捧物
触れてヤキモチ
ちのさま/27000枚目
いつものことだけど。
もう少し大人になってくれないかなあ、とか。
もう少し素直になってくれたらなあ、とか。
私は不機嫌を隠そうともしない緋色の後ろ姿を眺めて、ひとつ、溜め息を吐いた。
『触れてヤキモチ』
鋼牙くんが去った後はいつもそう。一気に機嫌が悪くなって、指摘すると怒鳴って否定して、ひとりでむくれて、ひとりで拗ねてる。
「……かごめちゃん、全部声に出てるよ」
「え、うそ!」
「まあ、可愛い嫉妬だと私たちが理解っているから耐えられますが…」
「毎度毎度こうじゃとのう…」
ここは今日の宿であるこの村の名主の家の座敷。みんなで夕餉の後、くつろぎながらある一点に目を向ける。
その一点とは暗闇に映える緋衣の男。
「ちょっと肩抱かれたくらいであんなになっちまうなんてさ」
「言うな珊瑚。そういうお年頃なのだ」
「しかし、そろそろ慣れてもらわねばこっちが疲れるわい」
みんなで誰かさんに向けて聞こえよがしに会話をする。私は苦笑しながらもう一度彼の背中を見た。
…怒ってる。絶対怒ってる。私は何度目かの溜め息を落として仲間を振り返った。
もう言葉にしなくても伝わる。みんな困ったような、励ましのような笑みを浮かべながらそれぞれその場から退散した。
広い座敷に残ったのは、私と彼―――犬夜叉だけ。
何も言わず、彼の横へと歩を進める。静かな空間に軋む畳の音がやけに大きい。
先ほどから小刻みに動いている彼の白い耳。私が来ているのを知った上で無視してるみたい。
もう、と口の中でぼやきながら縁側に腰掛ける彼の横に座った。ピクリと反応した肩は少し強張っているように見えた。
流れるのは、清らかな静寂。庭にある池の水の音とか、芝生の奥から聴こえてくる鈴虫の声とか。心が洗われるような錯覚を覚えてしばらく言葉を発せなかった。
見上げれば満月に近い形の月が煌々と青白く輝いていて、思わず言葉が溢れる。
「……きれい…」
感嘆の言葉と共に白い息が空に浮かんだ。
その時冷たい秋風が吹き込んできて、座敷を照らしていた仄かな灯りをフッと消した。そのお陰で控えめだった月光が夜闇に映える。
「…………そうか…?」
景色にうっとりしていると、隣で低い呟き声が聞こえた。まさか返事が返ってくるなんて思っていなくて、つい犬夜叉の顔を見上げる。
「……うん、…」
そして私は再び言葉を失った。青白い光に銀の髪の毛がサラサラと反射していて。黄金色の瞳は深い色になっていて。そんな彼の横顔があまりにも美しくて。
「…………んだよ」
私の視線に気付いたのか、横を向いたまま鬱陶しそうに眉間にシワを寄せる彼。私の好きな甘い色の瞳はさっきから一度も合わない。
それが、急に、切なくなった。
「……ううん、なんでもない」
「なら座敷ン中に戻ってろ……風邪引くぞ」
「……ん」
拒絶されている気がして、静かにその場に立つ。犬夜叉に背を向けると細く、冷たい風が横を通り過ぎていった。つられるように彼を振り返ると、見えた。
彼から伸びる細くて長い白い息が空気の中をたゆたって消えたのが。
――あんただって、風邪ひいちゃうわよ
大人しく中に入るのは止めた。私はもう一度犬夜叉の傍まで戻って、今度は彼の背に背を預けて座った。
「……!」
予想外だったのだろうか。彼の大きな背中から動揺の震動が直接伝わってきた。可笑しさをこらえながら、彼の温もりを感じる。
「…………あったかいね」
「……そうか」
「………ねえ、」
「…あ?」
ぎこちなくはあるけども、いつものような雰囲気に戻りつつあるのを感じた。だから、ちょっと茶化しがてらに言葉を繋ぐ。
「ヤキモチやいてくれたの?」
「な…っ!!」
「嫉妬してくれたの?」
「ち、…違えよ!…誰がお前なんかに…っ!!」
