捧物
★木漏れ日揺れて
Reiさま/相互記念
弥珊
「じゃあ雲母、しっかり送ってくんだよ」
「いつもごめんね、珊瑚ちゃん、雲母」
「ううん。いい機会だからゆっくり休んできなよ」
「ありがとう。じゃあ」
朝焼けの空の中、雲母とかごめちゃんの背中を眺めながらあたしは背後で行われている説教を耳にして、苦笑した。
今回は3日ほどかなあ、なんて呑気に考えながらボンヤリと空を仰ぐ。
それから、澄みきった透明感のある朝に似つかわしくない、騒がしい空気を作り出している男衆の元へと向かった。
『木漏れ日揺れて』
「本当に、お前には呆れますね」
「そうじゃそうじゃ!鋼牙が来る度にかごめと喧嘩しおって!」
「るせえッ!ガキはすっこんでろ!!」
「犬夜叉、八つ当たりはよしなさい」
「けっ、知るかよ」
あのあと、楓さまの村へと戻ったあたし達はそんな賑やかな朝餉の時間を過ごしていた。
傍らで水を飲んでいる雲母の頭を撫でながら、やさぐれている犬夜叉に苦笑いをする。
「かごめちゃんを迎えに行かないのかい、犬夜叉」
「はっ、誰が行くか。あんな女の所になんてよ」
「とか言いつつ、本当は行きたくてソワソワしておるではないか」
ガツンッ
「うわぁぁあん!犬夜叉がぁあ!!」
「犬夜叉、いい加減にしなさい。七宝は本当のことを言っただけではないですか」
「本当なわけあるか!!んだよ、全部俺が悪いのかよッ!!」
あんたが悪いよ、それは。
なんてこんな空気の中で言ったら犬夜叉は確実にぶんむくれるだろうから、言わないでおこう。
こぶをこしらえた七宝をあやしながら、あたしは密かに溜め息をついた。
「七宝、ここにいたら危ないから外で遊んでな」
「んだとコラ珊瑚」
「事実じゃないか。ほら、雲母も遊んでおいで」
そう言って、ピリピリしている犬夜叉から二人を避難させた。ホッと一息つくと、それを見計らったように法師さまが口を開いた。
「いいですか、犬夜叉」
突然声を低くして、いつになく真剣な面持ちの法師さまを見やる。犬夜叉に真っ直ぐ向けられた人差し指が何とも凛々しい。
「人は誰しも、明日何があるのか分からないのです」
「…はあ」
犬夜叉は怪訝に眉を顰めている。あたしだってきっとそんな顔をしている。法師さまの話はいつだって難しくて奥が深くて、その一言だけでは話の全貌は見えなかった。
「私たちなら尚更そうです。奈落を討つべく戦い、傷付き、追い続けている」
「…何が言いてえ」
「犬夜叉、明日も我々全員が共に居られるとは、限らないのですよ」
「!」
思わず、息を呑んだ。
そうだ。あたし達は本当に命懸けで奈落を追っている。激しい戦いだ。その最中、死にかけたことだって何度もある。
ましてや犬夜叉や七宝以外は人間なわけで。彼らのように頑丈でもない。
明日も、無事にみんなで、旅を続けられるなんて確証は、ないのだ。
「すぐ隣に在る大切なものが、いつまでもそこに在る、なんて誰も分からない」
淡々と続ける法師さまに、なんだか胸がざわつく。
「その癖、大切なものというのは、失うまで気付かないものです」
犬夜叉、と彼を見る法師さまの眼差しが、むしろあたしの胸に刺さる感覚さえ覚えた。
「井戸がいつまでも繋がっている、なんて…」
「…ッ」
法師さまの言葉を遮るかのように、犬夜叉はその場を立って、簾の向こうへと駆けていってしまった。
「…やれやれ」
そう呟いて、ズズ、ともう完全に冷めてしまったであろうお茶を啜りながら、法師さまはあたしに笑顔を向けた。
「珊瑚、我々も散歩に行きませんか」
「へっ?」
「犬夜叉とかごめさまなら、恐らく夕刻には戻ってくるだろう。それまで、どうです?」
急なお誘いに戸惑いながらも、滅多にないことだし、了承の意を込めてひとつ頷く。本音を言うとすごく嬉しいのだけれど、それを言ったら法師さまは調子に乗るだろうから言わないでおこう。
「どうして夕方なのさ」
「あの単純な男のことだ。今頃血相を変えて井戸をくぐっているでしょう」
「あたしは、二人の仲直りに3日はかかると思うけどなあ」
「おや、賭けましょうか?」
「やだよ、なんだか負けそうだし」
簾を上げつつこちらを見て笑う彼に、何処に行くのかと尋ねると、私に任せなさい、と返ってきた。
外に出て、明るくて良い天気の下でよく映える彼の黒い袈裟姿を、あたしは追いかけた。
──
「…ねえ、法師さま、この道って…」
あまりにも見慣れている小路を歩いていく法師さま。何となく察しがつきながらも、念のため、と聞いてみる。
「野暮なことは聞くものではありませんよ、珊瑚」
「一番野暮なのは誰なのさ…」
