捧物
☆巡り廻る
CaptainOさま
企画☆捧げ物
夫婦犬かご
「じゃあ後のことはお願いします!」
「ああ、楽しんでおいでよ」
「うん、ありがとう」
珊瑚ちゃんと弥勒さまにお礼を言ってから、私は前に佇む夫の元へと向かった。
「気を付けて行ってきてください」
「弥勒さまもありがとう!」
「じゃあ行ってくらあ」
私は犬夜叉の背に身を預け後ろに向かって手を振る。たった数日間。私と犬夜叉は所謂「新婚旅行」に出掛ける。
春の柔らかな暖かさが、私たちを歓迎してくれているみたいで。これから始まる二人だけの旅に胸を踊らせるのだった。
『巡り廻る』
村から出て、犬夜叉は軽く走り出した。私は彼の背中の上で少しだけ揺れる。気持ちのよい風が後ろへ流れていくのが分かった。
「で?お前は何処に行きたいんだ?」
「地念児さんの所!」
「はあっ!?」
ピタリと頬を撫でていた風が止んで、慣性の法則により私は彼の背に鼻をぶつけた。ついでに三年前より少しだけ伸びた髪の毛が乱れる。
「何でそんなに驚くのよ」
鼻を擦りながら顔の見えない夫に不満をぶつける。しばし黙っていた彼は、沈黙を守りながら歩き出した。
「犬夜叉ー」
「……仕事か?」
「え?」
「仕事のために行くのかって聞いてんだよ…」
いつもよりちょっと低い声音。長い間一緒に居れば解る。これは拗ねてる時のサイン。
「違うわよ、行きたいのは純粋にそこに思い出があるからなの」
ついでに薬草について教えてもらおうと思っていた、というのは伏せておこう。
「思い出?」
「そう。思い出」
「どんな」
犬夜叉は再び走り出す。機嫌を戻してくれたみたいで良かった。私は笑いを堪えながらそんな彼の首に腕を絡めて白い耳に口を寄せる。
「それは秘密っ」
「どわっ…止めろ!」
恐らく顔を赤くしているであろう私の旦那様。つい緩む頬を彼の銀色の長い髪に埋めた。
ああ、幸せだなあ、なんて在り来たりな言葉が胸の中に浮かぶ。そんなことを思っていると、ふと彼の足が止まった。
「……かごめ、」
「なあに?」
「あの…よ、……歩かねえか」
「へ?」
「隣り……歩いてくれよ」
ゴニョゴニョと口籠りながら呟く犬夜叉。全くこの人は、と肩越しから様子を窺う。勇ましく果敢に相手に立ち向かう戦闘時からは到底想像出来ない姿。
「うんっ」
ぴょんと広い背から降りて、彼の顔を見上げれば。
「顔、赤いわよ」
「なっ、なわけあるか!」
「はいはい」
想像通りの反応。彼の動揺を軽く流して歩いていると、彼の手が私の手に触れた。あら、と思っているうちに感じたのは彼の手の温もり。
チラリと横顔を盗み見れば照れながらもちょっと嬉しそうな顔。そんな些細なことに喜びを感じながら、私は彼の手をそっと握り返した。
「ねえ、犬夜叉」
「あ?」
「私と居て楽しい?」
「はあ?何だそりゃ」
「いいから!楽しい?」
「楽しいっつーか…なんか、こう……」
言葉を探すように空を仰ぐ犬夜叉。つられて私も見上げれば抜けるような青い空。穏やかな春の昼下がりの象徴のように伸びやかに佇む景色。
「…キレイ」
思わず感嘆の声を上げると不意に顔に影が射した。突然のことに瞬きをすると、額に柔らかくて熱い感触。
「っえ!?」
それが何か理解して、驚きの声を上げると同時に、くい、と前に手が引かれた。
「まあ、こんな感じだな」
さも愉快そうな声で犬夜叉は私の前を歩く。
「……答えになってないじゃない」
聴こえてる筈なのに犬夜叉は無視を決め込んだみたいだ。
性格が子供だった犬夜叉にもドキドキしていたけれど、最近では垣間見える大人の余裕みたいなものにドキドキさせられる。
――私だけドキドキしてるのかなあ…
私はがっしりした背中を眺めながらふとそんなことを思った。
――
「地念児さーん!」
手を振りながら駆け寄っていけば、大きな身体をゆっくりと回転させてこちらを振り向く。
「あ、…お、お久しぶりです…」
「うんっ!お久しぶり!」
笑いかければ、きょときょとと目を泳がす。内気な性格は変わっていないけれど、時々村の人と話している様子が窺えた。
「おお、あの時の娘か」
「おばあちゃん!良かった、元気みたいで!」
三年前と変わらない姿。昔に戻ったみたいでなんだか気持ちもウキウキする。
「おう、ばばあ。相変わらず山姥みてーな面だな」
「…おめえも相変わらずみたいだな」
後から来た犬夜叉がおばあちゃんと話をしている間、私は地念児さんと二人で畑を回ることにした。
たまに村の人と会って、二言くらい交わしてまた歩く。
「あの…あんた、あの着物はどうしただか」
「ああ、制服ね!…うーん話すと長くなっちゃうなあ…」
「そうですか……その姿も、…似合ってるだ」
「ふふっ、ありがとう!…あ、この薬草は確か毒消しよね」
「はい、それでこっちが…」
「くぉら、かごめ」
ズイ、といきなり地念児さんと私の間に入ってきたのは犬夜叉だった。しまった、つい癖で草を見分けていた。
「ご、ごめんごめん!いつもの癖でつい…」
「ったく……」
「お前たち、今日は何しに来たんだ?」
おばあちゃんが後ろから声を掛けてきたので、ここぞとばかりにそちらの方へ逃げる。
「また薬草が必要なら持って行って構わんぞ」
「いいえ、今日は……」
新婚旅行に、という言葉が言えずつい口籠ってしまう。意外にこの単語を出すのは恥ずかしい。どうしようと言い澱んでいると、不意につ、とおばあちゃんが寄ってきた。
「あやつは…犬夜叉、とか言ったかの」
「えっ?あ、はい!」
「今はまだ旅中なのか」
「あ…旅は旅ですけど、今回は二人なんです」
「ほぉ」
「えっと、私たち…その、夫婦になって……」
「そうだったか…、幸せにな」
「はい!」
いつもは厳格なおばあちゃんの顔がふと緩んだのに気付いた。昔の――自分の旦那さんとのことを思い出してるのかな。
「今晩はこの村に泊まってけ。空いてる小屋がいくつもある」
「わ!じゃあお言葉に甘えて!」
ひとしきりおばあちゃんと話してから犬夜叉を振り返れば。
何やら眉間にシワを寄せて地念児さんに話しかけている犬夜叉と。
そんな犬夜叉を怖がっているように身を縮めている地念児さんの姿。
――なんだか犬夜叉がイジメてるみたい…
思わず吹き出しながら、これからのことを伝えるべく、私は彼の元へ向かったのだった。
前編了
→後編
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