Chemical Wizard
Remarking
「怪我はしていないだろうな?」
「俺はともかく、彼女の腕を診るよう言ってください。落ちた時に掴んだので、どこか筋を痛めてるかもしれません」
「お前はどちらの手を使った?」
「……右手です」
「見せろ」
無言で差し出された手を取り、袖を捲り上げる。
バツが悪そうに目を逸らすユーリを見て、思わずため息をついた。
「まったく……何が『彼女の腕を診てください』だ」
「大したことありませんし、薬を塗って固定しておけば大丈夫です」
「それを判断するのはマダム・ポンフリーの仕事だろう」
「…………」
急激に負荷をかけたのであろう手首は腫れていて、触れると熱を持っているのが分かる。
マダム・ポンフリーに渡された薬を塗り込むと、冷たさに驚いたのか、ユーリが肩を跳ねさせた。
「杖を振るぶんには問題ないだろうが、あまり右手を使わないようにしろ」
「分かりました」
「ミスター・ゼンヤ、放課後にまたおいでなさい。悪化させていないか確かめますからね」
「……分かりました」
スネイプの肩越しにマダム・ポンフリーが念押しし、ユーリは渋々といった様子で返事をした。
包帯を巻き終え、動きを確認しているユーリを見ると、見慣れない物が視界に入った。
「おいユーリ、それは何だ?」
「え?……あ、落ちてきたのか」
ユーリが後頭部に手を回し、スネイプの指摘した物を引っ張る。
髪の黒さを際立たせる淡い色のそれは、どうやらリボンのようだ。
結わえていたであろう髪の束が、リボンに引かれて身体の前側に落ちる。
「ドラコの父親からの贈り物です」
「……ルシウス・マルフォイの?なぜ彼は、お前にそれを?」
「傷薬のお礼だそうです。たまたまマルフォイ氏が怪我をしたところに居合わせたので」
「礼、か……」
眉間にシワを寄せたスネイプを見て、ユーリが首を傾げた。
スネイプは一瞬思考を巡らせ、彼の指に挟まれていたリボンを抜き取る。
「あ、ちょっ……スネイプさん?」
リボンを数度手の中で滑らせ、その端を撫でる。
指先に感じる刺繍の凹凸に、眉間のシワを深くした。
「……これはしばらく我輩に預けておけ」
「え?預け……?」
「そのうち返す。行け」
「……理由くらいは、」
「行け」
「……行ってきます」
ユーリは緩慢な動作で立ち上がり、スネイプに一礼してから背を向けた。
フラフラと揺れる背が扉の向こうに消えるのを見送ってから、スネイプはリボンを持ち上げた。
「厄介な物を……」
光に透かした刺繍を見やり、深くため息をついた。
今年も某先輩からのふくろう便は届いており、内容も大半は去年と同じものだ。
しかし、追記のように軽く付け加えられていた二つの事柄が、スネイプに更なる心労を与えていた。
「随分簡単に言ってくれる……」
ちょっとした贈り物にしては手の込んだそれを握り、スネイプは頭を抱えた。
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