「やっぱりそうよねー」
「へっ…?」
うん、今のはちょっと自惚れ発言だったかも。少しの期待を込めてみた言葉をばっさり否定されて、私は苦笑した。
「鋼牙くんが嫌いなのは分かるけど…毎回刀振り回さないでよ」
「……は」
「危ないでしょ?それに鋼牙くんはあんたに危害加えてないわけだし」
あと他には何かなかったかなと空を仰いだ瞬間。
「……っだあぁぁあ!!」
勢い良く立ち上がった彼。突然背を支えていたものが消えたため、私はあっさり重力に負けてその場に仰向けに倒れた。
あ、頭打った。と思う前に、この立派な屋敷の梁の裏とそれに影を作る青白い月に目を奪われて。
しばらく呆然としていると不意に視界が暗くなった。その突然の景色の切り替えに瞬きを三回して目を慣らす。
そこには、今日やっと見れた彼の甘い色の瞳。……ちょっと近い気もするけれど。
「嫉妬だ、ヤキモチだぁ!?んな生温ィもんじゃねえんだよッ!!」
あれ、気のせいかな?犬夜叉の顔が赤い気がするけれど……陰っているせいでよく分からない。
「あンな野郎に笑うな、触られるな、優しくするな!……気に喰わねえッ!!」
矢継ぎ早にまくし立てられて私は目を白黒させる。……それにしても、近い。息継ぎに短く吐いた彼の吐息に熱を感じて、ドキッとする。
「っつーかなあ、おめえが痩せ狼に甘ェ顔ばっかしてっからアイツが調子に乗るんでい!」
「あ、……あの、犬夜叉?」
「んだよ!……何か文句でもあっか!」
噛み付くような視線と口調。今にも彼の瞳に引き込まれそう。真剣な表情にドキドキする心臓を抑えつつ、彼の言葉を聞きながら思ったことを口にする。
「えーと……その、嬉しい、よ?」
「……は?」
あんたは私のこと、どう思っているか普段なかなか言ってくれないから。
「なんか、ありがと」
すごく嬉しい。
真上の彼に笑って見せた。再び訪れた沈黙。とりあえずこんな至近距離だと心臓がもたなさそう。
とにかく起き上がろうとすると、顔の横でミシリと床板が鳴った。彼が手を、私の顔の横に置いたらしい。
「…………」
恐る恐る見上げれば、唇を真一文字に結んで悩ましげな顔をする犬夜叉が居た。
スッと近付いてきた顔に思わず目を瞑る。すると一瞬間が空いて風が起こった。そして何故か私は奇妙な浮遊感の中にいた。
「え……」
いつの間にか私は犬夜叉に横抱きにされていた。揺るがない腕は頼りになるし、信用もしているけど。
「ちょっ……降ろしてよ!…ねえ、どうしたの!」
着いた先は私が寝る予定だった座敷。名主さまが気を遣ってくれたのだろう。すでに布団は敷いてあった。そして、私はそこにゆっくり降ろされる。
「い………犬夜叉?」
「……とっとと寝ちまえ」
彼がボソリと呟いて、私に背を向ける瞬間、月光に照らされた赤い頬が見えた。私もさっきまでは人のことを言えなかっただろうけど。彼のそんな顔が珍しくて、つい口にしてしまう。
「…犬夜叉、顔赤いよ…?」
「っ…!」
犬夜叉は一瞬固まって、今度はわざとらしい程大きな溜め息を吐いた。
「…あのなあ………」
「なあに?」
「……もういい、なんでもねえ」
彼はチロッと横目で私を見て、もう一度溜め息を吐く。何よ、幸せ逃げるわよ。
「言っとくがな、俺は謝らねえからな」
「え?」
ツカツカとこちらに歩み寄り、布団の上でポカンとしている私の前に立ちはだかって呆れたように目を細める犬夜叉。
「ねえ、なんのこと?」
「……こーゆーことだ」
突然身体中に感じる圧迫感。え、なになに!なんて思っていると細い絹糸のような一筋の銀の髪が頬に触れて、現状を理解する。
「い、いぬや…っ!?」
「…あんまり騒ぐと弥勒たちに気付かれっぞ」
「!」
再び暴れ出す私の心臓。飛んだり跳ねたり、きっとアクロバティックな動きもしている。
