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捧物
☆想い逢わせ


ゆいさま

企画☆捧げ物

切甘犬かご























ただの喧嘩だ。他愛ない、しかもほんの些細で下らないようないつもの喧嘩。

それがまずかった。もっと周りに気を配っていれば良かった。

大切なものは、大切なことは、いつだって失ってから気付く。


『想い逢わせ』


喧嘩の理由は忘れた。ただ、かごめが森の方に消えてから急に押し寄せてきたのは噎せ返るような憎い妖気―――奈落の妖気。

気付けば既に走り出していた。かごめの匂いを追いながら、ただ無事でいろとひたすら願う。辿り着いたのは森が開けた野原。辺りを見回す。一本だけ立っている大樹の下にかごめが倒れていた。


「かごめッ!!」


抱き起こした瞬間にムッとした甘ったるい臭いがした。思わず袖で鼻を覆う。


「かごめ……」


血の匂いも、傷の気もない。そのことに安堵しながらも奈落は何処かと周囲に視線を走らせる。


「フン、意外と早かったな、犬夜叉」


「奈落…ッ!!」


降ってきた声に顔をあげた。忌々しい結界の中でいつものような余裕な笑みを浮かべているヤツがそこに居た。

鉄砕牙の柄に手を掛けたその時、俺の手にそっと冷たい手が重なった。


「かご…………ッ!?」


その手を見て、身の毛立った。かごめの白い手にビッシリと何かの呪文らしきものが書かれていて、真っ黒になっていたのだ。


「てめえかごめに何しやがったッ!!」


「フ、貴様の身をもってそれを知るといい……せいぜい楽しませてくれよ、犬夜叉」


ズ、と結界が見る間に小さくなって消えてしまった。後を追ってぶっ倒したいのは山々だが、それよりかごめが先決だ。彼女の手を取って呪を消そうと袖で擦る。


「…チッ……やっぱりダメか」


消えるどころかますます黒々と浮かび上がるそれ。しかしそれ以外にかごめに変わったところはない。これは一体何なのだろうか。


「おい、かごめ」


目を覗き込むといつもは茶がかっている瞳が黒くくすんでいる。全く生気を感じられないその色に心がザワついた。


「かごめ!」


肩を揺さぶってもまるで反応がない。焦燥感に駆られながらも頭は冷静に思考を続ける。


――呪の類いなら弥勒の野郎が詳しい。何らかの妖怪の仕業なら珊瑚が処置してくれるはずだ


「かごめ、行くぞ」


そう言いながら強引に抱えようとしたその時だった。


ヂッ


「ッ!」


頬を鋭い何かが掠った。一拍遅れて感じる痛み。目の前の彼女は無表情で驚いている俺の顔を見つめている。


「……」


彼女の爪に赤いものが付着しているのに気付いて、顔を顰める。操られて、いるのか。


「今更気付いたか、犬夜叉……フッ、昔の悪夢を思い出させてやろう」


高みの見物か。堪らず姿が見えない奈落に咆哮する。


「ざけんな!!とっととかごめを戻しやがれ…ッ!」


「それはかごめ次第だな……殺れかごめ」


「!」


咄嗟に後ろに跳ぶ。カランと上から落ちてきたのは弓と数本の矢。飛び道具、しかもかごめにとっては一番使い慣れている商売道具。

それを使われると戦いづらいどころの話じゃなくなる。当たればただじゃ済まないことは今までの戦闘を見ていれば想像に難くない。


――……どうする…ッ


キリリ、という音に思考を止めた。見ればかごめが凛とした姿で弓を構えている。そんな彼女の前で動きを止めるなど愚の骨頂。今まで居た場所から右に身体を動かす。


ゴォッ


はためいた衣に矢が掠った。それだけでも襦袢まで破けて、空に切れ端が浮くのが横目で見えた。


「かごめ!目を…覚ませッ!!」


息をつく間もなく飛んでくる矢を辛うじて躱してはかごめに呼び掛ける。応じられなどしないが、それしか今は出来ないのだ。


「う、…ッ」


背に堅い感触。次いで足を何かに取られた。かごめの矢を避けるのに気を取られていて、大樹が後ろにそびえ立っているのを忘れていた。














ザッと血が逆流する感覚に陥る。













この状況、嫌でも思い出されるのは50年前のこと。封印されて、ずっと眠っていた。もう誰も信用するものか、と思い残したまま。























