捧物
★雨の帰り道
結璃さま/相互記念
犬かご
──雨、降りそうかも
六時間目の数学を受けながらぼんやりと窓の方を見やる。朝も曇ってはいたが、今は空が薄暗くなるほど雲が厚く下界を覆っていた。
───はやく帰らなきゃ
家で待っているであろう緋色の彼の姿を思い描いて、少しだけ微笑う。ちょうどその時、終業のチャイムが鳴ったのだった。
『雨の帰り道』
「おーい、日暮!」
後ろから声を掛けられ、靴を履きつつ振り返る。そこには爽やかな空気を纏う北条君が居た。
「どうしたの、北条くん」
「雨降りそうだろ。おれ、傘持ってるから、途中まで一緒に帰らないか?」
そう言ってニコリと笑う様は私の想い人にはないもので。そんなことを考えている自分に内心で苦笑しながら親切な彼に手を振る。
「ううん、走って帰るから大丈夫よ。ありがと、じゃあね」
犬夜叉が待っているのだもの。ゆっくり帰ってなんかいられない。湿気を帯びてムッとする空気を感じながら私は玄関を飛び出した。
――
一方かごめが去った後、玄関に取り残された寂しき彼に寄っていったのはお節介な三人娘。
「ダメよ、かごめは鈍感なんだから」
「もっと強引に誘わなきゃ!」
「かごめちゃんは気付いてくれないわよー」
「…ふー……」
がっくりと項垂れた彼の、哀愁漂う溜め息は曇り空に吸い込まれて消えていった。
――
グラウンドを横切っていると校門に人が群がっているのが見えた。面白そうだという様子の人もいれば遠巻きに眺めている人もいる。
ヤンキーとかが居たら嫌だなあ、なんて考えながら興味本意で人だかりに目をやれば。
「いっ、犬夜叉っ!?」
そこには両目を瞑って校門に背を預けている犬夜叉が居た。
「おう、かごめ。おせーぞ」
その瞳が開かれた瞬間、一気に周囲の人間がどよめいた。
「何あれ、コンタクトかな」
「日本人?赤い着物とかどうしたの!」
「ねえ、髪の毛脱色じゃない?やだー…」
コソコソと私の周りでそんな話をし出す生徒たち。帽子をかぶっているけれど、彼にもそれが聴こえているだろう。
この人のことを何も知らないで、とちょっとムッとしながらも、彼に向けられている心ない言葉に胸が痛んだ。
「帰ろう、犬夜叉」
不愉快な人の群れを越えて、彼の手を握る。更に強くなった好奇の目とどよめきにイライラした。
「お、おう…」
驚いたような声を出した彼を引っ張って学校から出る。いつもの道とは遠回りになるけれど、私は人気の少ない帰り道を選んで歩いていった。
――
「なーにそんなにピリピリしてんだよ」
「してないわよ」
私はつっけんどんにそう返してしまった。すごく感じ悪いんだろうな、と思ってはいるのだけれどどうしてもイライラが収まらなかった。先ほどの生徒たちのザワめきが消えないのだ。
「学校には来ないでって言ったのに」
本当に可愛くない。本当に最低だ私。犬夜叉に八つ当たりしてどうするのよ。
「だからがっこーの門から中には入ってねえだろうが」
「……そうね」
「だろ」
呆れたように溜め息をつく犬夜叉。罪悪感を少し覚えながらふと思い出した。そういえば彼は私に「遅いぞ」と言っていた気がする。
「ねえ、どのくらいあそこにいた?」
「んなの覚えちゃいねえよ」
「もしかして…ずっと待っててくれたの?」
「あ?ったりめーだろ」
あんな集団の厭らしい目に晒されながら、あんたは私を待っていてくれたの?
