捧物
☆雨粒と夕陽
寝てた、と分かったのは目を閉じてたことに気付いたから。
気付いた理由は、顔に何かが当たったから。
ポツ、と。
「うそっ、やだ!」
雨だ。さっきまであんなに良い天気だったのにいつの間にか雨雲が立ち込めている。
大分乾いた身体を再び濡らすわけにはいかない、と慌てて岩穴の奥へと身を隠す。ひんやりとした岩に背を預け、未だに痛みがひかない足首を見れば。
「うわー……」
それは真っ赤に腫れ上がっていた。恐る恐る指先で突つけば、鈍い痛みが足から全身に回る。
「あちゃー…どうしよう…」
雨は本降り、足は使用不能。これではますます帰れなくなってしまった。
「止むのを待つしかないわねー…」
さすがに一人ぼっちは寂しいからポツポツと独り言を紡ぐ。
そこまで奥深くはない岩穴でも自分の声がやけに響く。それに加えて雨音も反響するものだから余計寂しい。
「歌でも歌っていようかしら」
フンフンと鼻を鳴らしたその時だった。
「!」
岩穴の外で、微かだけど、雨音とは違う音がした。
背を預けていた岩の後ろに素早く身を回す。今更恐怖がジワジワと押し寄せてきた。妖怪だったら丸腰で敵うはずがない。しかも私は歩けない。
心臓が、破裂しそうなくらい脈を撃ち始めた。
ギュッと息を詰めていると、不意に岩穴の入り口付近でビシャリと水が跳ねる音、次いでそれがこちらに向かってくる音。
───……犬夜叉ッ!
もうダメかもしれない、と身を縮めた瞬間。
「……何やってんだよ」
その声に振り返れば。
「バカやろーが」
頭から足の先までずぶ濡れで、鬱陶しそうに顔に張り付いた髪の毛を払う犬夜叉が居た。
「い……ぬや、しゃあ…」
ズルズルと一気に力が抜けた。そんな私とは対称に彼は不機嫌を通り越して怒っているようだけど、後に受ける説教より今は安堵がそれに勝っていた。
ほう、と緊張した空気を吐き出しながら彼の顔を見つめていると、キッと見据えられる。ああ、くるな、と思った。
「あのな、気ィ抜かしてるところ悪ぃがとりあえず言わせてもらうぞ」
スゥ、と息を吸った犬夜叉に苦笑いで応じる。
「危ねえことすンなッ!川に入るなッ!雨の日に俺が知らねえ所に行くなッ!無駄な心配かけさせんじゃねえッ!!」
ワンわんワン……、と狭い岩穴に彼の怒鳴り声が響いて、そして私の胸にも余韻を残して消えた。
「…えっと……」
「返事はどーした」
「…ごめんなさい」
「よし」
まだ怒っているだろうか、とおずおず彼を見れば、なんと衣を脱いでいて。
「いいい犬夜叉っ!?」
「あ?」
「なっ…え、どうして脱いで……」
動揺している間に、襦袢姿になった彼に強く抱き締められた。
「…脱がなきゃお前が濡れちまうだろうが」
緋色の衣のおかげか、彼の襦袢は確かに全く濡れていなかった。発熱してるんじゃないかと思うほど彼の腕の中は暖かかくて。温もりを求めて彼の首筋に頬を押し付ける。
「……心配した?」
「ったりめーだろ」
即答なのに、その声はどこかか細くて。私はそこで初めて彼にものすごい心配を掛けてしまったことを理解した。
「…ごめんね、犬夜叉」
「全くだぜ…」
頭に頬を寄せられて、濡れた彼の銀色の髪が鼻先を掠めた。
「寒くないの、…?」
「俺はな。…寧ろお前にそう聞きてえよ」
「私は大丈夫っ」
顔をあげて彼の顔を下から見上げると、眉を寄せて、目を細めていた。
「……無事で良かった」
「え?」
「怪我も大したことじゃなさそうだしな」
「…え?」
「帰るぞ」
ふい、と私から顔を逸らして立ち上がった彼に目をぱちくりとする。
優しい。いや、優しすぎる…?なんだか調子が狂ってしまう。
「……なんでい」
そんな私に気付いたのか、犬夜叉はムッとしたような口調で問いかけてきた。
「なんか…犬夜叉優しい」
「はあっ!?」
案の定すっとんきょうな声をあげられた。でもその頬が赤いように見えるのは見間違いではないだろう。
