捧物
多様な病の治療法
その音が聞こえたのは空が白み始めた頃だった。朝露のせいでぬかるんでいるであろう土の上を歩く音。
僅かに緊張感が走る。
結局、心が定まらないままかごめが帰ってきてしまった。ここまで来たらどうにでもなれ、だ。元来俺は器用な質ではない。
ままよ、と簾を思い切りあげた。
「……犬夜叉」
簾が突然上がったことに目を丸くしたかごめだったが、次の瞬間には笑っていた。
「ただいま」
息が詰まる。
疲れたろう、大変だったろう、ゆっくり休め。
言いたいのだが上手く口から出てこない。逡巡していると、かごめはゆっくりと此方に歩いてきて、ゆったりと俺の胸に頭を預けてきた。
「……っ…!」
かあっ、と一気に熱が身体中に回る。
彼女をこんなに近くに感じたのは何日ぶりだろうか。短い間であろうにも関わらず、こんなにも焦がれていた。つくづく骨抜きだと笑えてくる。
「…かごめ?」
何の反応もない彼女を恐る恐る窺ってみると、それはそれは気持ち良さそうに寝息を立てていた。器用にも立ったまま、である。
そうだ、お前はそういう奴だったな。
お約束を見事にこなしてくれる想い人に苦笑をひとつ落としてから、俺は起こさないようにそっと抱き上げたのだった。
――
かごめが起きたのはとっぷり日が暮れてからだった。聞けば昨日は一睡もしていないとか。呆れてものも言えなかった。
「…やっぱり我が家が一番ね」
半日以上眠ったためか、顔色が朝よりうんと良くなったかごめが、布団の上に座ってそんなことをボヤくものだから、つい笑ってしまった。
「ばばあみてえだな」
「失礼ね!」
こんな他愛ない会話をするのさえ心に沁み入る。彼女の口から続く文句を甘んじて受けていると、一段落したのか、彼女はふと息を漏らした。
「子供たちはもう大丈夫みたいだけど、明日の昼頃、念のため村を回ってみるわ」
「……ん」
「私ね、嬉しいんだ。異境の地からきた人なのに、村の人たちはすごくよくしてくれる」
「…ん」
「だから、その人達のために身体を張ってでも助けたり、看病したいと思うの。……ねえ、」
「…ん……?」
「心配掛けたり、一緒に居れない日も増えるかもしれないけど……ごめんね」
先日の、俺が一方的に放った言葉に対しての謝罪だろうか。ならば、それならば寧ろ謝るのはこちらの方だ。
「……悪かったよ」
「え?」
「……俺が、悪いから…謝んな」
「犬夜叉…」
ばつが悪くて視線を布団の皺へと落とせば、頭に彼女の手が置かれたのが分かった。
それに甘えて、彼女の肩口に鼻を埋める。何日かぶりに感じる、好きな女の匂い。
「……犬夜叉」
「ん?」
「…寂しかった」
「……別に」
「私の話よ。……犬夜叉、一回も…その、抱き締めてくれなかったし…」
その言葉に、顔をあげる。見れば、仕事に謹む大人の顔ではない、俺の前でだけ見せる少女の顔があった。
それを見て、急激に恥ずかしくなったのは、やはり久しぶりに彼女と戯れられると云う実感からだろうか。
「〜〜…っんなこっ恥ずかしいこと言うな…!」
「な、何よ!だって事実だもの!」
かごめはムッと眉を寄せたかと思うと、間をおかず口角を吊り上げた。この顔は覚えがある。「いいこと」を思い付いたときの顔だ。
「寂しかったんでしょ」
「別に」
「私に構って欲しかったんでしょ」
「別に」
「…弥勒さまとかに相談したりしてたんでしょ」
「……べ、別に」
「あー!図星ね!なんだ、犬夜叉も寂しかったんじゃない」
「〜〜ッのアマ…!」
そうかそうか、と頷くかごめ。腑に落ちなかったが、間近で久々に彼女の笑みが見れたから。なんとなく、気が緩んだ。
「…ああ、そうだよ」
「へっ…?」
クスクスと漏れていた笑い声がピタリと止んだ。きょとんと此方を見詰める彼女の肩に頭を乗せて、頬を細い首に寄せる。
「…さ、……寂しかったよ……悪ィか」
「うっ、ううん!」
柄でもない台詞に自身が返り討ちにあったが、それ以上にかごめにも動揺を生ませたらしいので、内心ざまあみろと舌を出す。
それにしても、と目を閉じた。
華奢な身体だと改めて思った。こんな細っこい身体を張って一生懸命、村の奴らの為に働いているのだ。
相変わらず、そういうお人好しで強いところは変わってない。俺はそれが嬉しい。
じゃっかんの照れを覚えつつ、かごめの首筋に頬擦りをしてみる。ぴくんと跳ね上がる彼女に少しだけ頬が赤らむのを感じた。
たったこれだけで反応してくれるなんて、と優越感にも似た喜びを覚えるのは邪だろうか。
そっと白い首に唇を付けて、食むような柔らかな口付けを落としていると、肩に手をおかれ身体を押し離された。
「ちょ、ちょっと……」
目元まで朱色に染めて抗議されても、俺を悩ませるだけだと云うことをそろそろコイツは学習した方が良い。
少しだけ意図的に声を低めて、請うような音の葉を口にする。
「……嫌か」
「…ずるい」
すっ、と目を逸らしたかごめ。同時に俺の衣の袖を小さな手で握り締めたその行動を肯定とみなして、俺は彼女をその場にゆっくりと横たわらせた。
「んなこたいいから…」
胸の高鳴りは緊張からか高揚からかそれとも。
程よく打ち鳴らされる心の臓の鼓動を強く内に感じながら、再度彼女の首に頬を擦り寄せて呟く。
「…今夜は俺の機嫌でも直しとけ」
かごめの熱を帯びた吐息に似た返事を合図に、彼女の襟ぐりを広げて、晒けだされた鎖骨に唇を寄せるのだった。
了
望さまに捧げます。
今回のリクエストが二回目という!嬉しいです!
張り切って書かせていただいたのですが…リクエストに沿えていません!!すみませんっ!!
望さまが書かれていた、子供の風邪を治した後に犬夜叉の機嫌を直すという文にキュンキュン致しました!!
リクエストからはずれてしまったのですが…楽しく書かせていただきました!喜んで頂ければ光栄です(*^□^*)
それでは望さま、拙宅への来訪、またリクエストありがとうございました!!
これからもどうぞよろしくお願いします!
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