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捧物
灯火




京さま/33333枚目





































ザワリ、と妖気に混じって吹き荒れる風。


「………なあ、弥勒」


「…お前も何か感じますか」


「ああ、…コイツら弱すぎやしないか」


「私もそれは思った。…まるで、囮のような……」


ハッとした顔で弥勒と顔を見合わせた瞬間。ザアッ、と一陣の風が俺の髪をなぶって通り過ぎた。嫌な、風。


「かごめ…っ!!」


今の風は村の方角だ。確信染みた胸騒ぎが襲い、その瞬間俺は走り出した。


『灯火』


「妖怪だあぁー!!!」


ガンガンと鳴らされる警鐘。ドキリとして、でも反射的に弓矢を手に取る。


「かごめちゃん!」


外に出れば珊瑚ちゃんは既に臨戦態勢で。雲母の背に乗せてもらって妖気の方へと向かった。


「どんな妖怪なの?」


「カマキリみたいなヤツで触手も持ってる。多分あの類いは毒性が強い妖怪だ」


「子供たちは?」


「楓さまに預けてるよ。七宝も居るから心強いだろ」


そう言ってニコリと笑う珊瑚ちゃん。その強気な瞳は私の心の不安を取り除いてくれた。

せめて、彼らが帰ってくるまでは村を守らねば。絶対に死人を出してはいけない。

ギュッと力を込めて握った弓は、痛いほど私の手の平に馴染んだ。

間もなく煙と火柱が上がり、妖怪の居るところに辿り着いたと知る。矢立てから一本矢を取り出した。


「かなりデカイ野郎だね…とりあえず降りるよ」


地に足がつくと同時に砂煙が晴れる。目の前に現れたのは先ほどの彼女の説明通りの妖怪だった。


《四魂の玉を滅した時渡りの巫女は何処だ》


低い地響きのようなお腹に響くような声。


《それを手に入れることが妾の宿願であったのに…許さぬ……許さぬぞ…!!》


妖怪が振るった鎌が空気を切り裂いて辺りにブワリと風が吹いた。


「おしゃべりな野郎だねっ!」


負けじと飛来骨を飛ばす珊瑚ちゃんにならって私も弓を構える。


《フン、このような骨…妾には効かぬわっ》


鎌によって跳ね返された飛来骨が宙を舞って、珊瑚ちゃんの足下に落ちた。舌打ち混じりに彼女は雲母に飛び乗った。


「かごめちゃん!狙うなら本体の方だっ!デカイ鎌はあたしが何とかする!」


「分かったわ!」


キリリ、と妖怪の体に狙いを定めて矢を放つ。が、それを防ごうと盾になった大きな鎌に当たってしまった。


《……ッぐ…》


「あ、…」


「やった…!」


バキリ、と鈍い音がして妖怪の右の鎌が地に落ちた。再び舞う粉塵に目を細めながら前を見据える。とりあえず凶器の1つは使えなくなった。あとはもう片方の鎌を、と思った瞬間。