「…俺はいつも優しいだろが」
「…」
「……」
続く沈黙。折れたのは犬夜叉だった。
「…不安になったんでい、……悪いか」
その言葉を聞いて、分かった。会えなかった三年が未だに彼の心に残ってるんだろうな、と。
七宝ちゃんの話だと彼はずっと私を想っていてくれていたみたいで。
バカね、と内心で少しだけ微笑う。
もうあなたの傍から離れたりしないのに。
もうあなたが私の全てなのに。
でも、私だって犬夜叉が突然私の知らない何処かに行ってしまったら不安だし、怖い。
「ありがと」
「……」
「………ねえ、」
「あ?」
「好きだよ」
いつの間にか雨は上がっていて。岩穴の入り口を背にして立っている犬夜叉に笑いかけた時、逆光で彼の顔はよく見えなかったけれど。
「…知ってる」
彼はそう言ってフと頬を綻ばせたような気がした。
それを確認する前に、私の視界は真っ暗になってしまって。ただ感じたのは、瞼の奥に日の光が映ったことと、唇に感じた柔らかな熱だった。
それがそっと離れたのと同時に、私の膝の裏に彼の腕が入った。
「帰って楓ばばあのところに行くぞ」
その足何とかしてもらわなきゃなと私の身体を自分の背まで持ち上げながら、そう言う犬夜叉に身を委ねる。
その広い背中は温かくて、温かくて。
彼の首に腕を回しながら頬をまだ湿っている銀色の髪に埋める。雨のにおいに混じって、彼の優しい匂いがした。
――
「そういえば、どうして私の居場所が分かったの?」
「あー…仕事帰りにな、森の出口近くでガキが泣いててよ」
「ガキ…って小さな男の子?」
「おう。で、そいつからお前の匂いがして…」
「うん」
「ガキが『みこさまおちたー』なんて抜かしやがるから匂いを辿っただけだ」
「落ちたって…」
「おめえはおめえで川なんかに落ちやがるし、雨は降るし、…散々な1日だったぜ」
はあ、と盛大に溜め息を吐く犬夜叉にもう一度だけお詫びをし、首に回した腕に力を込める。
「でも私ね、そんなに不安じゃなかったの」
「はあ?」
「犬夜叉が来てくれるって信じてたもの」
嬉しい、と顔を見られないのをいいことに素直に気持ちを伝えてみる。
「岩に隠れて震えてた癖によく言うぜ」
「そっ、それはそれよ…」
ズバリと痛いところを突かれて口籠ると、彼の肩が愉快そうに揺れた。
その振動に心地好さを感じて、私はもう一度彼の背に頬を寄せる。
「かごめ、上見てみろ」
唐突に足を止めた彼が空を仰ぐ気配がして私もそれにならうと。
「わ、ぁー……」
そこには綺麗な夕焼けの中に、淡い橙の夕陽が佇んでいた。棚引く雲の隙間から垣間見える星は明日もよい天気だという暗示。
「ねえ、明日も晴れるかしら」
「さあな、晴れんじゃねーか?」
「…だといいな」
「晴れてもあんま危険なことすんなよ」
明日も俺は仕事だからな、とぼやく犬夜叉に笑みが溢れた。
「はーい」
「…本当に分かってんのかよ」
「うんっ」
ふと下を見れば、ひとつになった黒い影が湿った土の上を歩いていて。背の低い芝生は雨粒に夕陽を反射させていて。
それはいつもより少し暖かな雨上がりの夕方のこと。
了
ロニィさまへ
この度は企画への参加、またリクエストありがとうございました!
おんぶをする前に甘いのが入ってしまいましたが、いかがだったでしょうか(..*
リクエストを拝見した時点で、私自身がおんぶに興奮してしまいまして…(´Д`*笑
物語にしがいのあるリクエストでとてもウキウキと書かせて頂きました!
表現を素敵と言われまして…非常に嬉しいです!\(^O^)/
もし浮かぶ情景が同じだったら、と思い描いて、またウキウキしている次第です笑
それではロニィさまにとってよい年になりますように!!
ありがとうございました!!
(⌒v⌒*)
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