目を醒ましたときに近くに居たのは胸くそ悪い少女で。鬱陶しくて邪魔臭くて。でもいつしか変わっていた。度胸があって、心が強くて、気付けば傍に居てくれて。

こんな俺の傍に、と思う場面はいくつもあった。生きていれさえいればいい、と強引に別れようとした時もあった。


でももうそれは無理だ。

いつか彼女が俺の傍から離れようとしたら、耐えられずに俺はその手を掴むのだろう。


傷付けたくない。

失いたくない。


なのに実際はどうだ。喧嘩の理由は何だった?怒らせたのは誰だ?一人にさせちまったバカ野郎は誰だった?

全て俺じゃねえか。

優しくすることすら出来ない癖に傷付けちまうのだけは一丁前で。


きっと、とんでもなくおこがましくて、今更過ぎるのだろうけど。






大切なんだ。
お前が思っているよりもずっと。




大事なんだ。
自分で思っていたよりもずっと。







俺は自分でも気付かないほど、きっと誰よりも、何よりもその少女に、惹かれていたのだ。








そして今、俺を見据えているのは紛れもなくその少女で。俺に焦点を定めようと震える矢の切っ先は既に俺の心を抉っている。

ギュッと口の端を引き上げてかごめを見る。


「…………し、ゃ……」


「!」


微かに彼女の口元が動いた。


「…………め……ん…ね」


つ、とかごめの口の端から輪郭をなぞるように赤黒いものが流れる。彼女の血の匂いが、した。


「おま…っ」


「…ご、……め…」


途端に矢の先が尋常じゃないほどに震え出す。その瞬間、凄まじい音を立てて弓が真っ二つに割れた。


「かごめ!!」


崩れ落ちていく身体をすんでのところで抱きすくめる。ぐったりと目を閉じている彼女の顔は真っ白で。


「……呪に屈しない、か…。フン、やはりその女厄介だ」


それだけを言い捨てると、奈落の妖気は消えていった。追うよりもかごめの状態の方が深刻な問題だ。


相変わらず手は呪のせいで黒いし、火傷のように赤くなってきている。頬にも弓が折れたときに出来たであろう傷がついている。彼女が唇を噛んで流れたであろう血を衣の裾で拭ってやる。


そして彼女を横抱きにして森を駆けた。胸に感じる冷たいかごめが今にも消えてしまいそうで、抱く腕の力を強めた。


――


「この呪は厄介です…」


いつになく険しい顔の弥勒に言葉も出なかった。解けねえのか。かごめはもう元には戻らねえのか。


「かごめさまの治療のために結界を張りますから、小屋の外に出てください」


呆然と立ち尽くす俺を珊瑚が強引に引っ張っているのが分かった。バチリと軽く頬を叩かれて、ボンヤリと前を向く。


「腑抜けた面するな、犬夜叉。とりあえずお前は珊瑚に手当てしてもらえ」


彼女を死なせやしない、と弥勒は俺の背を押した。行こう、と珊瑚の声が聞こえてその声の力強さに導かれるように外へ出た。


「あんたも傷だらけだよ」


苦笑しながら珊瑚が俺の左腕をとる。ズキリと痛みが走ってそちらに目をやると、腕が赤黒く火傷のようになっていた。


「当たらなくて良かったと思うよ……でもひどい火傷だ。痛みはあるかい?」


「……まあ」


「なら神経までいってない。大丈夫だよ、犬夜叉ならすぐ治る」


とりあえず冷やそう、と水に浸した布を宛てられる。あらかじめ用意していたのだろうか。しばらくそれを繰り返される。


「直に七宝と雲母が楓さまを連れてくるから」


かごめちゃんは大丈夫だ、とまるで自分自身に言い聞かせるようにそれを繰り返す珊瑚。


そんな姿を見ながら結界で囲まれた小屋に目を向ける。かごめに、会いたい。



程なくして七宝たちが楓を連れてきて、楓だけ結界の中へと消えた。日はもうとっくに沈んでいる。かごめの忍者食を七宝と珊瑚は少しもらって眠りに就いた。


弥勒と楓はまだ出てこない。消えかけている火に木をくべながら、俺はただずっと起きていた。




小さな焚火の中で燃やしている木がたまに小さく爆ぜる。そんな音がやけに耳に響き、胸をザワつかせた夜だった。















前編了

→後編

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あきゅろす。
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