止んだんで、とっとと帰ろうと思ったんだよ」


すでに変化した犬夜叉の銀の髪と声が、風に乗って前から流れてくる。
ついでに、気持ち良さそうに眠ってたから起こすの止めたんだ、と話す声も。

なんだ、そうか、と私は彼の緋衣に顔を埋める。さすがに一晩も干せば衣も完全に乾くらしい。





そこで、はたと自分の格好を見やる。





私はちゃんと自分の白衣と緋袴を穿いていて、彼はちゃんと自分の襦袢と緋衣を着ていた。








「……ねえ、ちょっと」


それが何故なのか。
思い至ったと同時に、眠気は完全に何処かへ飛んでいた。

私の声の調子に彼も何か悟ったのか、びくりと肩が一跳ねしたのを感じる。


「な……なんでい」


「私、いつこれ着たっけ?」


一瞬にして顔が強張った彼の横顔をじっと見据えていると、冷や汗が頬を伝っているのが見えた。


「あんた……」


「……」


だんまりを決め込んだ犬夜叉の横顔を窺うと、頬が赤くなっているのが見えて、思わず彼の銀色の髪の毛を引っ張った。


「いっ、でででで!」


「ばかー!人が寝てる間に何してんのよ!!」


「なっ、し、仕方ねえだろ!!」


「仕方なくないわよ!起こしてよ!!」


つまるところ、彼は私が寝ている間に乾いた私の着物を着付けて、私に貸してくれた襦袢を自分に纏ったのだろう。


着付けた、ということは脱がされた、という意になる。


「変態っ!!」


「ならお前は!!あんな格好のままおぶって良かったのかよ!!」


「……そ、それは…」


いや、その前に起こしてくれれば良かったのに。

ゴニョゴニョと口の中で文句を言っていると、犬夜叉の盛大な溜め息が聴こえた。


「昨日、俺がどれだけ我慢したことか…分かってねえだろ」


「えっ…我慢してたの…」


「お前…」


呆れたような呟きに、私は肩を竦めた。

すると突然周りの景色の流れる速さが増して、顔に当たる朝の冷たい風も強くなる。


「いっ、犬夜叉?」


走る速度をあげた犬夜叉に問うと、少し間を空けて彼の口が動くのが見えた。


「…耐えらんねえ」


「へ…」


詳しく聞き返したかったのだが朝特有の冷たい外気が、肌に寒い。
詳細は帰ってからにしよう、とここでの言及は諦めて私は犬夜叉の背に身を寄せる。

雨上がりの泥濘む森の小道の中、颯爽と駆け抜けていく彼の背で、私は一人首を傾げるのだった。
























ロニィさまに捧げます。

この度は相互リンクをさせていただき、ありがとうございました!

す、すみません…
犬くんが別人な上に彼襦袢が上手く表現できませんでした…
脳内補正をかけていただけると有り難いです…!

夫婦犬かご希望とのことでしたので甘く甘く仕上げてみたのですがいかがでしたでしょうか!
気に入って頂ければ光栄です!!

それでは素晴らしい機会をいただき、ありがとうございました!
これからもどうぞよろしくお願いします!(>v<*)

ロニィさまのみ、お持ち帰り可能です。

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