「犬夜叉…」
「……おい、今度はどーした」
彼が訝しげな声音で私を窺うような気配を感じた。
「だって…あんなに散々嫌なこと言われてたのに……」
「ああ、そうだったのか?」
軽く流されて思わず彼の顔を見上げた。あの陰口は私に向けられた言葉ではない。けれど私はこんなにも傷付いたのに。平気なの?あんたは。
「俺はここの言葉がさっぱり分かんねえし。まあ、ごちゃごちゃと人間のにおいが混ざって酔いそうだったがな」
だから、と言って私の瞳を覗き込んで苦笑する犬夜叉。
「おめえがそんな顔する必要なんてねえのによ」
「だって……」
だって。だって。
あんたのこと何も知らないくせに好き勝手言うんだもの。敬遠するんだもの。
「私は、あんたが…バカにされるのが嫌なの」
「…」
「ものすごく頼れる人だとか、優しいところとか何にも知らないくせに…」
「……お前な、」
その声に犬夜叉を見上げれば、眉を眉間に寄せて、でも少しだけ頬が朱に染まっている彼がいた。
「…んなこっぱずかしいことをサラリと言うな」
声が不機嫌そうなのはきっと照れ隠しなんだろう。そんな顔を見てちょっぴり優越感を感じてしまった。
「だって本当のことだもん」
「……」
裏を返せば、あの人たちはこんな可愛い犬夜叉を知らないわけで。私だけが見られる表情なんだと思ったらだんだんとイライラが収まってきた。
「心が広いんだか狭いんだかわかんねえな、お前は」
「そう?結構狭い方よ、私」
「…いや、お前のは……優しいっていうんじゃねえか」
そう言ってこちらを向いた犬夜叉は少しだけ微笑っていて。
まさかそんなことを言われるなんて、と驚いて彼を見つめていると髪の毛をくしゃりと撫でられた。
すぐにいつもの仏頂面に戻ってしまった彼を見ながら、彼の笑んだ顔に思わず頬が綻ぶのを感じる。単純だな、私、なんて考えて空を仰いだ。
「あ、」
「お、降ってきたな」
その時、とうとうポツリと空から滴が落ちてきた。いつもより遠回りをしているため家にはまだ着きそうにもない。
「走ろっか?」
「いや、そのために、これ…お前のおふくろからもらった」
そう言って彼が懐から取り出したのは、私のお気に入りのピンク色の折り畳み傘───が何故かボロボロになっていた。
「なんか大事なもんなんだろ?」
「…もしかしてずっと握りしめてきたの」
「かごめのおふくろが落としちゃダメだっつーからな」
きっとそのせいだ。彼の人間にはない鋭い爪が握りしめていたときに布を破ってしまったのだろう。
「気に入ってたのに〜…」
「なっ、なんだよ」
「……ううん、もういいの」
傘が破けるまでそれを大事に持ってきてくれて、私を待っていてくれたということでチャラにしよう。
「使わねえのか、これ」
「使えないのよ、犬夜叉」
そう訂正してからもう一度雨空を見上げる。先ほどより強くなり始めた雨粒が顔で弾けるのを感じながら、いつもは憂鬱な雨だけれど今だけは濡れてもいいと思った。
それはきっと、火照った心を冷ますのに丁度いいから。
「風邪ひいても知らねえぞ」
「このくらいじゃひかないわよ」
隣でぼやく犬夜叉の顔を笑いながら見上げる。すると彼はハッと息を呑み、途端に真っ赤になってしまった。
「いぬや……きゃっ!?」
「と、とっとと帰るぞ!」
突然火鼠の衣をすっぽりと私に被せて、視界があかくなってしまった私は彼にフワリと抱きかかえられた。と同時に、ものすごい速さで駆け出した彼。
「ちょっと!いきなりどうしたのよ!」
「それを俺に聞くな!」
あっという間に家について、私は衣ごとすぐさま洗面所に放り込まれた。
何よ、とブツブツ文句を言いながら目の前の鏡を見ると。
「───っっ!!!」
そこに映ったのは雨のせいで濡れた自分の姿。
さて、基本地が白い制服が濡れればどうなるか。
彼の赤面の理由が分かった私は、先ほどの彼よりももっと真っ赤になって声にならない声をあげたのだった。
雨はまだ、降り続いていた。
了
結璃さまに捧げます。
相互リンク、本当にありがとうございます!
かごめの学校帰りに迎えに来てくれる犬夜叉…とのことで、色々妄想しながら書かせていただきました!楽しかったです(*^□^*)
さてさて、かごめちゃんの制服が濡れてどうなったのでしょうか笑
それは結璃さまのご想像にお任せします!(´`*)
結璃さまに限りお持ち帰り可能です。
それでは素晴らしい機会を頂き本当にありがとうございました!!これからもどうぞよろしくお願いします!(*^∇^*)
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