捧物
☆ねがいごと
紗叉さま
企画☆捧げ物
夫婦犬かご
まだ外は暗い。当然だ、日付が変わったばかりなのだから。
「犬夜叉、行こうっ」
妙にワクワクとした眼差しを俺に向けるかごめ。そんな姿にこぼれそうな笑みを堪え、代わりに白い息をたゆたわせる。
新年が明けたばかりのこの時間に、俺らは二人、近くの神社へと向かった。
『ねがいごと』
「おい、転ぶなよ」
「分かってるわよー!もう、子供扱いして…」
別に子供扱いをしているわけではないが、隣でフラフラとされたらこちらだって落ち着かない。
昨日は少し暖かかったため道の雪は殆どない。が、溶けた雪が夜の冷気のため氷となってしまったのだ。草履などでは絶対に歩きにくい。
「背中に乗るか?」
「いいの!自分で歩くんだ…かっ……きゃっ!」
「おいっ」
足を滑らしたかごめの腕を咄嗟に掴む。そのまま引っ張ると簡単に俺の胸に倒れ込んできた。
「ほら見ろ、言わんこっちゃねえ」
「……だって」
「ったく」
ひょいとかごめの身体を持ち上げて横抱きにする。しょんぼりとしている彼女を覗き込めば、弁解するように見上げられた。
「新年早々犬夜叉にお世話になりたくないし……」
「それがこのお世話ってか?」
「うん…」
お前ってヤツはホントに…。
俺は全然そんな風に思ってなどいないし、寧ろ頼ってくれた方が嬉しい。俺の胸に頭を傾ける彼女が温かくて。実は役得だなんて考えてる自分に少しだけ微笑った。
「こんなもん、お世話のうちに入らねえよ」
「本当に?」
「ああ」
「ありがと、犬夜叉」
「…おう」
ようやく微笑ってくれた。それに安堵しながら前方に見え始めた神社に続く階段を見上げる。するとくい、と衣を引かれた。
「こっからは歩くわ」
よいしょ、と俺の腕から降りるかごめに呆れる。
「また転ぶぞ」
「まだ転んでないわよ!その代わりにねー…手、繋ごう、犬夜叉」
「て…」
「うんっ、手!」
そう言って差し伸ばされた手に自分の手を重ねる。彼女の手はいつも以上に冷たくなっていて。少しでも温かくなれば良い、と握る手に力を込めた。
「犬夜叉の手、あったかいね」
「お前が冷たすぎんだよ」
「そうかなあ?…あ、滑ったときはよろしくね!」
「手、離せばいいのか?」
「違うわよ!もう〜…」
そんなやりとりに心が暖まる。かごめと居るといつもそうだ。ほんのりと伝わってくるこの穏やかな感情は彼女特有の雰囲気のせいなのだろうか。
──よく3年も我慢できたよな…
今じゃ片時だって離れたくない。この手を離したくない。ほぼ依存気味な俺にお前は気付いていないだろうけど。
ふと、
そう思っているのは俺だけなのだろうか、なんて。
本当にふと、そのくらいの軽さで自分の中に現れた疑問に足が止まった。
「犬夜叉、着いたよ?」
目の前で無邪気に笑いかけてくる少女に、俺は戸惑いがちに笑い返した。
――
さすがにこの時間帯では誰もいない。いつもは不気味な古びた神社も、夜の静けさの中で清らかに感じるのはやはり年が明けたという意識のせいか。
「お賽銭ないけど…いいかな」
「別にいいんじゃねえか」
元々神様仏様の類いは信じる口ではないし、そんなおかしな風習を理解するつもりもない。が、ここでそんなことを言えば彼女が不機嫌になるのは目に見えている。
「今度何かお供え物持ってこようかな」
「わざわざか?」
「なんかタダでお願いするの気が引けるじゃない」
やはりよく分からない。それに曖昧に相槌を打ちつつかごめの隣りに寄る。
「じゃあ鈴を鳴らして、と」
ジャラン…ジャラン…
鈍い鈴の音が辺りに木霊す。ふと斜め下に視線をやれば、両手を合わせ、何やら真剣な顔をしてお祈りをしているかごめが居た。
伏せられた長い睫毛が彼女の白い肌に映える。
そんな姿に意識を奪われていると突然パチリと開かれた彼女の目が俺を捉えた。
「犬夜叉はお祈りしないの?」
「お祈りっつったって…」
「折角だからやっていったら?」
ね、と言われて見よう見まねで手を合わせてみる。
お祈り、と言われても。
今は特に何も願うこともない。チラリとかごめを見ればまだ何かを祈っている。
再び出逢えて、約一年。ずっと待っていた愛しい存在。井戸からかごめの手を引いたとき、もう離さないと誓った。
お前も、そう思ってくれているのだろうか。
──だあぁっ!…くそ……っ…
悪い方向ばかりに向く思考を払うように頭を振った。新年早々なんで後ろ向きになってんだ俺は。
かごめから目を離し、目の前の賽銭箱を眺める。
すぐ横にいる大切な人を想いながら、俺は目を閉じた。
…願わくば、
このままずっと─────
「……帰ろっか」
ようやくかごめのお祈りが終わったらしい。隣から声を掛けられて目を開ける。
「なんだかすごく難しい顔してたけど」
クスクスと笑いながら俺に尋ねるかごめの頭をくしゃりと撫でた。
「お前はえらく長い願掛けだったな」
「やっぱそうかな?」
「あんまし欲張ってっとバチが当たるぜ」
「よ、欲張ってなんかいないわよっ」
意地悪、とブツブツ文句を言いながら、彼女はごく自然に俺の腕に自分のを絡めてくる。
そんな日常のことが、何故か今は無性に、愛しくなる。
かごめの手が俺に触れて、その細い指を腕と同様に強く自分のと絡めた。
彼女がこちらを見上げてきた気配がしたが気付かないフリをする。しばらく経つと、嬉しそうに前を向いた彼女が視界の端に映った。
何故だか、切ない。
よく分からない焦燥感のようなものがジワジワと胸中を占めていくのが分かった。
まだ暗い空に一瞥をくれる。
おかしな俺を気遣ってくれているのだろうか。かごめはただ何も言わず、俺の手を握り返してくれて。
俺たちは来た道を無言で歩いて帰った。
前編了
→後編
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