次いで感じるのは熱。顔の輪郭が分かるほどに火照っていてどうしようもない。唯一の救いはこの体勢じゃ顔は見られないこと。
「おめえも大概鈍いよな」
ククッと楽しげに喉を鳴らす音が意外にも耳から近くて肩がすくんだ。
「…………犬夜叉」
「悪いが、しばらく離す気はねえからな」
「な、なん……」
ゆっくりと背中を撫で上げる彼の手に身体が強張る。徐々に強くなっていく腕の力を感じながら、私は抵抗するのを諦めた。照れているのがバレたくなくて。口をつく言葉は少し剣呑になる。
「もう……一体何だっていうのよ」
「…………別に」
ピタッと彼の動きが止まる。なにか気に障ったのかもしれない。何処かムッとした声が返ってきた。
「犬夜叉?」
「…………」
あ、今度は無視?軽く溜め息が出そうなのを抑えて、ゆっくりと彼から身体を離した。
思った通り、そこにはむくれているような顔があって。視線は私に向いていない。
「言いたいことがあるなら言って、ね?」
「…………言えねえことだってあるだろが」
「言えないこと?」
「……ちょっとは察しろってことだよ」
そう言いながら、犬夜叉は私の背に回していた手をゆっくり解いた。じんわりと伝わっていた熱がいとも簡単に消えて、少し寂しい。
「……鋼牙は良くても、…」
「鋼牙くん、がどうしたの?」
「……〜〜っ!」
もどかしそうに眉間にシワを寄せてから、彼の瞳は私を捕らえた。
「……俺に触られんのは、嫌か」
「へ?」
「…………鋼牙の時は、お前何にも言わねえから」
バツが悪そうに苦い顔をする犬夜叉。やっと、やっと理解した。確かに私は鈍かったかもしれない。
鋼牙くんのスキンシップにはもうほとんど慣れてしまった。人懐こい彼に嫌悪感は抱かないし、最近はそれが彼の挨拶だと思ってる。
でも、あんたは違うじゃない。
おぶったりはしてもらってるけど、手を繋いだり、抱き締めたりはほとんどしない。
だから、してくれる時はすごく嬉しいんだけれど。
私は犬夜叉が好きなのよ?好きな人に触れられてドキドキしたり、驚かない人が何処に居るっていうのよ。
ましてや犬夜叉みたいな、そういうことを軽んじない人にされるなんて。
「……ばかね」
「…あ?」
あんたがそういう風に、想っていてくれているなんて。
「……嬉しいに、…決まってるじゃない」
「っな…」
今は月が私の顔を照らしている。こんな赤い顔を見られたくなくて彼の胸に顔を埋めると、先ほどは慌てていて聞き取れなかった音が聴こえた。
「……犬夜叉、心臓の音速いよ」
「…おめーがそういうことすっからだろ」
「ねえ、もしかして照れてる?」
「…………否定はしねえ」
背中に再び熱を感じて、私は目を閉じた。彼の不規則な旋律が、あまりに心地好くて。
ふと頭に彼の大きな手が置かれた。控えめに髪の間に潜ってくる指。
「……横にならなくていいのか」
「………ん…このままがいい」
「…………そうか」
私は肩に布団を掛けられるのを感じながら、心地好い微睡みと彼の体温に身を委ねたのだった。
了
ちのさま、お待たせ致しました!
遅くなりましたが、27000を踏んでいただき、そしてリクエストありがとうございました!
内容なのですが…。
照れてると言うよりはちょっと逆ギレ?
攻め犬……
……お題に添えていなかったらすみません!!(´Д`;
しかし鈍感なやりとりをするこの二人は書いていて本当に楽しかったです!
満足して頂けたら心の底から嬉しいですm(__)m
ちのさま、拙宅への訪問共にキリリク本当にありがとうございました!
これからもどうぞよろしくお願い致します(o^-^o)
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