Chemical Wizard
ダイアゴン横丁
「まず制服だ。そこの店で丈を合わせてこい」
「スネイプさんは?」
「採寸の間に他の物を買ってきてやる」
「ありがとうございます」
「……終わったらそこで待っていろ」
ふいと踵を返したスネイプはすぐに人混みに紛れて見えなくなった。
スネイプを見送ったユーリは言われた店に入った。
すぐに色とりどりのローブに視界を奪われる。
鮮やかな色彩に目を瞬かせていると、愛想の良いおばさんに声をかけられた。
「お嬢さん、もしかしてホグワーツの制服かしら」
「……はい。ところで、俺はお嬢さんじゃありませんよ」
「あらあら、それはごめんなさいね」
店の奥で丈を合わせていると、おばさんはちょっと怒ったような様子で口を開いた。
「あなた、随分痩せてるわね。ちゃんとご飯は食べてるの?伸び盛りなんだから、栄養取らないと!」
「ちゃんと食べてます」
「だといいんだけど……」
「俺の体格は、」
「坊ちゃんくらいの年齢にはよくいるのよ、気にする必要もないのに体型を気にしてまともに食べない子が!」
体質によるものなので、と続けようとしたが、その前におばさんがまくし立てて閉口する。
そのままユーリは聞き役にまわり、おばさんの怒濤のトークに控えめに相槌を打ち続けた。
「最近の子は余計なことばっかり詳しくなっちゃって___はい、出来ましたよ」
「あ、ありがとうございました」
仕事を終えたおばさんに軽くお辞儀して、そそくさと店を出た。
聞き役に徹するのも嫌いではないが、まくしたてるような彼女の勢いは多少恐ろしかったのだ。
店の前で人混みを見渡すが、スネイプはまだいない。
手持ち無沙汰になったユーリは、店の戸口に寄りかかってダイアゴン横丁を眺めた。
様々な人達がひっきりなしに行き交っている。
その喧騒は自宅の付近では見られないもので、しかし『過去』には似たような場景が存在している。
(俺は……何で、ここにいるんだろうな……)
ユーリは一抹の郷愁と共に目を細め___
次の瞬間、視界が大きく歪むのを感じた。
「っ……ぁ」
昔から頻繁に経験してきた、頭から血が落ちていくような感覚。
貧血だ。
足元がふらつき、立っていられなくなったユーリはその場でしゃがみ込む。
頭が締め付けられるような痛みと息苦しさに眉をひそめ、チカチカする目で地面を睨みつけた。
「君、どうしたんだい?」
急に視界が暗くなったかと思うと、知らない男の声が耳に届いた。
返事をする余裕がなかったので、小さく首を振って大きく息を吐く。
何も答えられずにいると、背中に手が添えられた。
その温かい手に優しさを感じて、少しだけ楽になった気がした。
「……落ち着いた?」
「……はい」
穏やかな声に答え、ゆっくりと顔を上げる。
ユーリに声をかけたのはハンサムな少年だった。
ユーリが返事をしたことで、ほっとしたように笑みをこぼす。
「それは良かった。君、一人?」
「いえ、連れを待っていて……っ」
言いながら立ち上がろうとしたが、再び視界が揺らぎ、顔をしかめて地面に手をついた。
「ああ、無理はしない方がいいよ」
目の前の少年はどこまでも爽やかだった。
少し休むとようやく立ち上がれるようになった。
手を貸してくれた少年は、優しげな笑みを浮かべてユーリを見た。
「もしかして、お兄さんかお姉さんを待ってるんじゃないかい?ホグワーツに入学するなら、みんなこの店でローブを買うから」
「……いえ。俺が、入学するんです」
「あっ……失礼なことを言ったね」
少年は少し眉を下げて笑った。
「なら、君は僕の後輩になるんだね。僕はセドリック・ディゴリー。セドリックって呼んで」
「俺はユーリ・ゼンヤです」
「ユーリか、よろしくね。そんなにかしこまらなくてもいいよ。自然にしてくれた方が嬉しいな」
「……じゃあ、そうさせてもらうよ」
「ありがとう。僕は今年三年生なんだ。同じ寮になれるといいね」
「寮?」
「あ、そうか。知らないよね」
ホグワーツには四つの寮があり、入学時に組み分けられるという。
セドリックはハッフルパフという寮だそうだ。
「ハッフルパフは穏やかな生徒が多いからね。ユーリならぴったりじゃないかと思うよ」
セドリックの話を聞きつつ辺りを見渡していると、見覚えのある黒い人物を見つけた。
「スネイプさん!」
「え?」
「む……」
思わず声が大きくなった。
セドリックが驚いたようにユーリとスネイプを見比べる。
「……驚いた。連れってスネイプ先生だったんですね」
「君は確か、ハッフルパフの……」
「ディゴリーです。もしかして、ユーリとスネイプ先生って……」
「赤の他人だ」
セドリックが言い終わる前にスネイプが言い切った。
「保護者がいないから同行していただいたんだ」
「そうか……先生、ユーリは体調が悪そうなので、注意してあげてください」
「……そうなのか?」
「……体調が悪いと言ってもただの貧血です。セドリック、気にしないで」
「そうかい?気をつけなよ」
セドリックはまだ不安そうだ。
「じゃ、僕はそろそろ失礼します。ユーリ、ホグワーツでまた会おう」
「セドリック、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
ディゴリーは軽く手を上げて人混みに消えていった。
後に残されたユーリとスネイプの間に微妙な沈黙が落ちる。
「……行くぞ」
言いながら踵を返したスネイプに続いた。
スネイプとユーリが次に目指したのは書店だ。
「……すごいな」
連れてこられた書店には、本がぎっしりと積まれていた。
何か魔法を使っているのか、何冊かの本が宙を飛んでいる。
ユーリはリストを見て、指定された教科書を集めた。
そして、とある本棚の前で足を止める。
一冊の本を抜き出すと、表紙を開けた。
その瞬間、目つきが変わったことは、自分では分からなかった。
時間を忘れて、黙々と内容を追う。
集中しすぎたせいで、背後に人が来ていることにも気づかなかった。
「……魔法薬学に、興味があるのかね?」
「っ、」
はっとして振り向くと、スネイプが意外そうな目でユーリを見ていた。
なんとなく居心地が悪くて少し口ごもる。
「……魔法ではない薬学を学んだことがあるんです」
「ほう?その年でかね?」
「……興味が、あったので」
「そうか」
スネイプはユーリが立ち止まった本棚を見渡すと、上の方の棚から一冊の本を抜き出した。
「これを読むといい」
「これは?」
「魔法薬調合に関する考察だ。多少難しいかもしれんが、マグルの薬学と関連して書かれている部分も多い」
スネイプから受け取った本を、ペラペラと流し見る。
その本は、まだ知識のないユーリにも面白いものだった。
「……ありがとう、ございます」
ユーリは本を抱きしめ、小さな声で礼を言った。
教科書を購入し、二人は再びダイアゴン横丁を歩く。
まだ買っていなかった杖を買うため、スネイプの後を追って店に向かう。
ユーリは腕に抱え込んだ教科書に目を向け、ほっと息を吐いた。
(魔法なんてどんなものかと思ったけど……案外悪くなさそうだ)
ユーリは目の前を歩くスネイプの背中を見上げた。
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