捧物
★居場所
みゆうさま/相互記念
夫婦犬かご
妖怪退治を終え、帰路につき、そして今しがた弥勒と別れた。
暮れゆく空の下で足を止めたのはほんの気紛れ。
烏が山の方へと飛び去る姿を眺め、棚引く紫雲を眺め、俺は目を細めた。
『居場所』
それからゆっくり、ゆっくりと歩を進める。今日の報酬である野菜が詰まった籠を担ぎ直してから、もう一度空を仰いだ。
その夕空は毎日変わりゆくものであって。同じ空は二度とないのだけれど、今日の空は、いつか一人見上げたものとひどく似ていた。
それはかごめが此方に居なかった間のこと。空を眺めては彼女を思い起こし、星を見れば彼女の笑顔を想い…思えば一日中空を見ていた。
そんなことをしても、ただ辛くなるだけなのに。分かってはいたが、ふとした瞬間に空を見上げてしまって。
虚しかった。
こんなにも広い空なのに、その下にお前は居ない。…いや、居ないのではなく存在しないのだ。
時代を500年も越えなければ、お前には繋がらない世界。
よく三年間もその下を過ごしてこれたと思う。
心の何処か深くに疼く傷。
埋めようもないほどの痛み。
毎日、何処か遠くに想いを馳せる日々が続いた。
けれど。
今は、違うのだ。
ふと前を向けば、灯りのついたひとつの小屋があった。誰かが点してくれたであろうその灯りが、暮れ始めて暗くなっている辺りに暖かく映える。
その小屋へと真っ直ぐ進む。簾に手を掛けつつ、自然と笑む自分に気付いて、少しだけ、苦笑に替えた。
「おう、帰ったぞ」
「犬夜叉!お帰りなさい!」
小屋の簾を上げた途端、嬉しそうな声と満面の笑みが俺の懐に飛び込んでくる。
この瞬間が、一番好きだ。
帰る家があること、迎えてくれる人がいること、愛しい笑顔が傍に居てくれること。
昔の俺には想像すら出来なかったような、穏やかで暖かな、俺の、居場所。
「お疲れさま!怪我とかしてない?」
「ああ。おめえこそ変わりはねえか」
「うんっ」
「なら良かった」
そう言いつつ彼女の腰に手を宛てがい、少しだけ引き寄せる。すると嬉しそうに頬を寄せてくるものだから。
「…んだよ。今日はやたら甘えただな」
からかい半分、照れ隠し半分、そう言って髪の毛を指に絡めると、かごめはくすぐったそうに身を捩った。
「うん…なんかね、そういう気分なの」
そう顔をあげて、照れ臭そうに笑むかごめ。
胸が、強く甘く締め付けられる。
今日の報酬である荷をその場に降ろして、俺は両腕で彼女の身体を包んだ。
「犬夜叉?」
「…俺もそういう気分になった」
腕の中で小さく頷いた彼女に、俺は少しだけ微笑んだ。
この空の下、もう辛いと思うことはない。
たったひとつの、自分の居場所が今この手の届くところにある。
これがどれだけ幸せなことか。
「…犬夜叉?」
「…ん?」
「何か、あったの?」
コイツはこういう時だけ鋭いのだから困る。
特に何かあったわけでもないが、俺がこう悶々と想いを馳せているのだから、何かあった、ということにしてもらおう。
「…まあな」
「どうしたの?」
ぱっと顔をあげて、俺を心配そうに見上げてくるかごめ。んな顔してもらうほどの話でもないのだが。彼女の黒髪を梳きながら、大きな瞳を覗き込む。
「…なんか……いいな、って思ってよ」
「なんかって…何が?」
「それは言わねえ」
「ええ…何よ……」
ムッとむくれるかごめに笑みを落としつつ、話を逸らそうと報酬の野菜を彼女に見せた。
「今日もらったやつだ。当分飯には困らねえな」
「いつも困ってないけどね」
犬夜叉のお陰で、と付け足してから囲炉裏に向かうかごめの後ろ姿に苦笑した。
むず痒い。こそばゆい。そしてひどく、甘い。
旅をしていたときとはまた違った彼女の顔。それにいちいち揺らぐ俺にお前は気付いて……ねえんだろうな。
「そろそろご飯出来るから、ちょっと待っててね」
そう言って、囲炉裏に掛けている鍋をかき混ぜる彼女の横に座った。
かごめの隣は暖かくて、心からの安堵を得られる。
好きだ。
昔から変わらず、
お前の隣が好きだ。
この広い世界で、ただひとつの俺の居場所。
今日に限ってこんなことを思うのは、きっと先ほど見上げた空のせいだ。お前が居なかった3年を思い出したせいだ。
「……犬夜叉?」
かごめの華奢な肩に頭を乗せる。座っていても、俺よりずっと低いところにある彼女の肩に合わせて体勢を崩した。
「…甘えたさんなのはどっちかしらね」
かごめは静かに笑みを漏らして、俺の手に手を重ねてくれた。
「…今日は、俺の方かもな」
「いつもじゃない」
「んなこたねえって」
「そうだったかしら」
「そうだよ」
美味そうなにおいを漂わせる晩飯も気になったが、今はただ、彼女に凭れて微睡んでいたかった。
明日はどうせ妖怪退治の依頼も無いし、かごめも午後は暇だと言っていた。久しぶりに二人で、広い空の下を何処までも散歩するのも悪くない。
俺は微かに笑みを浮かべながら目を閉じて、この穏やかな空気とお前に身を委ねることにしたのだった。
了
みゆうさまに捧げます。
この度は相互リンクをさせていただきありがとうございました!
夫婦犬かご、とのリクエストで、どのようなものを書こうか悩んだ時間がとても楽しかったです!ほのぼの調にまとめたつもりなのですが…いかがだったでしょうか?(・ω・`
みゆうさまのシリアスで切ない小説が本当に好きです!これからも応援しておりますっ!!
それでは、素晴らしい機会を頂きありがとうございました!
これからもどうぞよろしくお願いします!(・v・*
みゆうさまのみ、お持ち帰り可能です。
前へ(*)次へ(#)
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!