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捧物
泡を掴んで


かなはるさま/3000枚

















…ごぽっ



口から出た泡が上へ上へとあがっていく。


『泡を掴んで』


妙な浮遊感と圧迫感。おそらくここは水の中なのだろう。

沈んでいるわけでもなく、かといって浮かんでいるわけでもなく。

ただ、その場に佇んでいる。けれど息が苦しくない。


―ああ、これは夢なんだな


泳ごうと思って気付いた。身体が動かない。


―面倒くせーな…


早く夢が醒めないものかと多少うんざりする。





誰もいない水の中は、不気味なほど静かで。

恐怖はないが、居心地が悪い。

ふと昔のことを思い出す。そう、まさにこんな感じだった。

暗闇に、独り。

声も身体も使い物にならない。忌々しいほどに敏感な目と耳と鼻。



見たくねえ殺意を見て


聴きたくねえ罵りを聴いて


嗅ぎたくねえ血の匂いを嗅いで


いつしかそれらが無い場所へ逃げようとした。

そんな場所、あるはずもないのに。

逃げて、逃げて、幼い頭は理解する。

自分以外は皆、敵なのだと。


誰も信じなくなった。

そもそもそんな醜い姿を晒されて信じろ、何て方が無理な話だ。




…なんて。

そういう風に考えなければやっていけなかった。

追われ、襲われる日々に甘えなど持ってはいけないと思っていたから。

いつだって、空っぽの手は誰かを求めていた。


誰かを抱き締めたくて

誰かに抱き締められたくて

でもその「誰か」が分からなくて。

俺は結局独りのまま生きてきたんだ。













無意識に手を伸ばしていた。小さな泡たちが再び上へあがっていく。

それを見えなくなるまで見つめていたときだった。

不意に水中を彷徨う右手に何かが触れた。蜃気楼のように揺らぐそれは白く、暖かく、柔らかくて。


―誰かの手だろうか


握ってみると、優しく握り返される。


―俺はこの手を…知ってる






















目を開けた。

そこには見慣れた小屋の天井があって、やはりさっきのは夢だったのだと再認識する。

隣に視線を移せば、愛しい人の寝顔。思ったよりも近くて、胸がどきりと鳴った。



ひとつ、小さく息を吐いてその顔をまじまじと見る。

白い肌

長い睫毛

朱色の唇


可愛らしい寝息を立てている姿は、起きているときより大人っぽく見えるような気がする。


―弥勒の奴にでも言ったら「惚気だ」って言われちまいそうだな。


苦笑をこぼす。

そのとき、小さく身動ぎをしたかごめの髪がさらりと彼女の顔を隠した。

その髪を掻き上げようとして気付く。右手がその小さな手に包まれていたのだ。

夢に出てきた手はこいつのだったのか、と合点がいき、つい笑みが顔に滲む。




隣に居たい、と握られたこの手に俺は救われ、

独りなのだ、と水底に漂う俺の手を握ってくれたことに救われ、


俺はこいつの手に、まさに現実でも夢でも、いつでも助けられている。


「…かごめ」


口に心地よい名を呟く。


「……っん」


小さく頷かれるが、夢の中のことだろう。規則正しい寝息が聴こえる。


「……好き、だ」


滅多に言わない言葉。きっと言ったら喜ぶのだろうが、そこは俺だから仕方ないと割り切ってもらうしかない。


握られている手を、今度は俺が握り返す。

二人きりの小屋の中は心地よい静けさに包まれている。


きっと目を閉じたら、

次に見る夢は独りきりではないはず。



朝陽が差し込むまで、

あともう少し。













かなはるさま、3000枚目、ありがとうございます!


犬夜叉とかごめちゃんの絡みが少ないですが大丈夫ですか…?(--`;)


ごぽぽ、という泡は「真実の詩」の最後の方のイメージです!


かなはるさま、リクエストありがとうございました!m(__)m

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