軽やかな足取りで先を行く彼に、軽く戒めの意を込めて大きく溜め息をついた。
「珊瑚だってどうなるか気になるでしょう?」
「ならないよ。まったくもう……」
先程みたいに真剣な話をしたかと思うと、人の恋路に片足突っ込んでしまうこの青年。そこまで浅い付き合いな訳ではないけれど、あたしは未だにこの人が掴めない。
「つれないですねえ」
そう言って朗らかに微笑う横顔を見て、無性に切なくなってしまった。
静かで、穏やかで、風が木の葉を揺らす音しかしないような森であったこともあって、あたしはそっと、前を歩く彼の裾を引っ張った。
「…珊瑚、」
彼の声は、ひどく落ち着いていて、まるであたしがこうすることを知っていたみたいで。
「…あんな話をするつもりではなかったのですがね」
「え…?」
こちらを振り返った法師さまは少し影のある微笑を称えていた。そんな表情の上に木漏れ日が揺れ、思わず目を細める。
「大切なものが──って話かい?」
「ああ」
にこりと微笑んで、法師さまはあたしの頭を撫でた。
「失いたくないものに限って、何故こうも儚いものなんでしょうね」
木漏れ日が揺れているせいか、それともまた別の理由からなのか、その瞳が、あまりにも切なく揺れるものだから。
「……法師、さま…?」
「…と、まあ色々考えましたが」
その表情がどんな意味を持っていたのか確認する前に、前を向かれてしまった。
「どうやら杞憂なようですな」
そう笑いながら言った彼の視線の先を見てみれば。
「…おら、荷物貸せ」
「ん、…ありがと」
はにかみながら犬夜叉の手を握るかごめちゃんと、視線を彼女から外しながらも微かに笑んでいる犬夜叉。
咄嗟に身を屈めて茂みに隠れたあたし達は、少し遠くのそのやりとりにお互い顔を見合わせて苦笑する。
…まあ、喧嘩するほど仲がいいっていうし。
多少呆れながらも、彼らを憎めないのは、初々しいというか憧れというか…見ていて飽きないやりとりが、楽しみのひとつでもあるからというか。
「仲直り、意外と早かったですね」
犬夜叉の聡い耳を考慮して、二人の背中が遠ざかってから、法師さまがあたしの隣で笑って呟く。
「予想がはずれちゃったね、法師さま」
「まあ、何よりです」
明日の朝には出発ですかね、と立ち上がる彼にならってあたしも腰をあげる。
「ま、あたしらにとっちゃいい骨休めになったよ」
「そうですね。…さて、私達も行きますか」
「ああ」
小袖の裾を軽く手で払ってから、既に歩きだした彼の背を追いかける。
ふと、その黒い背中が立ち止まった。
「法師さま?」
彼の隣に並んで、頭1つ分くらい上にあるその端正な横顔を見上げる。
どうして立ち止まったの、という意を込めて彼を呼ぶと、突然、手に、何かが触れた。
「…っ!?」
長い指。大きな手。
いつもは躊躇なくお尻やら胸やらに触ってくる癖に。
今、あたしの手に触れている彼の手は、何処か戸惑いがちだった。
「ほ、……え、な、な…?」
「はは、どうしました、珊瑚」
彼の手から、強張りが消えたかと思うと、強く握りしめられ、半ば引き摺られるように後をついていく形になった。
「は、離してよ法師さまっ!」
「何故です?」
「だっ、て……は、恥ずかしいじゃないか…」
「はははっ、そうですか、いやはや、気付きませんでしたよ」
「わ、笑ってないで離してよ!」
からかわれた気がして、些か乱暴に振り払うことを試みるが、それは失敗に終わった。
ますます含み笑いをする法師さまを恨みがましく睨むと、
「……離しませんよ」
ぽそり、と。
確かにそう、呟いた気がした。
「ほら、珊瑚。早くしないと」
「…へ、……あ、ああ」
赤くなった顔を見られないように、多少俯きながら、こっそりと彼の横顔を盗み見ると、それはそれは満足そうな、穏やかな笑みだった。
───かごめちゃんと犬夜叉に感謝、…かな
そんなことを考えながら、あたしはそっと、法師さまの手を握り返したのだった。
了
Reiさまに捧げます。
この度は相互リンクをさせていただき、ありがとうございました!
そして、大変しばらくお待たせしました!本当にすみませんでした!!(>_<`;
弥珊は初めて書いたのですが…いかがだったでしょうか?ほのぼの、というリクエストからかなり路線がずれてしまいました…。
これからも仲良くして頂ければ、光栄です!!
それでは素晴らしい機会をいただき、ありがとうございました!
これからもどうぞよろしくお願いします!(^-^*
Reiさまのみ、お持ち帰り可能です。
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