「きゃあっ!?」


ズルリ…、と足に何かが巻き付いて私は地面に倒れてしまった。


「かごめちゃんッ!!」


《せめて…貴様の地肉を妾に捧げよ……くくく、巫女の肉はさぞかし美味いのだろうな…》


「!」


触手に絡め捕られた身体が妖怪の方へと引っ張られる。岩地に生身の身体が擦れて、思わず目を瞑った。


「させないよッ!!」


珊瑚ちゃんの声がして、足が途端にフワリと自由になった。見れば彼女の飛来骨が触手をちぎっていてくれた。


「あ、ありがとう…」


《…貴様、妖怪退治屋か……》


「だったらなんだ!!」


《貴様らのことならよぅく知っておる。お前は法師にたぶらかされた女の1人だろう》


「っな、んだと……!」


珊瑚ちゃんの顔が、怒りに満ちていくのが見えた。


《女たらしなぞにたぶらかされたと聞けば、貴様の父上はどう思うのだろうな》


フン、と鼻で笑う妖怪。ただの挑発にしては私たちのことを知りすぎている。なんなの、コイツ。


《今頃頭の悪い法師は妾が放った下僕たちに手間取っていることだろうよ》


「きっ…貴様ぁぁあッ!!!」


ブン、と風を切る音がしたと思うと、珊瑚ちゃんの身体が後方に吹っ飛んだ。


《フン、ただの女に成り下がった退治屋に興味などないわ》


次は貴様だ、と片腕の妖怪がこちらに向き直る。雲母に珊瑚ちゃんの元へ向かうように言ってから、私は妖怪と対峙した。


《時渡りの巫女、貴様も同じだ》


「…何がよ」


《薄汚い半妖などに身を堕とすなど…笑わせる》


「…やけに私たちのことを知っているのね」


《当然だろう。四魂のかけらを集める者は皆貴様らの存在が疎ましかったのだからな》


嫌でも貴様らの情報は耳に入る、と嘲笑気味に話すカマキリ妖怪。


「あんたらは私たちが怖かっただけじゃない」


《調子に乗るなよ、汚ならしい半妖と契った汚れた巫女めが》


頭に、きた。

汚い、汚いって。心も考えも血も何もかも、犬夜叉はあんたと比べ物なんかにならないわよ。渾身の力を込めて弓を構える。狙うのはもちろん本体だ。


「あんたに…私たちのっ!何が…っ…分かるのよッ!!!」


放った矢は真っ直ぐに本体に向かって。


《!!》


凄まじい音を立てて、妖怪に当たった。砂煙の中目を凝らすと、妖怪が私の矢によって大きな樹に縫い止められているのを見た。


《ぐっ……》


生きてはいる…けれどきっともう動けない。


「珊瑚ちゃん!!」


身を翻して倒れている彼女の元に向かおうとしたとき。

背中に固くて重たい衝撃。恐らく触手だ。痛みは感じなかった。ただあまりの強さに肺にあった空気が喉でつまる。

しばし、奇妙な浮遊感の中を漂って、落ちた。息を吸おうと口を開ければ生暖かい鉄の味がした。

霞む視界の端に、倒れている珊瑚ちゃんが見えて。大丈夫かな、なんて思って、苦しくなって、目の前が暗くなった。


――


削れ、抉られている地面。樹に張り付けられてもがき苦しむ妖怪。その身体に刺さっている矢。血。倒れている珊瑚。血。倒れているかごめ。

そっと彼女の華奢な身体を起こせば至るところに傷、痣、血痕があった。


「弥勒」


雲母と珊瑚の元に居る弥勒に声を掛ける。自分でも驚くほど低く冷静な声が出た。


「かごめを頼む」


「…わかった」


ここに残る俺に理由は聞かず、雲母に乗って村の方へと去っていった弥勒。有り難いことだ。これから殺ろうとすることは、出来れば誰にも見せたくない。


《ぐっ……くそっ…半妖風情が…!!》


「その半妖に殺られるてめーは何なんだろうな」


ドクドクと鼓動が高まる心臓に反して、頭はやけに冷えていた。


「ひとつ聞こうか。なんでこの村を襲った」


《…フ、あの忌々しい巫女を殺すためよ。ついでにあの力を取り入れれば妾はもっと強くなれる》


「そうか」


よく分かった。要するにテメエはここを死に場所に選んだわけだ。

蠢く触手の数本を刀で薙ぎ払う。妖怪の雄叫びのような悲鳴が身体の奥底を更にザワつかせた。


「一発で逝けると思うなよ」



















びちゃちゃっ、と汚い体液と返り血を浴びながら野郎の足をもいでいく。



それはすぐ酸化して黒ずむ。俺の衣も緋からどす黒い色へと変わっていく。










暮れ始めた空は、そんな黒い俺を覆い隠すように辺りを闇色へと包んで。



















切り刻んで、




















押し潰して、




















頭は殺戮感情に支配されているのに、俺は何処か空っぽで。




































「……まるで白い夜叉だな、お前は」


その声に気付いたときには、地も空も目の前の肉塊も俺もみんな黒かった。


「……死んだのか、コイツは」


「輪廻転成も不可能なくらい原型を留めてませんよ」


それで生きてたら化け物です、と笑う弥勒の声が辺りに木霊した。やけに掠れた笑い声だった。


「………あいつらは」


「生きてますよ、ちゃんと」


その言葉に腰から地面に崩れ落ちた。これほど深い安堵をかつて経験したことがあっただろうか。呼吸を繰り返す口から出た、そうかという言葉があまりにも頼りなさげで笑える。


「…しかし、彼女たちがこれから毒にどれほど抵抗できるか…」


「……」


「かごめさまに関しては…頭を打っています」


安心するのはまだ早い、と暗に告げられていることくらい俺にも理解る。


「今は、…いえ、しばらくはかごめさまの傍に居ておあげなさい」


「……言われなくても分かってらあ」


「それと…その肉の塊、どうしますか」


「もうどうでもいい」


「そう、ですか…」


「先に戻ってろ。すぐ行く」


「……分かりました」


踵を返して、俺は川に向かった。こんな姿ではかごめに会えないし触れられないと思った。

ひしひしと込み上げてくるやり場のない感情がジリジリと胸を焦がす。

堪らず吼え猛った。その叫びは夜の闇に吸い込まれて、しばし辺りの静寂を震わせて、消えた。






















前編了

→後編

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あきゅろす。
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